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(やすやすと言葉にするな/柳)
春。新学期。
ゆめみ達は今日から2年生になった。
今年の桜は例年よりも少し遅く、窓の外には満開の桜が見える。
ゆめみと柳は2年I組のクラスの前にいた。その顔は笑顔で、嬉しそうにお互いを見つめ合っている。そう、2人は同じクラスだったのだ。
更に言えば、大親友のゆめこも2年J組と隣のクラスだった。
「開けないのか?」
いつまでもドアに手を添えたまま、自分を見つめているゆめみに、柳は優しくそう聞く。ゆめみは少し不安そうな顔をして「もし見間違いだったらどうしよう」と言った。「同姓同名がいるかも」と付け加える。相変わらずよくわからないところで可愛いことを言うな、と思った柳は「間違いは無い」と言って、ゆめみの手越しにドアを開けた。
クラスに入ると、ゆめみ達は遅い方で、ほとんどの席が埋まっていた。顔ぶれを見ても、見事に知らない人ばかりだ。ゆめみは柳と同じクラスなのは本当に奇跡だなと思いながら、黒板の席を確認する。
「列は決まっているようだが、好きに座っていいようだな」
「隣同士で空いてる席あるかな?」
きょろきょろとクラスを見渡すゆめみ。すると、窓際の後方がまるで円を描くように空席になっている。少し不思議に思うが、その理由はすぐにわかった。
窓際の1番後ろの席に、日本人離れした金髪の2人組が座っていたのだった。2人は無愛想にそれぞれの世界に入っており、全くクラスに馴染もうという気が無さそうであった。
しかしゆめみはそんな2人に笑顔で近付いて行く。
「マノン、リュカ、久しぶり」
ゆめみが声をかけると、2人は驚いたように顔を上げた。そして、ゆめみをその目に写すと、嬉しそうに手を振る。
「ゆめみ!同じクラス?」
「わーお、すごい偶然だね」
フランス研修で同じ班だった、フランス人ハーフの姉のマノンと弟リュカの双子だ。
ゆめみは彼らの前まで歩くと、ついて来た柳を紹介する。
「幼馴染の柳蓮二だよ」
「よろしく頼む」
そして、今度は柳にフランス組2人を紹介するゆめみ。
「マノンとリュカだよ、2人ともフランス研修で一緒だったの」
「マノンよ、ゆめみの友達なら大歓迎」
「リュカさ、よろしく」
和やかに挨拶を交わして、ゆめみは「前の席座っていい?」と聞いた。マノンは「またそんなこと聞いて、ダメっていう訳無いでしょ」と言う。口調はキツいが、その表情は柔かい。「メルシー」と言って ゆめみはマノンの前に、柳はリュカの前に座った。
マノンはにやにやしながら「ゆめみの友達ってことは蓮二も真面目系男子?」と聞いてくる。
「真面目かなぁ?でも学年主席だよ」
「すごいでしょ」と自慢げに言うゆめみに、驚くマノンとリュカ。
「てことはもしかして、俳句の師匠?」
「あ、そうそう、俳句が得意な幼馴染は蓮二のことだよ」
リュカの言葉に前にそんな話をしたことがあったな、とゆめみは思い出す。
するとリュカは急に前のめりになって、「松尾芭蕉は好き?句碑は全部巡った?」と柳に質問する。柳もまんざらでは無さそうで、楽しげにリュカの質問に答えていた。
ゆめみが筆記用具やノートを準備しようと前を向くと、たくさんのクラスメイト達に囲まれていることに気がついて少しぎょっとする。
クラスメイトたちの視線は一心に後ろの席のリュカと話す柳に向けられている。
そして、柳がリュカの質問に一通り答えた後、前を向くと集まったクラスメイト達が一斉に口を開いた。「私は」「僕は」とみんながそれぞれ自己紹介をし始めた。
柳は人気者なのだ。入学以来全てのテストで主席を獲得している。張り出される名前の一位は常に柳蓮二であり、例外は一度もない。更に、柳がダブルスで勝利を収めた昨年の全国大会決勝戦。全校生徒が体育館で応援していた。
応援は部活単位で行なわれたため、帰宅部であるゆめみとゆめこは参加しなかったが、部活に所属している生徒つまりほとんど全員は1年生にして全国で活躍する柳のテニスを見ているのだ。
柳は同じ学年の生徒にとって、憧れの存在であると同時に、ぜひ仲良くなりたい存在だった。
あまりにもみんなが一斉に話し始めたため、クラスは混乱に包まれた。そんな中、眉一つ動かさないクールな表情で柳は「すまないが」といった。
柳の一言でシーン、と水を打ったように静かになる。全員が柳に注目していた。
「俺に名乗る必要は無い、名前及び所属部活動は全て把握している」
そして、フッと笑って「よろしく頼む」と言った。
その自信に満ち溢れた表情はとてもかっこよく、男女問わず思わず赤面してしまうほどであった。
「そしてコイツがゆめだゆめみ、俺の大切な幼馴染だ」
クラスメイトの視線が一斉に隣にいたゆめみに向いた。柳の言葉では『大切な』が強調されており、そこには牽制の意味も込められていた。ゆめみはそんなことには気が付かず、すぐに親しみやすい笑顔で「よろしくね」と言った。みんな一斉によろしくと返事を返してくれる。
「ちなみに美化委員になりたいそうだ、違うか?ゆめみ」
「うん、立候補しようと思ってるよ」
柳にその話をした覚えは無かったが、そんなことは日常茶飯事だったので、ゆめみは特段驚かなかった。口々に「そうなんだ、応援するよ」と言われ、ゆめみは言うなら今しかないと思った。このクラスに入ってからずっと気になっていたことだ。
