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(今日は白かい?ボク好みだな/不二•3強)

始業式から2週間が経ったある日の放課後のこと。
ゆめみは美化委員の仕事で校内を歩き回っていた。工事の関係上、来週までにどこにどのくらいのサイズの花壇を新設するか、もしくは手直しするかの原案を提出しなければならず、最終確認に追われていた。
本来ならば、ここにチームリーダーである幸村も同行するはずだが、ゆめみが1人で出来ると断ったのだった。春からテニス部部長となった幸村は、ゆめみの目から見てもオーバーワークだった。

「ゆめみ先輩、あと1つでおしまいです」
「うん、頑張ろう」

ゆめみと一緒に仕事をしているのは、1年生美化委員のわかばだ。ゆめみと幸村の仲を影ながら応援している奇特な少女である。

2人はテニスコートの脇を通った。

ゆめみはついテニスコートに視線を移し、練習に勤しむみんなを見て、心の中で頑張れと声をかける。

「今、幸村先輩を見ていましたよね!」

特に誰を見ていたというわけでは無かったが、ゆめみの視線を追いかけていたわかばは嬉々としてそう言った。
わかばの大きな声に気が付いたのか、幸村がゆめみを見つけ、お礼を言うように軽く頷いた。

「きゃあ、幸村先輩もゆめみ先輩をっ!もうこれはっ!」

大喜びのわかばに、ゆめみは苦笑いをする。この後輩は働き者なのだが、時々ついていけない時がある。「わかばちゃん、いくよ」と声をかけて歩き出した。

ザァッと風が吹いた。
ゆめみの持っていた確認書が飛んでいった。

「あっ」

パシっとその紙をジャンプして取った人がいる。その動きはとても鮮やかで、思わず見とれてしまう。

『彼』は、ゆめみにその紙を差し出して笑った。

「今日は白かい?ボク好みだな」

整えられた茶色の髪に、柔和な笑顔、そしてここでは見慣れない真っ黒の学ランを着ている。

不二周助が立海にいた。

ゆめみは少し驚いたが、不二の言った『白』に反応して赤くなる。白とは下着の色だった。おそらく先ほど少し見えたのだろう。
それにしても、公言するなんてデリカシーが無さすぎる。

「ゆめみ先輩、知り合いですか!?」

わかばは警戒するような目で不二を睨みつけていたが、不二がにこにこと「そっちのキミの色は」と言いかけると、すぐに「お友達ですね!あとは私に任せてください!ごゆっくり!」と早口で言って立ち去ってしまった。

「わかばちゃん」

残されたゆめみは心細くそう呟いたが、瞬きしている間にわかばは見えなくなっていた。
薄情な後輩であるが、下着の色を公言されそうになったのだ、仕方がないだろう。

「クス嘘だよ、見ていない、でもその様子じゃあ当たってたのかな?」

からかうようにそう言う不二。ゆめみは呆れたように「知らない」と言った。そして、手を伸ばす。

「その紙とってくれてありがとう、返してくれる?」

ゆめみはすぐには返してくれないだろうな、と思った。不二は予想通り「ゆめみちゃんがちょっと付き合ってくれるなら、返してあげるよ」と言った。
ゆめみは仕方なくため息を吐いて、頷いた。


不二とゆめみはテニスコートを囲む坂に座った。そこには芝生が敷き詰められており、座り心地は悪くない。

「よくテニスコートの場所がわかったね」

立海は広いので迷う人が多いのだ。すると不二はきょとんとして、「聞いてもいないのに皆ここを案内してきたよ」と言った。
それを聞いて、「ああ、そっか」とゆめみは納得した。
昨年全国優勝した立海は他校からの偵察が後を絶たず、今もこのテニスコートを囲む坂では複数の他校の偵察隊が熱心に練習を眺めている。

