068
(悩める弟よ入りたまえ/柳•幸村•真田)

チュンチュン

鳥の鳴き声が聞こえて、柳の部屋へ障子越しに朝の光が差し込む。
柳が視線を向ければ、パジャマ姿のゆめみがすやすやと寝息をたてて眠っていた。
1年前とは違い、その面影は子供では無く、女性らしさを感じ、身体つきも丸みを帯びている。ゆめみの順調な発育を喜ぶべきか、否か。

「ん」

柳が起き上がって障子を開けると、同じ布団で寝ていたゆめみは眩しそうに体を捻らせる。その拍子に布団から畳へと落ちた。

「蓮二ー?」

ゆめみはそこでやっと目を覚まし、眠そうに目をこすった。

「ああ」
「ふふ、おはよう」

短く返事をした柳に、ゆめみは機嫌良く挨拶をする。しかし、その柳の顔を見て首を傾げた。

「蓮二、もしかして眠れなかった?なんか顔色が悪いみたい」

柳の目の下にはくっきりとクマが出来ていた。柳は「問題ない」と言うと、ゆめみは「昨日無理させちゃってごめんね」と言う。
柳が『なんだその誤解を招くような言い方は』と思うと同時に襖が開いて、一風が嬉々とした表情で入って来た。

「ついに一線超えちゃった?!」

ゆめみは『一線』を『一戦』と見事に勘違いして、「1戦どころか3戦くらいしたよ」と笑う。一風はそんなゆめみの勘違いも理解した上で「激しいわね、あなた達」とにやにやと笑った。
柳は堪らず「やめろ、昨晩の桃鉄の話だ」と言った。

「なによイライラしちゃって、ゆめみちゃん朝ごはん食べよ」
「わぁい、食べる食べる、着替えてくるね」

一風の言葉にゆめみは大喜びで窓から一度部屋に帰って行った。

3月末、既に春休みに入って1週間が過ぎた頃。
春休みに入ってから、ゆめみと柳は毎晩のように一緒に映画を観たり、ゲームをして遊んでいた。柳の部屋で遊んでいたため、必然的にゆめみが泊まることが増えたのだ。
しかし、昔はむしろゆめみと一緒の方が良く眠れた柳も、キスをしたバレンタイン以降はゆめみの隣ではほとんど眠ることが出来なくなっていた。

そんな訳で慢性的な寝不足となってしまったのだった。

「蓮二は今日も部活かぁ」

着替えて戻って来たゆめみは柳がジャージを着ているのを見て、残念そうにそう言った。

「夕方には終わる、今晩はゆめみが観たがっていた舞台のDVDを観ようか」

柳がそう声をかけると、ゆめみはうんっと嬉しそうに笑った。その格好はふわふわとした桜色のトップスにショートパンツを合わせている。可愛いとは思うが惜しみなく脚が出ており、憎らしい。ゆめみは俺の自制心を試すつもりなのだろうか。

ゆめみはそっと手を伸ばして、柳の髪に触れる。その直毛のおかっぱ頭は、寝起きにも関わらず一糸乱れず、ゆめみの手の動きに合わせてサラサラと揺れる。ゆめみはその感触を確かめるように柳の頭を撫でた。

「練習頑張ってね」

ゆめみの手の感触が気持ちよく、柳は軽く目を閉じた。

「ああ」

ゆめみを交えて楽しい朝食をとった後、柳はいつものように家を出た。そして、駅まで歩いてはたと気がつく。今日は急遽部活が休みになったのでは無かったか。

俺としたことが。
柳蓮二、最大の失態だ。

これも全て寝不足のせいだと柳は考えた。この問題を早急に解決せねば。
足早に帰宅すると、真っ直ぐに一風の部屋へと直行する。
いつもノック無しで柳の部屋に入ってくる姉ではあるが、一応年長者である敬意を払ってノックをしようとする柳。
柳の手の甲が襖に当たる前に、襖は内側から開かれた。

