078
(かっこええとこ見せたるわ/毛利)
今年もこの季節がやってきた。
ゴールデンウィーク期間真っ只中の今日、花粉症のため外出を控えていたゆめこは自分の部屋でひたすら課題と向き合っていた。
今日はテニス部の地区予選の最終日だ。
これに勝ったら県大会に進めるのだが、ゆめこはあまり心配していなかった。
去年全国優勝を果たした彼らのことだから、こんなところで躓いたりはしないだろう。
そう思っていたら、案の定ゆめみと柳から地区予選を首位で突破したという報告がきた。
分かってはいたが嬉しいものは嬉しいので、ゆめこは二人宛てに『やったね!おめでとう』と打って、最後にお気に入りのスタンプを押した。
それから小一時間程経った頃だろうか、ゆめこのスマホが再び震え、彼女はテキストに向けていた視線を外し、スマホの画面を覗き込んだ。
メッセージではなく着信だった。
ほぼ毎日やり取りはしているものの、電話をかけてくるのは珍しい。
そう思って、ゆめこは "毛利先輩" の文字が表示されている画面をタップして電話に出た。
「もしもし」
「おー、ゆめこちゃん。こんにちは」
「こんにちは」
「あれ?風邪引いちょる?」
鼻声になっているゆめこの声を聞いて、毛利はすかさずそう尋ねた。
しかしゆめこに花粉症だという説明を受けると「大変やねぇ」と同情したように言った後、「ところで」と話を切り出した。
「その様子じゃ、やっぱり今日おらんかった?」
「はい」
すぐに地区予選の話題だと気付き、ゆめこは即答する。
「あー、やっぱし?見つけれぇへんかったから」
「何か用があったんですか?」
「用っちゅーほどのもんちゃうけど、ゆめこちゃんの顔見たかってん」
「またそんなことばっか言って」
「もうっ」とつっけんどんな口調で文句を言うゆめこに、毛利はあははと電話越しに苦笑を浮かべる。
会場でゆめみと柳が話しているのを見かけた毛利は、ゆめこも一緒に来ているかもしれないと辺りを探したのだが、結局最後まで見つけることが出来なかったのだ。
そのことを本人に伝えると、ゆめこは「この時期は外出を控えてるんですよ」と答えた。
ゆめこの返答を聞いて毛利はうーんと頭を悩ませる。
しかしすぐに「今から会わへん?」と言い出した。
「毛利先輩、私の話聞いてました?」
「もちろん聞いとったよ」
「じゃあ・・・」
「なっ、少しでええから」
電話のため彼の姿は見えないが、きっと今頃縋るような顔をしているのだろう。
それを想像してしまったら、なんだか自分も毛利に会いたいような気がしてきて、ゆめこは「少しだけなら」とぼそりと告げた。
途端「ほんまにっ?」と明るい声が返ってきて、ゆめこは思わずふふっと口元を綻ばせた。
「どこで待ち合わせしましょうか?」
「実は近くにおんねん」
「えええっ」
「ゆめこちゃんちの最寄り駅、ちょうど通り道やんか」
「そうでしたっけ?」
ぱっと頭に路線図を思い浮かべるも、そもそも地区予選の会場がどこなのか分からない。まぁいいか、とゆめこは考えるのを諦めると、
「じゃあうちの近くに公園あったの覚えてます?」
と尋ねた。
冬休みに一度家まで送ったことがある毛利は、そういえば見かけたかもしれない、と記憶を辿る。
「あのゾウさんのすべり台があるとこ?」
「そうそう!そこです」
「ほならそこで待ち合わせしよかや」
「はい。じゃあまた後で」
ピッと電話を切り、ゆめこは「ふぅ」と小さく息を吐く。
あれ程徹底して外出を控えていたというのに。
私ってばちょろ過ぎじゃない?
