072
(きり・・・きりたにくん!/丸井・赤也)

「あれ?」

次の日の帰り道。
ゆめこは前方に丸井とジャッカルらしき後ろ姿を見つけて声を漏らした。
今帰りなのだろうか?
そう思い、ゆめこはタタッと小走りで駆け寄ると二人の背中をパンと軽く叩いた。

「お二人さーん、今帰り?」
「ゆめこ?!」
「なんだゆめのか!今日は随分遅いな」

この時間、帰宅部のゆめこはとっくに家に帰ってるはずだ、とジャッカルは物珍しそうな顔をする。
ゆめこはさりげなく二人に並んで歩き出すと、「おばあちゃんち行ってた」と言った。
彼女の母方の祖母の家は学校から近く、今日はまっすぐそこに立ち寄っていたので帰りがこの時間になってしまったのだ。
それを聞いた二人はなるほどと揃って相槌を打つ。

「二人はこの時間まで部活?頑張るねぇ」
「あぁ、今日から新入部員が入ってきたしな」
「そっか、今日からか」

新入生は毎年入学式の次の日から部活に入部届けを出すことができる。
たしか去年もそうだったなぁ、とゆめこはジャッカルの話を聞きながらぼんやりと思い出した。

「あ、そだ!俺達これからゲーセン行くんだけどゆめこも行かねぇ?」

学校の最寄り駅に着きそうなタイミングで、丸井がうきうきとした口調で切り出した。
楽しそうな誘いに「いいねー!行こ行こ」とゆめこはすぐに乗っかる。

「ジャッカルくんも私がいないと寂しいでしょ?」
「寂しくねーよ」
「またまたー!」

クラスが離れてしまいこれからは毎日顔を合わせることもなくなる。
そのことを憂えていたゆめこは、こうしてまたジャッカルと絡めることが嬉しくて、からかうように彼を肘でつついた。

ジャッカルは内心あいかわらずのウザさだな、なんて思いつつも、そんな彼女の変わらぬ姿になんだかほっとしてしまった。
今日の部活がピリついていたために、余計にそう感じてしまう。
今日乗り込んできた破天荒な新入生を思い浮かべ、ジャッカルはそんなことを思っていた。

「うわー、ゲーセンとか何年ぶりだろ?」

駅前近くのゲーセンに足を踏み入れるなり、ゆめこはきょろきょろと興味深そうに店内を見回す。
小学生の頃兄と一緒に何度か来たことがあったが、ここ数年はそれも無くなっていた。
ずらりと並ぶ最新のゲーム機を、ゆめこは物珍しそうに物色する。
すると何かを見つけたのか、丸井が「あ」と声を漏らした。

「何やるか決まったの?」

お目当てのゲームが見つかったのだと思い、ゆめこはそう尋ねる。
しかし丸井はその質問に答えることなく、代わりににやりと怪しい笑顔を浮かべた。
そんな丸井に、ゆめことジャッカルは顔を見合わせて首を傾げる。

丸井はぐいとゆめこの腕を引くと「こっちこっち」と言って、格ゲーの前に腰を下ろした。
その時ジャッカルも何かに気付いたのか「なるほどな」と言って困ったような笑みを浮かべた。
ただ一人ゆめこだけは何も分かっていないのか首を傾げたままだ。
丸井は目の前の画面を指差すと、

「俺の天才的妙技、たっぷり見てけよ」

とゆめこに声を掛けた。
それから対戦が始まると、丸井が操作する美少女系のキャラクターが相手の大男をあっという間に倒してしまった。

「ふわ〜、ブン太くんすごい!激強」

とゆめこがその実力に感心したのと同時。

「ゲームでも負けかよぉ〜!誰だよこのブンブンってやつ!」

と、ゲーム機を挟んで向かい側から悔しがる声が聞こえてきて、ゆめこはパッと顔を上げた。
丸井はふふんと得意気に鼻を鳴らしながら立ち上がると、「そのブンブンってやつ、俺」とその人物に声を掛けた。

知り合いだろうか?
そう思ってゆめこも立ち上がって彼を見る。

そこにいた見覚えのある少年に、ゆめこは「あっ!」と大きな声を出した。
丸井を見ていた少年は、その声に反応して顔を上げる。

「あー!アンタ、昨日の!」
「すごい偶然!えっと〜、きり・・・きりたにくん!」
「・・・切原っスよ。つーか赤也でいいっス」
「そうそう、赤也くん」

ぶすっとしかめっ面をする赤也とは対照的に、ゆめこはもちろん覚えてましたと言わんばかりにパンと手を叩いた。

「なんだ?お前ら知り合いか?」

そんな二人に、ジャッカルはたまらず割って入る。
「あー、かくかくしかじか」と説明を端折るゆめこに、ジャッカルは「めんどくさがってんじゃねーよ」とすかさずツッコんだ。
しかし丸井には心当たりがあったのか、

「もしかして昨日の?」

とゆめこに尋ねた。
ゆめこはにこにこしたままこくりと首を縦に振る。

昨日遅れて登校してきた彼女に、丸井はその日の内に事の経緯を聞いていたのだ。
電車で寝過ごしたのに加え、迷子の新入生をホールまで送ったとゆめこは言っていた。
「迷子ってこいつかよ」と丸井は赤也を指差す。

"迷子" と "こいつ" 呼ばわりされた赤也は、むすっと眉根を寄せて丸井を見上げた。
その視線に気付いたのか、丸井は赤也の頭に手を置いてわしゃわしゃと髪を乱すと、