「悩める弟よ、入りたまえ」

部屋を暗くしてそれっぽいムードを醸し出す一風を前に、柳は「またの機会とする」と立ち去ろうとした。そこをすかさず一風が取り押さえる。

「いいから入れ、そして座れ」

姉の言うことは絶対、そう言われて育った柳はため息をついて大人しく座った。

「ズバリ、ゆめみちゃんと一緒だと眠れないことに悩んでいるのでしょう」

最初から言い当てられ、柳はさすがは姉上だなと感心した。

「だから、ゆめみちゃんに部屋に帰ってもらう方法を探しているんでしょう」

しかし、続いた言葉に柳は「否」と否定した。一風はじっと柳を見る。

「俺が知りたいのは、ゆめみの隣で眠る手法のみだ。ゆめみに変わってもらおうとは思っていない」

柳はそう言い切った後「いつかゆめみも男の布団で寝れなくなる日が来るだろう、それまでは受け入れるつもりだ」と付け加えた。そう言った顔は少し寂しげだった。

「蓮二、あなたが寝れないのは、普通のことなんだよ」

一風は真剣な瞳でそう切り出した。

「ゆめみちゃんと一緒に寝たい気持ちは分かるけど、もうあなた達は中学2年生になる、いつまでも子供気分じゃいられないの」

しかし柳は頑なに「俺はゆめみが自分から言い出すまで待つつもりだ」と言った。一風はふぅと息を吐いた。

「私が心配しているのは、蓮二の方だよ」
「どう言う意味だ?」
「ゆめみちゃんはこれからもっと女になる、胸だって大きくなる、それでも我慢できると誓える?」
「それは」

柳は言葉を詰まらせた。自分がゆめみの嫌がることをするなど絶対に無い、そう自信があった。だが、今以上に成長したら?それでも我慢出来るのだろうか。
あの魅力的な唇を奪わずにいられるだろうか。そして、それ以上も。

「理解した、間違っていたのは俺の方だったようだな」

柳がそう言ったのを聞いて、一風は寂しそうに笑った。「私だって2人が双子みたいに並んで寝ているところを見れなくなるのは寂しいよ」と言う。

「だが、どうする?俺はゆめみに来るなとも泊まるなとも言えないぞ」
「簡単なことよ、蓮二、あなたを男だと認識させればいいの」

自信たっぷりにそう言う一風に、柳は片眉を上げて不可解な顔をする。一風は「この私に任せなさい!」と言って、柳の手を引いて、部屋の外へと連れ出した。

そしてそのまま階段を下りて、「ちょっと出掛けてくるね」と言って外へ出た。

出て行く時に、玄関に先ほどは無かったゆめみの靴を見つけて、何か言いかけた柳だったが、その口を一風に押さえられた。

「何を」
「ゆめみちゃんにバレたら反対される」

一体自分はこれから何をされるのか。不安に思った柳であったが、姉の言うことは絶対なので、ひとまず従うことにした。


その時、ゆめみは柳の家でくずきりを作っていた。朝食後に、柳の母親翠に柳が疲れているようで心配だと言ったところ、じゃあ柳の好きなくずきりを作ろうと言う話になったのだった。

柳家のくずきりは葛粉から作る本格的なものだ。ゆめみはトレイに葛粉を溶かしたものを流し込み、固めている間に翠とおしゃべりをしていた。

「ただいま!」

一風の元気な声が聞こえて、ゆめみと翠は開かれた襖へと視線を移す。
そして、一風の影から現れた人物を見て、ゆめみと翠の時が止まった。

「ただいま」

柳だ。しかしその風貌は朝までとはまるで違っていた。

「蓮二」

ゆめみが震えながらそう呟く。
その瞳は大きく見開かれており、口元には両手が添えられていた。

柳のおかっぱ頭が短髪になっていたのだった。
前髪は綺麗に揃えられ、柳らしさを残してはいるが、後ろはバッサリ無くなり、イメージがガラリと変わっていた。

「爽やかでいいじゃないの」

驚きから回復した翠は、そう和やかに言った。ゆめみはまだ無言を貫いている。

怒ってる、と言うよりは放心状態と言った感じだ。

「あ、そろそろくずきりがいい感じよ、蓮二、部屋に持ってってゆめみちゃんと食べなさい」

翠はそう言って手早くくずきりを切ると、お皿に乗せて蓮二へと手渡した。


柳とゆめみの2人は言われたとおりに、柳の部屋に入り、襖を閉めた。と同時にゆめみは敷いてあった座布団へパタン、と倒れ込む。そして小さな声で「ショック」と言った。その瞳はうるうると潤んでいる。