「あのね」とゆめみが切り出して、みんなの視線を集める。ゆめみはさっと立ち上がった。そして、マノンとリュカの後ろに立つ。
「お姉さんのマノンと弟のリュカ」
突然紹介されたマノンとリュカは驚きはしたものの、嫌な顔はしなかった。
「2人は中学に入るまでフランスのコートダジュールに住んでて、ちょっと日本の生活に不慣れなところもあるけど、私は大好きなんだ」
2人がクラスに馴染めるきっかけが作れれば、とゆめみは思った。クラスメイト達は困ったように顔を見合わせる。マノンとリュカが性格が悪いと言う噂が広がっているため、出来れば関わりたくないと思っている人が多いのだ。
「今年からフランス語の授業も始まる、頼りにしている」
柳がそう言うと、ゆめみの気持ちを察知したマノンは「まぁ、よろしく」と言い、リュカは「出来れば代わりに日本語を教えてよね」と言った。
その時に2人が少し笑ったため、クラスメイト達は本当は良い人なのかも?と思った。
「Bonjour a tous、席に着いてくださいねー」
ガラッとドアが開いて、レアル先生がゆったりと入って来た。フランス人の美術の先生で、優しくて綺麗だと評判が高い。昨年は3年生の担当だったが、今年は2年I組の担任になったのだ。相変わらず行動の端々にセクシーさが滲み出ている。
ゆめみ、マノン、リュカとはフランス研修で一度お世話になっており、顔馴染みだ。
全員が席に着く中、マノンの小さな「ありがと」と言う声がゆめみに届いた。ゆめみは何も言わずに少し振り向いてにっこりと笑った。そんなゆめみを柳は優しく見守っていた。
1人1人の簡単な自己紹介の後、恒例の委員会と係決めがあった。レアル先生が委員会名を黒板に書き、そこに立候補したい人が記名する形だった。2年生になり、内部進学を考えているメンバーは内申が気になるのか、皆一斉に立ち上がり、希望する委員会に名前を連ねる。
ここでゆめみは柳の偉大さに改めて気付かされることとなる。
ほとんどの委員会に2名以上の立候補者がいる中、美化委員の女子だけはゆめみだけしか名前を書かなかったのだ。委員会は男女1名ずつなので、もし2名以上立候補者がいる場合は多数決になる。
先ほど柳が言った『美化委員になりたいそうだ』にはこんな意味があったのだ。
ゆめみは柳がいなければ美化委員になれなかったかもしれないと思うと、柳に心から感謝した。
「ありがとう、蓮二」
「何もしなくても91.87%でゆめみが選ばれていた、ただその確率を100%にしただけだ」
「気にすることではない」と淡々と言う柳。
その横顔はかっこよかった。
ほとんどの委員会には名前が並んでいたが、唯一、学級委員の男子の枠だけ空欄のままだった。
先に多数決で学級委員女子が決まり、その子がその後の司会をすることになった。
「誰か学級委員を一緒にしてくれませんか?」
声をかけるが、立候補者はいない。その子は少し頬を赤らめて「柳くん、どうですか?」と柳に声をかけた。柳はどの委員会にも立候補していなかったのだ。
1年生の時は図書委員だったため、ゆめみは少し意外に思っていたが、柳に限って何もしないということは考えにくく、何か理由があるんだろうなと思っていた。
柳はゆめみの予想通り「すまないが、生徒会に声をかけられていて承諾済みだ」と言った。しかしそこで終わらないのが柳蓮二だ。
「蒼井、お前はどうだ?風紀委員もいいが学級委員の方がお前の適性に合っていると思うぞ」
と声をかける。声をかけられた蒼井と言う生徒は風紀委員に立候補していたが、風紀委員は他にも立候補している人がいる。柳とは今日初めて会ったようなものだが、そう言われて悪い気はしなかったのだろう、「柳がそう言うなら」と簡単に学級委員を承諾した。
次々と委員会が決まっていく中、ゆめみはチラリと隣の席の柳を見た。
学年主席、テニス部レギュラー、生徒会、そして人望も厚い。
見慣れたおかっぱ頭じゃないからだろうか、その横顔はなんだか大人びて見えて、まるで知らない人のようだとゆめみは思った。
蓮二が遠い。
その感覚に、少し戸惑ってしまう。
見間違いかも、とゆめみが目をこすっていると、柳がそんなゆめみを見て薄く笑う。
「幻覚でも見えたか?」
「蓮二が」
『別人みたい』そう言いかけて言うのをやめた。なんだか口にしたら、本当にそう思えてしまいそうで。
ゆめみは代わりに「今日もかっこいい」と言った。柳は片眉だけを上げて「今言うことか?」と不可解な顔をする。
「いつも思ってるよ」
「やすやすと言葉にするな」
「嫌なの?」
柳は「恥ずかしいだろう」と言った。ゆめみはくすくすと笑って「ごめんなさい」と素直にそう言う。
「蓮二と同じクラスで良かった」
それは俺のセリフだな、と柳は思ったが、素直に繰り返すことは出来ずに頷いた。
「それとね」ゆめみはにっこり笑った。
「進級おめでとう、蓮二」
柳は少し目を見開いて、幸せそうに笑って「とゆめみは言う」と言った。
まだ委員会決めの最中だというのに、ほぼ口と耳が付きそうな距離で堂々とコソコソ話をしている柳とゆめみに、マノンはコイツらバカップルかと思うのだった。
(180511/小牧)→73
4.4パーセントの奇跡に感謝。