なんて思いながら、ゆめこはいそいそと支度を始める。
しかし毛利と会うことが決まって、わくわくと胸が躍っているのも事実だ。
どうしてこんな気持ちになるんだろう。
そんな疑問を抱きながら、ゆめこはクローゼットに手をかけた。一日中家にいたので部屋着だったのだ。
何着て行こう・・・。ゆめこはしばらく自分の服と睨めっこしていたが、あまり時間が無いことに気が付いて「これでいっか」と妥協したように真っ白なミニのシャツワンピースを手に取った。バルーン袖が可愛くて一目惚れして買ったものだ。
ワンピースにビスチェを合わせ鏡の中に映った自分を見つめる。気合い入り過ぎかな?とゆめこは少し不安になったが、もう一度着替えている時間は無い。
最後に毛利から貰ったブレスレットをつけて家を出た。
それから公園で待つこと数分。
見慣れた芥子色ジャージ姿で、ラケットバックを背負った毛利がやって来た。
彼はブランコにゆめこが座っているのを見つけると、「おーい」と大きく手を振った。
笑顔で駆け寄ってくる毛利を見て、なんだか大型犬みたいだな。なんて失礼なことを思いながらゆめこも手を振り返す。
彼はあっという間にゆめこのそばまでやって来ると、すぐ隣のブランコに腰掛けた。
「すまんな、呼び出してもうて」
「いいえ、大丈夫ですよ」
そうゆめこが返事をすると、毛利はぴたりと動きを止めた。
じっとこちらを見てくる毛利に「え、な、なんですか?」とゆめこは戸惑いながら尋ねる。
「私服かわええね」
ゆめこの私服姿を見るのは年明けにスタンプラリーに行った時以来で、毛利は上から下へとゆめこの全身を見た。その視線にゆめこの体温がじんわりと上がる。
曇りの無い瞳で褒められたゆめこは俯いて「あ、ありが」とお礼を言いかけたが、
「それに」
と毛利が続けたのでゆめこは口を閉ざした。
「ゆめこちゃんの鼻声もめっちゃかわええな」
「ええ!どこがですか!?・・・と言うか電話でも散々喋りましたよね?」
「電話と直接じゃ聞こえ方違うてくるやん?やっぱ生声はええわぁ」
「ちょっと何言ってるか分かりません」
「あはは!分かるやろ!ゆめこちゃんオモロ〜」
おとぼけ顔をするゆめこの背中をぺちぺち叩き、毛利は楽しそうに目を細めて笑う。
ゆめことしては、鼻声がかわいいってなんだ?と本当に意味が分からなかったのだが、毛利にはふざけているように見えたようだ。
「もっと喋ってぇや」なんてお願いされてしまい、ゆめこは無性に恥ずかしさを感じた。
早く話題を変えたくなったゆめこは、
「ところで毛利先輩、私に何か用があったんじゃないんですか?」
と切り出した。
わざわざ電話をかけてきて "会いたい" とまで言われたのだ。
本人は「用っちゅーほどのもんちゃうけど」と言っていたが、何か急用があったのかもしれない。
そう思って尋ねると、毛利はぱちくりと瞬きした後、「あれへんよ」とけろりとした顔で言った。
「えっ、ほんとに無いんですか?」
「おん。用が無かったら会いに来たらあかんの?」
「いや、ダメってことないですけど」
「んー、まぁあえて言うならほんまにゆめこちゃんの顔見たかってん」
どストレートな彼の言葉に、ゆめこは内心この人どこまで本気なんだろ?と思った。
にこりと笑った顔はまったく邪気が感じられず、嘘を言っているようには見えないけれど。
「私も毛利先輩に会いたかったです」
ゆめこも負けじと素直にそう告げると、目の前の彼は「はぁ〜」と大きく息を漏らすと、両手で顔面を覆ってしまった。
「どうしたんですか?」
「あかん、今の効いたわ」
「えっ?」
「こっちの話。気にせんといてや」
先程の発言はまずかっただろうか?
毛利の反応を見て困らせてしまったと思ったゆめこは黙って小さく俯く。
実際はゆめこに「会いたかった」などと言われ、毛利は喜びから一人悶えていただけなのだが、そんな彼の葛藤をゆめこは知る由もない。
沈黙が痛くて、ゆめこは何か話題を変えなければと必死で頭を働かせた。
そういえばまだ地区予選について触れていない。
そう思ったゆめこは「あの」と口を開いた。
「地区予選突破おめでとうございます」
「えっ・・・、あぁ。うん、ありがとう。何で結果知っちょるん?」
「ゆめみに聞きました」
「あー、あのいつも一緒におる子ね。そうそう、会場であの子見かけたさかいゆめこちゃんも来よるかなぁ〜って待っとったんやが」
「地区予選の応援は去年もゆめみに任せたんですよ。あっ、でも県大会は応援に行きますね」
「おう、ほならかっこええとこ見せたるわ」
ぐんっとブランコを漕ぎながら得意気に宣言する毛利に、ゆめこは「それは楽しみですね」と言ってにこりと笑った。
それから二人は、日が暮れるまでずっと話に夢中になっていた。趣味のこと、友達のこと、学校であったこと、お互いに聞きたいことがたくさんあって、話が尽きなかったのだ。
そこら中にちらほらいた子供達もすっかり皆いなくなってしまっている。
「暗くなっちゃいましたね」
「せやな。そろそろいのかや」
ブランコを降りてラケットバックを背負う毛利に、「そうですね」と相槌を打ちゆめこも立ち上がった。
「駅まで送りましょうか?」
「逆やろ。家まで送るで」
「あはは、いいですよ。すぐ目の前ですから」
公園から見える角を曲がったらすぐそこにゆめこの家がある。
「せやったな」と言いつつも、毛利は別れが惜しいと感じていた。
好きな物の話をする時のキラキラした笑顔も、ゆめこが動く度に鼻を掠める良い匂いも、全てが名残惜しかった。
「じゃあ、また」
と言って去って行くゆめこの背中を見送って、毛利は駅に向かって足を進める。
しかし、数歩歩いたところでくるりと振り返った。
まだゆめこの後姿が見える。
そう思ってしばらく眺めていると、曲がり角に差し掛かった彼女がちらりとこちらを向いた。
毛利と目が合いゆめこは少しだけ驚いた顔をしたが、すぐににこりと笑うと、顔の近くで小さく手を振った。
毛利も柔和な顔つきで手を振り返す。
そうしてゆめこの姿が見えなくなったことを確認すると、彼は再び駅に向かって歩き始めた。
(180512/由氣)→80
仲がよろしいですなぁ