どうやら柳の髪型が変わったことはゆめみにとって泣く程ショックなことらしい。おかっぱ頭を気に入ってくれていることは知っていたがここまでだったとは、と柳は苦笑した。

「どうして切っちゃったの?」

ゆめみの問いに柳は「反応速度の遅れに気が付いてな」と答えた。切った方がいいとは思っていたので嘘では無い。

「似合ってないか?」

柳が眉尻を下げて、微笑みながらそう言うと、ゆめみは顔を上げてじっと柳を見つめる。

「似合ってる」

そう口では言うが、まだ浮かない顔のままだ。これは機嫌が直るまでには少し時間がかかりそうだな、と柳は端に置いてあった机を移動して、真ん中に持ってきた。そしてゆめみと自分の分のくずきりとお茶を並べた。

「蓮二」

するとゆめみはスマホで柳はパシャリと撮影して、なにやらスマホで撮った写真を投稿しているようだ。
チラリと画面を見ると、それは幸村、真田、ゆめみと柳の4人でしているグループメッセージの画面だった。
柳は自分のスマホを見てみる。未読12という文字がポップする。投稿は柳が朝外出した後から始まっていた。

うさいぬ『祖父と将棋、三敗中』
矢車草(いいねスタンプ)
矢車草『俺はガットの張り替えに横浜に出てきたよ』
マカロン『あれ?2人とも部活は?』

説明するまでも無いが、うさいぬのアイコンが真田、矢車草が幸村、マカロンがゆめみである。ちなみに柳は竹だ。深い意味は無い。

矢車草『コートの点検が急に入ってね、今日はオフだよ』
マカロン『蓮二さっき出てったよ、立海ジャージ着てた』
矢車草(驚きのスタンプ)

うさいぬ『自主練だろう、さすがは蓮二だ!』
矢車草『立海ジャージでかい?』
うさいぬ『我が立海の知名度を高めようとしているのだろう!』

スマホを放置している間に、そんなやりとりが繰り広げられていたことに、柳は少々驚く。
そして、ゆめみがその後に『蓮二の用事、美容室だった』と投稿しており、先ほど撮った写真が送られていた。
すぐに2人からメッセージが届く。

矢車草『本当に立海ジャージ着ているね』
うさいぬ『うむ、美容室にまで立海ジャージで行くとはさすがは蓮二だ』

見事に髪型に触れない2人に、柳はククと声を出して笑った。愉快な奴らだ。
ゆめみに目を向けると、さっきまでのふてくされ顔は嘘のように同じように画面を見てふふふと笑っている。

柳が良かったとゆめみに見とれていると、真田から個人宛にメッセージが届いた。開けてフッと笑いが漏れる。

「ゆめみ、午後から弦一郎がここに来たいらしいが良いだろうか?」
「真田くんが?もちろんいいけど」
「お前のくずきりを食べたいそうだ」

柳の言葉に、ゆめみはそう言えばホワイトデーのお返しをしていなかったことを思い出した。貰いっぱなしは何となく気が引けるので、ちょうどいいと思った。

「でも、真田くんが来るなら」
「ああ、精市にも声をかけてみようか」

ゆめみが幸村にメッセージを送ると、ちょうど帰り道だから喜んでという返事が返ってきた。

こうして、幸村、真田、柳、ゆめみの4人は1週間ぶりにこうして顔を合わせることになった。
さっそくゆめみ手作りのくずきりを食べた2人は、口々に美味しいと言って喜んだ。
「何をしようか?」と柳が言うと、ゆめみはせっかく4人も集まったしと『百人一首』を出してきた。
柳の部屋は和室なので、百人一首をするにはもってこいだ。百人一首とは、かるたの一種で、上の句が詠まれ、下の句が書かれた取り札を取る遊びだ。

