079
(蓮二は蓮二だったね/柳)
「一風ちゃんどこ行きたい?」
「アウトレットは外せないよね」
「ソフトクリーム食べたいなー、蓮二は?」
地区予選翌日、ゴールデンウィーク最終日はちょうど第1日曜日だった。テニス部の貴重な休みに、ゆめみは柳家と一緒に那須に日帰り旅行に来ていた。
行きの車の中で、ゆめみと柳の姉の一風はガイドブックを見ながらウキウキと話しあう。
ちなみに車の席順は運転席に父親栄一、助手席に母親翠、後ろの席に左から柳、ゆめみ、一風である。
「ゆめみはアルパカ牧場が好みではないか?」
話を振られた柳は、ガイドブックを受け取り、アルパカ牧場が特集されているページを開く。癒し系のアルパカがたくさんいるのを見て、ゆめみは思わず「可愛い」と目を輝かせた。
「でも蓮二がどこに行きたいか聞いたんだよ」
ゆめみは唇を尖らせてそう言う。いつも自分を優先してもらえるのは嬉しいが、柳のせっかくの休みなのだ。柳の行きたいところに行きたいとゆめみは言う。
そんなゆめみに柳は「そうだな」と少し考え込んだ。特に行きたいところと言うのは無いのだ。
正直に言うなら、ゆめみが喜ぶ場所に行きたいが、そんなことを言っても納得しないだろう。
「俺もアルパカに癒されたい」
柳がそう口にすると、ゆめみと一風のツボに入ったようで、一風はあははと笑い、ゆめみは両手で両頬を抑えて「蓮二可愛いすぎる」と言った。
「アルパカ牧場に行きましょう、蓮二パパ」
「蓮二とアルパカのツーショット撮ってあげるからあはは」
「ああ、蓮二の頼みなら仕方がないな!」
「蓮二もまだまだ子供ね、うふふ」
ゆめみと一風の言葉に、栄一と翠も同意する。みんな柳が大好きなのだ。
すっかり柳が行きたいことになっているが、もちろんそう提案したのはゆめみのためだ。少し腑に落ちないと思った柳だが、ゆめみが楽しそうにしているのを見て、まぁいいかと小さく息を吐いた。
こうして今日は、アウトレットに行った後アルパカ牧場に行くことに決まった。
高速を降りて、あと少しで目的地という所まで来た時、キキーッと急ブレーキがかかり、車が急停止した。
ちょうどシートベルトを外したところで、ゆめみは大きく体が浮いた。それを柳が横から支える。
「大丈夫か?」
とその時、家族は見た。柳に抱き支えられたゆめみがビクッと体を強張らせたのを。そして、不自然じゃない程度に「大丈夫だよ、ごめんね」と柳と距離を取った。
いつものゆめみならば、そのまま柳に身を任せていただろう。その違和感に全員が意識を取られていたが、柳が傷付いた顔をしていることに気が付いた一風が口を開く。
「お父さん、運転気をつけてよね」
はっとした栄一が「すまんすまん、たぬきがいてな」と言った。翠も話を逸らそうと「あら、さすがは那須ね」と続ける。他愛ない会話の中、ゆめみは自分でもさっきの行動を不思議に思っていた。
なんで柳を突き放すような行動をとってしまったのかが分からなかったのだ。
アウトレットに到着して「地図を取ってくるね」とインフォメーションに行くゆめみを笑顔で見送った後、栄一、翠、一風が蓮二を取り囲む。
「ゆめみちゃんと喧嘩してるのか?」
「上手くいってないの?」
「まさか告白して振られた?」
家族の心無い言葉に、更にダメージを受ける柳。呻くように「データが不足している」とだけ言った。
すぐにゆめみがパンフレットを持って戻ってきたために、それ以上の追及はされなかった。
欲しい物が異なるため、子供達と両親の二手に分かれて、1時間半後にフードコートで集合することになった。
「じゃあ私は戦闘に出るわ、またね!」
両親と分かれて早々に一風は若者向けのファッション店舗へと吸い込まれるように消えて行った。
