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(他におらんのか?/仁王)
「おーい仁王くん、さっきから手動いてないよ」
ゴールデンウィーク最終日。
明日から学校が始まるので、ゆめこは今年も仁王と一緒に彼女の家で課題をやっていた。
と言っても連休中ほとんど予定が無かったゆめこは課題を全て終えているので、まだ終わっていない仁王に付き合っている状況なのだが。
一年前に一緒に勉強して以来、家も隣同士ということもありテスト前や課題が多く出された時などはこうしてゆめこの部屋で勉強をするのが恒例となっていた。
先程からぼーっとしている仁王に気付いたゆめこは、ごほんと咳払いをして彼を現実に引き戻す。
すっかり集中力が切れてしまっているのか、
「ちょっと休憩じゃ」
と仁王は疲れた顔で言った。
無理に進めてもかえって効率が悪いと判断したのか、「お菓子でも食べる?」と言って、ゆめこもぱたんとテキストを閉じた。
そうしてテーブルの上に置いていたお菓子の封を開け二人でつまんでいると、仁王がある一点を見つめたまま口を開いた。
「さっきからずっと気になってたんじゃが」
「うん?」
「あれ、お前さんのか?」
ポテチをくわえたまま、ゆめこは仁王の指を辿る。
そこにはももに借りた少女漫画が山積みにされていた。
前来た時は無かったものなので、仁王はずっと気になっていたのだ。
「ももちゃんに借りたんだ〜。お勉強しようと思って」
「勉強?」
「そう。名付けて漫画式恋愛トレーニングだよ」
「・・・なんじゃそりゃ」
またゆめのが訳の分からないことを言い出してるな。
と、仁王は目を細めて彼女を見る。
「ちょっとは恋する乙女の心情とやらを学ばせてもらおうと思いまして」
「なんでまた?」
「えっとね。ちょっと、色々あって・・・」
ゆめこはそう言って口をまごつかせると、ちらりと仁王の顔を盗み見た。
仁王は黙ってゆめこの説明を待っている。
ゆめこはうーんと一人悩んだ挙句、少し躊躇いながら話し出した。
「誰にも言わない?」
「あぁ。言わんよ」
「絶対絶対、誰にも言わない?」
「しつこ」
過剰に念を押してくるゆめこに、仁王はぽつりと呟く。
ゆめこはそわそわと落ち着かない様子で姿勢を正すと、
「ブン太くんに告白されたの」
と絞り出すような声で言った。
仁王の眉がぴくりと動く。
「ほう。丸井の奴、やっと言ったのか」
「やっと?やっとって何?」
「あいつは分かりやすいき、その内ゆめのに告白すると思っとった」
「ええっ!そうなの?」
「気付かんかったか?」
「全然」
ぶんぶんと勢いよく首を横に振るゆめこに、仁王は内心まぁそうだろうな、と思った。
しかし気になるのはここからだ。
丸井の気持ちは手に取るように分かっていたが、肝心のゆめこの気持ちはまったく分からない。
いつも想像の斜め上の行動をするやつ、と思っていただけに彼女が丸井にどう答えを出したのかが気になった。気になって仕方がなかった。
しかしそんなことはおくびにも出さず、仁王は努めて涼しい顔を作っていた。
「で、返事は出したんか?」
「うん。ちゃんとその日の内に断ったよ」
「へぇ」
良かった。
ゆめこの答えに、仁王は人知れず胸を撫で下ろす。
性格が悪いとは思いつつも、
よし、これで一人減った。と仁王はほくそ笑んだ。
すまん丸井。と心の中で合掌しつつ、仁王はもう一度部屋の隅に積み上げられた本の山に目を向ける。
話の流れは大体分かったが、やはりなぜに少女漫画?という疑問が拭えなかったのだ。
そのことを問い質すと、ゆめこはわずかに表情を曇らせた。
ジュースに刺さったストローを指で弄りながら、「あのさ」と話し出す。
「私ね、恥ずかしながらブン太くんに告白されるまで恋愛とかそういうの意識したことなくて。不甲斐ないお返事しかできなかったこと、ちょっと後悔してるんだよね。だから、人を好きになるって気持ちについてもっと知ってみたくなったの」
思ったより真面目な理由だと思ったのか、仁王は「ふぅん」と小さく相槌を打つ。
「で、ちょっとは分かったんか?恋する乙女の気持ちとやらは?」
「うーん、そうだね。やっぱりフィクションだからピンと来ない部分もあるけど・・・。これだけは分かったよ」
そう言ってゆめこは漫画を一冊手に取ると、パッとページを開いて仁王の目の前に突き出した。
「無駄にみんなドキドキしてる」
主人公の少女とイケメンが頬を染めながら見つめ合っている絵の横には、ご丁寧に "ドキドキ" という四文字が綴られている。
まぁあながち間違いでもないな、と仁王は思った。
「つまりブンちゃんにはドキドキしなかった、と」
「え?あ、うん・・・。そだね、そういうことになる」
「他におらんのか?ゆめのの胸をときめかせるような奴は」
にやりと口の端を吊り上げて笑う仁王に、ゆめこは慌てて「いないよ!」と答える。
しかし言い切ってしまった後で、ゆめこは「多分」と心の中で付け足した。
パッと脳裏に浮かんだ人物の顔。
彼と話している時、よく心臓が高鳴ることがあるが、あれがいわゆる "ドキドキ" なのかもしれない。
そう思ったら急に恥ずかしさが押し寄せて来た。
ゆめこは持っていた漫画を山に戻すと、
「では、そろそろお勉強を再開しますわよ。仁王くん」
と言って、誤魔化すようにテキストを広げた。
(180512/由氣)→82
恋の季節ですね(<誰)