「ほう、百人一首か!面白そうだな!」
「小5の時に和歌を覚えたんだけど、忘れているかもな」

真田と幸村がそういうと、ゆめみは楽しそうに「ペア戦にしよ」と言った。

「私蓮二とペア」

そしてゆめみは柳にぴったりとくっつく。記憶力に優れた柳は百人一首が得意なのだ。柳もまんざらではなく「俺たちは強いぞ」とからかう。

「ほう」
「負けないよ」

しかし、ゆめみが柳についたことで、真田と幸村の本気度が上がった。
百人一首かるたについていた音源を流して、始まるとなかなかに白熱した試合が繰り広げられた。記憶力は柳がピカイチだが、真田と幸村も瞬発力では負けていない。ゆめみも運の良さでなかなかの好試合を繰り広げた。
あまりに面白かったので、その後もペアを変えて何回も試合をした。
疲れたら坊主めくりをして、また百人一首をする。

夕方には、4人は疲れて居間の畳の上に横になっていた。

「たまにはこういう休日もいいね」
「かるたは瞬発力のトレーニングにもなるな!」
「ああ、有意義だった」

そんなことを言う幸村、真田、柳にゆめみはくすくすと笑う。

「楽しかった、みんなありがとう」

ゆめみの言葉に3人はとびきりの笑顔になった。
それから少し話をした後、真田と幸村は帰って行った。ゆめみも母親が仕事帰りに迎えに来て、嬉しそうに帰って行った。

そして、問題の夜が来た。
夕ご飯の後、ゆめみの観たがっていた舞台のDVDを準備しながら待っていると、いつものように、パジャマ姿のゆめみが窓から柳の部屋へと入ってくる。

「蓮二今日は早く寝なくて大丈夫?」

ゆめみは柳にそう声をかけるが、楽しみにしていたようで、その瞳はキラキラと輝いている。柳は何を置いてもゆめみが一番可愛いので、「気にするな」と言って、DVDを再生した。
劇団季節のゆめみの好きなファンタジー系『アアラビアンナイト』だ。
笑いを誘うシーンがたくさんあり、ゆめみと柳はくすくすと笑いながら最後まで見た。

「あー、素敵だった。中東に行ってみたい」

ゆめみはうっとりとそう言って、すでに引かれていた布団にパタンと倒れた。ゆめみはすでにうとうとしており、柳は「ああ、俺も興味がある」と返事をしながらも、このまま眠ってしまう確率86.97%と考えていた。
今日は寝不足のため、いずれによよく寝れそうだ、とゆめみの隣に横になった柳。その瞬間、ゆめみは半分になっていた瞳を大きく開けた。そして、じっと柳を見た後起き上がった。そのデータには無い行動に柳は驚く。

「私眠くなっちゃった。今日はありがとう、おやすみなさい」
「あ、ああ」

ふわふわとそう笑って、ゆめみは自分の部屋に帰っていったのだ。柳にひらひらと手を振って、カーテンを閉めたゆめみ。

障子を閉めた後、静寂に包まれた。なんとも言えない寂しさが漂う。柳は「寝るか」と独り言を言って横になった。布団がこんなに広かっただろうかと思った。
ゆめみは自分を男として認識した、と言うことなのだろうな。髪を切っただけで変わってしまうとは信じ難いが。唐突に帰って行ったゆめみの行動を、柳はそう定義付けた。
ゆめみと寝ることはもう無いのだろう、と思うと、昨日までもっとゆめみの寝顔を見ておけば良かったと後悔する。

そして、やはり寂しいなと思うのだった。
柳は結局いろいろと考え込んでしまい、寝れたのは明け方になってからだった。



(180510/小牧)
なんかいつもと違うんだもん。

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