「こんな所で立ち話もなんだし、ラーメンでも食いに行こうぜ」

と言い出した。
ラーメンという言葉に、ゆめこの眉がぴくりと動く。

「え、ジャッカルくんの奢り?そんなっ、嬉しい!」
「俺まだなんも言ってねーけど」

すかさずそんな会話を繰り広げるゆめこを、赤也はじっと見つめていた。



それから四人は近くのラーメン屋にやってきた。
"浜のラーメン" という、あっさりとしたスープが売りの繁盛店だ。
四人はカウンターに横並びで座るとそれぞれの注文を済ませた。

待ってる間、「あいつら何者なんスか?」と赤也が切り出したことで、話題はテニスの話に移っていったが、正直ゆめこには何の話だかさっぱり分からなかった。
お冷に入ってた氷を口の中で転がしながら、ぼんやりと三人の話に耳を傾ける。
すると、

「で、アンタはマネージャーかなんかっスか?」

と突然赤也に話を振られ、ゆめこは顔を上げた。
ゆめこのことを先程から "アンタ" 呼ばわりしている赤也が気になったのか、「おい、仮にも先輩だぞ」とジャッカルは口を挟む。

「だって名前教えてくんねーし」

と赤也は不貞腐れた顔で言い返す。
その事で、昨日かっこつけたせいで名乗っていないことを思い出したゆめこは「ああ、そっか」と声を漏らした。

「ゆめのゆめこです」
「じゃあゆめこ先輩」
「はぁ!?おまえ馴れ馴れしいな」

自分だって名前で呼ばせもらうまで3ヶ月掛かったのに、と丸井は眉を顰める。

「で、どうなんスか?」
「なんだっけ?」
「だからー、マネージャーなんスか?」
「いや、全然。まったく違う」
「じゃあどっちかの彼女っスか?」
「え」

思いがけない推測に、ゆめこはぽかんとして赤也を見る。
どっちか、という表現が気に入らなかったのか、丸井は「ジャッカルはねーだろ」と小声でぼやいた。

「なんでそう思ったの?」
「いや、なんか仲良さそうだから」
「うん。仲は良いよ」

ゆめこの答えに、赤也は「ふぅん」と納得がいってないような表情を浮かべる。
それを見かねたジャッカルは、ゆめこが柳の幼馴染だということを話した。
しかし柳の説明のときに、「お前が今日喧嘩売った相手の」という枕詞が付いていて、ゆめこはぎょっとして目を見開いた。

「ねぇ!蓮二に喧嘩売ったって何?」
「なんだよ、今まで話聞いてなかったのか?」
「聞いてたけどよく分かんなかった」

彼らの話によると、赤也は今日の部活で三強、つまり幸村・真田・柳に勝負を挑み惨敗したらしい。
それを聞いたゆめこは、「なんだ、テニスの話か」とほっと胸を撫で下ろした。

それから程なくしてラーメンが運ばれてきた。
食べてる間はみんな割と無言で、ゆめこはその光景がなんだかシュールで笑いそうになった。
すると、

「そういや、さっきの良いよな」

と急に丸井が口を開いて、ゆめこは箸を止めた。

「さっきの?」
「マネージャーってやつ」
「マネージャー欲しいの?」
「いや、そうじゃなくて」

いまいち理解していないゆめこに、丸井は何と言うべきかうーんと首を捻る。
彼はゆめこがテニス部のマネージャーとして自分達のそばにいることを妄想して、一人ときめいていたのだ。
丸井の表情を見て、すぐに彼の考えていることが分かったのか、

「ゆめのってマネージャーとか興味ないのか?」

と、ジャッカルはすかさず助け舟を出した。
その唐突な質問に、ゆめこは目をぱちくりさせた後「ええー、考えたこともないや」と言って苦笑した。

「テニス部なら知り合いも多いしいいんじゃね?」
「私にはちょっと無理かな」

珍しく食いついてくるジャッカルに、ゆめこはすぐさま首を横に振る。
さぞかしダメだったかと落胆していることだろう、とジャッカルは丸井を盗み見た。
しかし丸井は「そうか!」と何かに気付いたように声を上げると、

「まぁ、本人がやりたくないのに無理させんのも良くないよな!」

ところりと意見を変えた。
その変わり身の早さにジャッカルはきょとんとする。

丸井はジャッカルの言った "知り合いも多いし" の部分に引っかかっていたのだ。
妄想の中のゆめこはまるで自分の専属マネージャーのように振舞ってくれていたが、現実は違う。
テニス部の中には彼女を知っている人物も多いし、それだけでなくゆめこを恋愛対象として見ている輩もいる。
そんな中にゆめこを放り込むなんて、考えただけでもぞっとする。と丸井は思った。

特に一つ上の、あの飄々としたくせ毛の先輩には要注意だ。
ゆめこにマネージャーをお願いするなら彼が卒業してからがいいか、と思った丸井は「一年後がベストだな」と一人呟いた。


その後ラーメンを食べ終えた四人は、再び三強の話で盛り上がった。
惨敗したとは言え、全国でも有名な三人に相手をしてもらえたのだからと、

「いいんじゃね?誇りに思っとけば」

と丸井は楽観的にそう言ったが、赤也は納得していないようだった。

「ビック3だか何だか知らねーが、奴らも同じ中学生だろ?・・・俺は必ず三人まとめてぶっ倒す!」

と言うと、ラケットバックを担いで店を出ていってしまった。

「あらら、行っちゃった」
「あいつまじで金払わないで行きやがった」
「ははっ、ウケる!」

絶望的な顔でそんなことを言うジャッカルに、ゆめこはけらけらと大きな声で笑った。





(180510/由氣)→75

OVA沿いでヤンス




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