不二も学ランを着てラケットバッグを持っていたので、偵察隊だと思われたのだろうとゆめみは思った。

「水曜日か金曜日に来ないと練習試合は見れないよ、今日は木曜日だから基礎練だけ」

ゆめみが親切に教えてあげると、不二は「偵察に来た訳じゃないよ」と言った。ゆめみが首を傾げると、不二はフッと笑ってゆめみの顔を覗き込む。

「ゆめみちゃんに逢いたくなって」

ゆめみは不可解な顔をする。

「それってサボり?」
「クス、青学は木曜日はオフなんだ」

「こんな手の込んだことしなくても、メッセージを送ってくれれば良かったのに」

先日箱根会った時、最後に不二は約束通りアドレスを教えてくれて、数回メッセージのやり取りをしていたのだ。
前ほど嫌いではなくなったため、おそらく普通に連絡してもらえれば話くらいは聞いただろうとゆめみは思った。

「それじゃあつまらないよ、キミの驚いた顔が見れないからね」

飄々とそう言う不二。一言一言に心乱されるのはなぜなのだろう。

「どうして会いに来たの?」

ゆめみが丸い目をしてそう聞くと、不二はいつもの魅力的な笑顔を浮かべる。

「キミが好きだからだよ」

不二は口ではいつもそう言うが、ゆめみは信じられない。全く心を感じないのだ。ゆめみは苦虫を噛み潰したような顔をする。

「クス、本当だよ、じゃなかったらこんな写真撮れないでしょ?」

不二は学ランの胸ポケットから、写真を一枚ピラリと出した。それは庭園に佇むゆめみの写真だった。その表情をよく写しており、儚い印象に仕上がっている。

「あっ、それ」
「ボクは嘘をついてはいなかった」

2月の終わりに星の王子さま博物館に行った時の話だ。ゆめみが博物館に入っても、すぐに声をかけなかった不二の行動の理由を尋ねたところ、「いつかわかることだから」と言われたのだ。
その理由は2週間後に分かることになる。博物館入ってすぐの庭園で1人でいるゆめみの写真が数枚送られて来たのだ。つまり、不二はすぐに声をかけずに写真を撮っていたのだった。

その写真は良く撮れていて、ゆめみの母親に大好評だった。

「盗撮じゃん、威張ることじゃない」

ゆめみは口を尖らせてそう言うが、本当に怒っている訳では無かった。

不二はんーっと腕を伸ばすと、そのまま後ろの芝生に倒れこむ。仰向けに寝転がる体勢になった。

「ここがゆめみちゃんが通う学校か」

深呼吸をした後、呟くようにそう言う不二。その表情は微笑んではいたが、はっきりと憂いが見えて、ゆめみは何か嫌なことがあったんだろうな、と思った。


その時、テニスコートでは、幸村と真田が厳つい面持ちで1年生の素振りを指導していた。「動きが悪い」「気合いを入れんかぁ」といつもの何倍もの激が飛んでいる。
その目はチラチラとコートの外を見ており、ゆめみと不二のやり取りを意識しているのが手に取るようにわかる。

そんな中、隣のコートでボレー練習をしていた柳が見かねて2人に合流した。

「誰だ?」
「誰だい?」

柳が近づくや否や2人から同じ質問を受け、柳は「青学2年、不二周助だ」と短く答える。

「青学だと?手塚のところか!」
「不二?思い出したよ、新人戦で好成績を残しているね」

2人の反応に軽く頷くと、柳は口を開く。

「青学では手塚国光に次ぐ準エース、通称天才不二周助、プレイスタイルはカウンターパンチャー、シングルス・ダブルス両方でのプレイが可能、得意技は」
「柳」

幸村が鋭い視線で柳を見る。「そんなことを聞きたい訳ではない」という視線に、柳は小さく息を吐いた。
隠したい訳では無く、出来れば口にしたく無かったのだ。柳は「データが不足している」と前置きをした。

