071
(ボランティア活動です/毛利・赤也)

次の日。
ゆめこは学校までの道のりを一人で走っていた。

いつもは登校中の立海生達であふれているこの道も、たった30分遅れただけで閑散としてしまっている。
その光景が余計にゆめこを焦らせていた。

立海に入学してからこの光景を見るのは今回で二度目だ。
あれは去年の秋だったか、寝坊して遅刻してしまった時にもゆめこは必死でこの道を走った。

そして今回。
寝坊はしなかったが電車で寝過ごしてしまった彼女は、いつもより30分程遅れて学校の最寄り駅に到着した。
ゆめみと柳が一緒だったならきっと起こしてもらえたのだろうが、あいにくゆめみは美化委員の仕事があり、柳は今日から朝練が始まるため、三人は別々に登校していたのだ。

新学期早々やっちゃったよ・・・!
などと思いながらゆめこは校門をくぐる。
そうして息を整えながら下駄箱で靴を履き替えていると、

「ちょっとそこの人!」

と声を掛けられゆめこは顔を上げた。
そこには一人の少年が立っていて、彼はゆめこと同様息を切らしていた。
突然話しかけられて驚きはしたものの、呼ばれてしまっては無視する訳にもいかず、ゆめこは「なに?」と尋ねた。

タメ語だったのは、おそらく目の前の彼が年下だと判断したからだ。
今日下しましたと言わんばかりの真っ新な制服にぴかぴかの上履き。十中八九、新入生だろう。

しかしこの時間、新入生はホールで入学式をしている真っ最中のはずだ。
なぜこんな所に?とゆめこが疑問に思っていると、

「ホールの場所、教えてもらえないっスか?」

と聞かれた。
もしかして、いや、もしかしなくても入学式早々遅刻してきたのだろうか。
だとしたら息を切らしているのも納得がいく。

「寝坊でもしたの?」
「いや〜、ちょっと電車で寝過ごしちゃいまして」
「なんだ。私と一緒じゃん」
「えっ?」
「あ、ううんなんでもない。ホールの場所だよね?」

ゆめこは履きかけだった上履きをトントンと鳴らしながら少年に近付くと、ホールまでの道を口頭でざっくりと説明した。
彼はうんうんと説明を聞くや否や、「どもっス!」と笑顔で礼を言うと、乱雑に上履きを脱ぎ捨てスニーカーに履き替えた。そのまま振り返ることなく走り去ってしまった少年の後姿を見送り、ゆめこも「まぁいっか」と教室に向かって歩き出す。

しかし階段に足をかけた所で、ゆめこはぴたりと立ち止まった。
あの少年はちゃんとホールに辿り着けるだろうか?
そんな疑問が頭を過る。

何もそこまで親切にする義理はないのだが、もし自分が逆の立場だったら、知らない場所で迷子になるのは結構こわいと感じるだろう。
男の子だし、過保護に考え過ぎかな?
なんて思いつつも、ゆめこの足は止まったままだ。

どうせ遅刻は遅刻だし、少しくらいならいっか。
と、ゆめこはくるりと体の向きを変えて歩き出す。
そしてもう一度ローファーに履き替えると、校舎を出てホールの方に向かって歩き出した。

すると案の定、ホールの前の竹林広場でうろうろしている少年を見つけた。
がしがしと困ったように頭を掻いている少年に後ろから近づく。

「ごめん、やっぱり説明分かりにくかったよね?」

と話しかけると、彼はびくりと大きく肩を揺らして振り返った。

「あっ、アンタさっきの」
「心配で見に来ちゃった。ホールはすぐそこの建物だよ」

そう言ってゆめこは目の前の大きな建物を指差した。
「入り口はこっち」と言って歩き出すゆめこに、少年は目をぱちくりさせる。
しかし置いていかれると思ったのか、すぐに小走りでゆめこの後を追った。

「わざわざすんません」
「いいよいいよ、気にしないで〜。30分遅刻しようが1時間遅刻しようが何も変わらないから」

と、にやりと笑って言うゆめこに、少年の表情も次第に柔らかくなっていく。
そうしてホールの前までやってくると、

「あの扉から入ると比較的目立たないかも」

と言って、ゆめこは手前の扉を指差した。
少年はぱぁっと顔色を明るくさせると「助かった〜」と声を漏らした。
そしてくるりと体ごとゆめこに向き直った。

「俺新入生の切原赤也っス!アンタの名前は?」
「切原くん、ね。私は・・・」

と、そこまで言いかけてゆめこは口を噤む。
普通に自己紹介をしても良かったのだが、ゆめこはうーんと視線を宙に這わせて考え込むと、

「名乗る程の者じゃございませんよ」

と言って、きりっと凛々しい顔をしてみせた。
赤也と名乗った少年はぽかんと口を開けてゆめこを見ている。

そんな彼のリアクションには気付いていないのか、
決まった・・・!これ一度言ってみたかったんだよね!
と、ゆめこはくぅー!っと心の中でガッツポーズをした。

そしてとてもすっきりした顔で「じゃあね」と言うと、颯爽と走り去っていった。
赤也はそんな彼女の後姿を見送ると、

「・・・変な人」

と一人呟くのだった。



そうしてゆめこが満足した表情でホールを出ると、向こうから見慣れた人物が歩いて来るのが見えた。
その姿に、ゆめこはぴたりと足を止める。
向こうはまだゆめこに気付いていないようだ。

