005
(どこかで会ったことあるか?/丸井)

ゆめみと柳に別れを告げた後、ゆめこはB組の教室にやってきた。

「やばい、めっちゃ近いじゃん」

と、ゆめこはその教室の近さに感動して口を開いた。

立海はマンモス校なので教室の数も多く、クラスによっては校門から遠くかなり歩く。
現にL組とM組の幼馴染たちは二階へ続く階段を上っていったし、同じ一階でも最奥にあるK組なんてここからプレートも見えないほどだ。
A組に続き端の方なのでトイレも近く(ここ重要)、ゆめこはるんるんと上機嫌で席に着いた。

席に着いてからはしばらく周りのみんなが交流を図っている様子をきょろきょろと見ていたゆめこだったが、すぐに飽きてしまったのか、彼女は鞄の中から一冊の本を取り出した。
父の小説である。
とりわけ読書好きという訳ではないのだが、新作が発刊される度にしつこく感想を求められるので、ゆめこは空いた時間は極力父の小説を読むように心がけていた。

すると、早速一行目を読み始めたところで目の前に影ができて、ゆめこはゆっくりと顔を上げた。

「ここ俺の席なんだけど」
「・・・!」

そう言って話しかけてきた少年は、困り顔でゆめこを見下ろしていた。
そんな彼の顔を見てゆめこは思わず息を呑む。

何も言わず動かずただじーっと自分を見つめ返してくるゆめこに、少年は焦ったように「お、おい」と声かけ、そのことでやっとゆめこはハッと我に返って席を立った。

「ごめんね」
「え、あぁ・・・おう」

あれだけじろじろと見てきた割には案外あっさりと謝罪され、少年は面食らってゆめこを見る。

しかしその時にはもう既にゆめこは黒板に向かって歩き出していた。
どうやらすぐに、黒板に座席表が貼ってあることに気が付いたらしい。

少年はそんなゆめこからなんとなく目が離せず、自席で頬杖をつきながらしばらく彼女の動向を見守っていたが、くるりと振り返った彼女が再びずんずんとこちらに向かって歩いてくるのが見えてわずかに目を大きくした。

ゆめこはそんな少年の横をスッと通り過ぎると、彼の右斜め後ろの席に腰を下ろした。
椅子を引く音だけで自分の斜め後ろにゆめこが座ったことは分かっていたし、わざわざ振り返って確認するのも変な気がして、少年はそのままぼーっと黒板の方を眺めていた。

しかし、すぐに刺さるような視線を感じて少年はぎくりと背筋を凍らせた。
斜め後ろからものすごく視線を感じる。

それが好意によるものなのか悪意によるものなのか、それは定かではなかったが、少年はなんとも言えない居心地の悪さを覚えおもいきって振り返った。

すると、自席についたまま、まるで小難しい彫刻品でも見るかのような顔でこちらを見ているゆめこと目が合った。
さっき話しかけた時もじろじろ見られたし、俺に何か用でもあるのか?と、少年はたまらず身体ごとゆめこに向き直ると

「何か用か?」

と声をかけた。
声をかけられたゆめこはみるみる内ににやぁっと口の端を吊り上げると、

「ジャッカルくんだよね?」

と得意げな顔で尋ねた。
なぜ俺の名前を?と言いたげな彼の顔を見て、ゆめこはふふんと鼻を鳴らした。

最初に話しかけられた時にその容姿を見てピンときていたゆめこだったが、座席表に書いてあった名前を見て確信を得たのである。
彼こそが、幼馴染でもありデータマンの柳蓮二に教えてもらった "ジャッカル桑原" であると。

こんなに早く話ができると思っておらずゆめこが嬉々として「そうでしょ?」と聞けば、ジャッカルは「そ、そうだけど」と少々戸惑いながら答えた。
なぜ目の前の少女がこんなににやにやと得意げになっているのかまったく見当もつかないので、当たり前の反応である。

「どこかで会ったことあるか?」
「ううん、初対面だよ」
「え」
「ちょっとね。とある筋からの情報でして」

口元を手で隠し無駄に小声でヒソヒソ話すゆめこに、ジャッカルは、やばい初日から変な奴に絡まれた。と思った。
相手がまさかそんな風に思っているとは露知らず、ゆめこは

「私、ゆめのです。よろしく」

と自己紹介をした。
なぜに名字?とも思ったが、よろしくと言われてしまっては無視するわけにもいかず、ジャッカルは「おう、よろしく」と弱弱しい声で返事をした。

すると二人のやり取りを聞いていたのか、ゆめこの前に座っていた少女がくるりと振り向いた。
突然のことにゆめこは目をぱちくりさせる。
少女は少しもじもじした素振りをみせた後、

「あの、私。皐月ももって言います」

と口にした。
すぐに自己紹介されたと気付いたゆめこが「うんうん、よろしくー」と言えば、ももは少しほっとしたような表情になった。

内気な彼女は新しい環境に馴染めず、ずっと誰かに話しかけるチャンスをうかがっていたらしい。
隣で見ていたジャッカルは、話しかける奴間違えてねぇか?などと内心失礼なことを思っていたが、すぐに二人が「どこ小出身?」「家近いの?」などと盛り上がり始めたのでそっと前を向いておいた。