「どこで知り合ったかは不明、ただ昨年の秋に一度青学の学園祭で会っている、その時はゆめみは苦手意識を持っているように見受けられたが」

寝転がった不二と穏やかに話をするゆめみ。その表情は大好きと言った感じでは無さそうだが、嫌っている風でも無い。

「どこで仲良くなったのかも不明だ」
「蓮二なら話している内容から読み取れるのではないか?」

真田は当然のように聞いた。柳は読唇術を会得しているため、声が聞こえなくても内容を把握している場合が多い。それを真田も幸村も知っていた。

「不二周助はゆめみに会いにわざわざ来たようだ」
「「!?」」
「不二周助の癖なのだろうな、口に手を当てていることが多く、詳しくは不明だ」

そして今は倒れてしまっているため、口元が見えない。

「男女交際をしていると言うことはありうるか?」

真田が真っ青になってそう言った。可能性は低い、と柳は思ったが、確信は無かった。
3人が見守る中、ゆめみは不二と同じように芝生に横になった。

目を見開く幸村、真田、柳。


その時、ゆめみと不二は。
自分と同じように芝生に横になったゆめみに、不二は意外そうな顔をする。

「制服、汚れてしまわないかい?」

自分の制服の心配をしてくれた不二に、ゆめみも意外そうな顔をする。そして「そうかもね」と言った後、「でも」と言った。

「なんとなく不二くんと同じ景色を見たくって」

ゆめみは空を見上げて、軽く目を閉じる。そんなゆめみに癒されて、不二も同じように空を見上げて軽く目を閉じた。

少しそうした後。

「裕太がテニス部に入りたくないって言うんだ」

不二がポツンと言った。それまでの試すような、からかうような口調では無い。消え入りそうな声だった。
ゆめみはそれが不二のここに来た本当の理由であることを本能的に悟った。

裕太とは、不二の弟である。
ゆめみとはスキー場で一度会っているが、その時はまだ小学生だった。兄弟仲は良好そうに見えた。
そして、不二が弟である裕太をとても可愛がっていることを知っていた。彼から届く手紙にはいつも弟のことが書かれていたし、箱根で会った時も弟が青学を受験していること、受かったら一緒にテニス部で活躍するんだと嬉しそうに話していた。

ゆめみはなんと返事すべきか一瞬迷った。
事情を何も知らないのだ。憶測で物事を話すべきでは無い、とよく父親から言われていた。

少し考えてから、ゆめみは口を開いた。

「裕太くん、テニス部に入りたくないんだね」

繰り返した。そして「それは寂しい気持ちになるね」と言った。

不二は大きく目を見開いて「そうか」と言った。それは気付きの響きを含んでいた。
そして、勢いよく起き上がる。

「ボクは寂しい気持ちになっているんだね?」

そんなことを真面目に聞いてくる不二に、ゆめみも少し戸惑いながら同じように起き上がる。

「そう見えるけど」
「間違いない、ボクは大切な弟が同じ部活に入らないと言ったから、寂しくて、だからゆめみちゃんに会いたくなったんだ」

その瞳は大きく揺れていた。

「助けて欲しい」

不二ははっきりとそう言った。そんなことを男の子から言われたのは生まれて初めてだった。
どうしていいか分からなかったが、勢いに負けて頷いていた。

「私に出来ることなら」

不二はほっとしたように笑う。

「そうと決まれば、準備が必要だね、また連絡するよ」

不二は立ち上がると、「今日はありがとう」とゆめみに手を伸ばす。ゆめみはその手を掴んで立ち上がった。

「準備って?」

不二はその質問には答えず、いつもの何を考えているか分からない笑顔で「楽しみにしてて」と言う。
その顔はさっきまでとは別人のように元気で、ゆめみは良かったと思った。
不二は軽く手を振りながら、坂を登って帰って行く。

そんな不二の後ろ姿を見ながら、憎めない人だな、と思った。傲慢で嘘つきなだけだと思っていた時期もあったけど、意外と繊細な一面もあるみたい。

そして、裕太くんに一体何があったのか。少し気になった。

「あ」

不二が見えなくなりそうなところで、不二から確認書を受け取り忘れたことに気がついた。あれが無いととても困る。

「不二くん」

ゆめみは大慌てで不二の後を追いかけて行った。


ゆめみの姿が見えなくなると、すぐにテニス部は休憩に入った。ゆめみが確認書を取り返して、テニスコートに戻る途中で、走ってくる幸村、真田、柳に会い、不思議そうな顔をするのであった。





(180512/小牧)→76

みんな慌ててどうしたの?





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