どうしようか。
そう迷ってる内に、その人物がぱっと顔を上げた。

「あ」

そしてゆめこの存在に気付くと、先程までの眠そうな顔が嘘だったかのようにその表情を無邪気に輝かせた。
大きく手を振りながら駆け寄ってくる彼に、ゆめこもつられるように手を振り返す。

「ゆめこちゃん!」
「毛利先輩、おはようございます」

近付いてきた人物は毛利だった。
どうしてこんなところにいるんだろう。とゆめこが思っていると、相手も同じことを考えていたのか「こんな所で何しよるん?」と毛利は首を傾げた。

「ちょっと、ボランティア活動です」
「へ?」
「いえ、こっちの話なので気にしないでください。ところで毛利先輩は・・・サボりですか?」

何してるんですか?と聞く前に、大体想像がついてゆめこはそう尋ねた。

「朝練終わった後部室で寝てもうてたわ」

と、毛利はへらっと笑って後方の部室棟を指差した。

「昨日結構早くに寝てましたよね?」
「んー、せやねんけど。練習終わったらなんや眠なってきてん」
「所構わず寝てたら風邪引きますよー」
「あぁ、それなら心配あれへんえ。寝袋持ってきよるから」
「ええー」

まるで「どんだけ〜」とでも言いたげな顔でゆめこは毛利を見上げる。
日頃の言動でズボラな人だと予想はついていたが、これは想像以上だな、とゆめこは思った。
かく言うゆめこも大概なので人のことはあれこれ言えないが。

ちなみにホワイトデーの日以来、ゆめこは毛利とちょくちょく連絡を取り合うようになっていた。
改めてブレスレットのお礼をしようとゆめこがメッセージを送ったのがきっかけで、そこからずるずるとやり取りが続いているのだ。

内容は挨拶や天気の話など当たり障りの無いものばかりだったが、毛利から届く「今日は雨やね」「よく眠れたかいや?」などのメッセージはなかなかに癒し系で、いつの間にかゆめこも彼からのメッセージを楽しみに待つようになっていた。

昨日は23時くらいに「おやすみ〜」という旨のメッセージが来ていたので睡眠時間は十分のはずなのだが、それでも彼にとっては足りないのだろう。
寝る子は育つ。と言うくらいだし、だからこんなに身長が伸びたのかな?とゆめこは思った。

「ゆめこちゃん、毎日モーニングコールしてくれへん?」
「あー、それはほんと、ごめんなさい」
「即答かいや」
「朝って戦争なんですよ。一分一秒も惜しいです」

きっぱりと断るゆめこに、毛利は「残念やね」と苦笑を浮かべる。毛利に負けず劣らずゆめこは朝に弱いのだ。
しかし7時からの朝練に参加しているということは、実は自分より早起きなんじゃないか、とゆめこは思い直す。
以前聞いた話だと、学校までの所要時間もゆめこと大して変わらないようだった。ゆめこの方が準備に時間が掛かるにしても、8時過ぎに学校に着けばいい彼女よりは、断然早くに起きているはずだろう。
まぁ、サボり癖のある彼が朝練に参加するのはかなり珍しいことなのだが。

どちらにせよモーニングコールなんて必要ないじゃん。と気付いたゆめこがそのことを指摘すると、

「せやかて朝からゆめこちゃんの声聞けたらハッピーやん」

と真っ直ぐな瞳で言われ、ゆめこはうっと肩を縮こまらせた。
どうしてこの人はこうも心臓に悪いことばかり言うのか。ゆめこはへらりと笑うと、

「冗談はやめてくださいよ」

と言って、毛利の背中をポンと叩いた。
毛利はそんなゆめこをじっと見つめ返す。

「な、なんですか?」
「冗談でこんなこと言わへんよ」
「えっ・・・」

いつになく真剣なトーンで話す毛利に、ゆめこの胸がどくんと音を立てる。
だめだ。本気にしちゃだめ。きっとからかわれてるだけだから。
自制の声がぐるぐると脳内を巡る。
ゆめこは「・・・そうですか」と小さく返事をするので精一杯だった。

その時ちょうど2号館に辿り着いて、ゆめこは内心ほっとしてしまった。
三年に進級した毛利は、今年から1号館の教室に通うことになるはずだ。
「じゃあ、私はこれで」と別れを告げて歩き出すと、

「ゆめこちゃん!」

と彼にしては珍しく大きな声でゆめこを呼び止めた。

「なんですか?」
「あー、えっと・・・」

呼び止めたはいいが、何と声を掛けるべきか毛利は迷っていた。
下手なことを言って、また微妙な空気にしてしまうのも嫌だ。そう思った毛利は、

「今晩もまた連絡してええか?」

とちょっと困ったような笑顔で言った。
そんな確認をしなくても今まで散々やり取りをしてきたのに。と、ゆめこは目をぱちくりさせて毛利を見た。
いつも余裕綽々に見える彼の表情が、ちょっとだけ歪んでいる気がする。
ゆめこはすぅと小さく息を吸い込むと、

「はい、もちろんです」

と言ってにっこりと笑った。
その笑顔を見て安心したのか、毛利は肩の荷が下りたようにふぅと息を漏らした。
それと同時に、この少女の陽だまりのような笑顔をもっと近くで見ていたいと、そう思った。
どんどん欲張りになっていく自分に、毛利は初めて息苦しいほどの胸の痛みを感じていた。





(180509/由氣)→72

23.5のネタ使えた!(歓喜)





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