そして前を向いてから、
とある筋の情報ってなんだよ、こわっ。
と思い直し、彼は一人悶々とさせられることとなる。


少しして担任の先生がやってきたことで教室内はわずかに静寂を取り戻した。
選択科目の説明などを受け一人ずつ自己紹介をした後、早速委員会決めなどが行われたがゆめこはどの委員会にも入らなかった。
彼女はめんどくさいことが苦手なのである。

最後の方に人気のない委員会がちらほら余ってゆめこはひやひやしたが、配られたプリントで顔面を隠し姿勢を低くすると、気配を消して時が過ぎるのを待った。

その甲斐もあり、別の子が引き受けることになってほっとしたゆめこだったが、ただ一人そんなゆめこをちらちら見ていたジャッカルは、やっぱり変な奴。などという感想を抱くのであった。


HRが終わり帰宅の時間になると、ゆめこはジャッカルの前に立ちはだかった。
鞄を持って帰ろうとしていた彼は、突然目の前に現れた自分より頭一つ小さい彼女に「おわっ」と声を漏らしたが、すぐに「またお前かよ」と息を吐いた。

「どうした?」

そう問われたゆめこはうふふと笑うと嬉しそうにジャッカルを見上げた。
先程彼が「部活はテニス部に入ろうと思ってます」と自己紹介をしていたのを聞いて、ゆめこは余計に彼に興味を抱いていた。

蓮二が知ってるくらいだしテニス関連の人だとは思っていたけど、彼がテニス部に入るとなると自分の幼馴染とはチームメイトになる。
そのことに気付いたらゆめこは彼に話しかけずにはいられなかったのだ。

「あのさ」

とわくわくした表情でゆめこが口を開いたのと同時。

「おーいジャッカル!帰ろうぜ」

と、一人の少年が乱入してきた。
赤い髪で女の子のようなくりくりした瞳を持つ彼は、ゆめこの存在に気付かずジャッカルの肩に自分の腕を回した。

話を中断されたゆめこは突然現れた少年に驚いて「わ」と小さく声を漏らす。
しかしすぐに「わりぃ、何だっけ?」とジャッカルに聞き直されたことで我に返り、

「ううん、また明日でいいよ」

と返事をした。
何気にゆめこの用が一体何なのか気になっていたジャッカルは、少し名残惜しそうに「そうか」と呟くと、鞄を持って去っていくゆめこを見送った。

ちょうど教室の入口のところにゆめみが迎えに来ているのを見つけたゆめこは、赤髪の少年に遠慮して身を引いたというよりも、早くゆめみと帰りたいという思考にシフトしていたのである。

そんなゆめこの気紛れには気付かず、ジャッカルはなんか悪いことしたな。と彼女の方を見つめていたが、

「なぁ!」

と耳元で友人に話しかけられ、びくりと肩を揺らした。

「なんだよ、ブン太」
「今の子!今の子だれ?!」

ブン太と呼ばれた少年は少し興奮したようにジャッカルに問い詰める。
そんな彼に呆気に取られながらもジャッカルは「ゆめのだけど」と、先程彼女が名乗っていた名字を思い出しながら答えた。

「名前は?」
「さぁ、何だっけかな」
「はぁ?使えねー!」

ぶすっと眉根を寄せ好き勝手言う友人にジャッカルは「んだよ、それ」と文句を垂らした。
しかしそんなジャッカルの小言は一切聞こえていないのか、ブン太は「やべー、めっちゃ可愛い。レベル高い」と繰り返していた。

出会ってからゆめこの奇行しか見ていないジャッカルは「かわいい?」と首を傾げたが、言われてみたらそうだったかもしれないと、ゆめこの顔を必死に頭の中に思い浮かべた。

「次までに名前聞いといてくれよ」
「はぁ?なんで俺が」
「いいだろい、別にそのくらい」

「そんな訳でラーメン食いに行こうぜ」と続けるブン太に、ジャッカルはどんな訳だよ。と心の中でツッコんだ。
しかし、明日の新入生歓迎会を迎えれば部活動が始まってしまい、こうして親友とゆっくり過ごす時間も無くなると思ったのか「・・・ちゃんと自分で払えよ」と釘をさして歩き出した。


二人がそんな話をしてる頃、ゆめみと一緒に帰宅していたゆめこは、

「ねね、聞いてよゆめみ。私ジャッカル氏と友達になった」

と嬉しそうに話していた。
友達になったと思っているのはゆめこだけであったが、何も知らないゆめみは「すごいね!良かったねゆめこ」と素直な反応を見せた。
ゆめこは相変わらずへらへらと笑っていた。

そんな彼女がジャッカルと固い友情の絆で結ばれることになるのは、ここから数ヶ月先のことである。



(180322/由氣)→06(夢主1&夢主2共通のおはなし)

ももちゃんは内気で控えめな子ですがとっても良い子です。



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