ゆめみは「一風ちゃん頑張ってね!」と言った後、柳を見て「私たちも行こっか」と楽しそうに笑う。
「あっちに蓮二の好きなブランドあるみたい、行ってみよ」
ゆめみはマップを見て、柳に似合いそうなブランドをチェックして手招きをする。
ゆめみは服はゆめこと一緒の時にしか買わないと決めているので、こういう時は柳の買い物に付き合うのだ。
柳の好ましく思うポイントの一つであるが、ゆめみは金銭感覚が意外としっかりしている。元々、恵まれた家庭で育ったこともあり、安物ばかりを買うわけではないが、本当に良いものを納得できる価格で買い、比較的長く大切に使う傾向にある。
「蓮二、こっちの色も着てみて」
「うーん、やっぱりさっきのが良かった」
「私それすごく好き」
ゆめみは次々と店内から服を持って来て、試着室を占領している柳へと渡す。
若干着せ替え人形として遊ばれている気がしなくも無いが、柳は部活が忙しくなかなか服を買いに来る機会も無いため、ありがたくゆめみが選んだ服を数着買った。
「蓮二はかっこいいから選び甲斐があるよ」
ゆめみは服を選んでもらったお礼にと奢ってもらったクレープを頬張りながら、ほくほくとそう言った。
そんなゆめみを見ながら、柳は思う。
嫌われてはいないはずだ、と。
ゆめみの言動は今までと何も変わらない。信頼と親愛に満ちており、自分は好かれていると安心させてくれる。
しかし、変わってしまったことも確かにあった。
先ほどの車での出来事が最たる例だが、ボディタッチが極端に減ってしまったのだ。
例えば今日もこんなに混んでいるのに、ゆめみは手を繋いで来ない。今までなら、混んでいる場所では必ず手を繋いでくれた。
更に、今までなら「頑張ってるね」「えらいよ」と少し背伸びをして頭を撫でてくれた。それが無くなった。
先ほどは家族に「データが不足している」と言った柳であったが、実は心当たりがあった。
全ては、春休み中に髪を切った時から始まったのだ。
初めは「男として認識された」と思ったのだが、それもなんだか違う気がしていた。
ゆめみは照れたり、赤面したりするわけではない。ゆめみが示す反応は、軽い拒絶なのだ。
「蓮二、私あっちの手作りジャムのお店見てみたい」
ゆめみはアウトレットで那須オリジナルのジャムやチーズなどの食品と、ゆめこと両親にお土産のお菓子を少しだけ買った。
フードコートで早めの昼食をとった後、柳家御一行はアルパカ牧場へと到着した。
「うわーっ、アルパカがいっぱい」
「もっこもこだね、こりゃ」
もこもこのアルパカ軍団がお出迎えしてくれ、ゆめみと一風は歓声を上げた。
「毛刈りの時期は6月だ、今が一番毛量が多いようだ」
柳がパンフレットを見ながらそう言った。ゆめみは毛が無いアルパカってどんな感じなんだろう?と不思議に思う。それを察知した柳は、スマホで画像検索してゆめみに「こんな感じだ」と見せた。
「これはこれで可愛いね」
ゆめみは楽しそうに柳のスマホを覗き込む。「でもちょっと寒そうだね」と笑うゆめみに、柳は「いい時期に来たな」と言った。
アルパカはみんな癒し系の顔をしており、見ているうちに穏やかな気持ちになる。
一通り楽しく回った後、最後に『アルパカとお散歩しよう』というコーナーがあった。どうやら首輪を付けたアルパカと散歩できるらしい。
ゆめみと一風は興味があったが、栄一と翠は疲れたようで、翠が「3人で行って来たら?私たちはカフェで待ってるわ」と言い、柳、ゆめみ、一風の3人で行くことになった。
同時に出発出来るのは2匹までとのことだったので、ゆめみと柳は2人で1匹のアルパカとお散歩することにした。
一風が先にスタートしたのだが、一風のアルパカは『ふぅちゃん』という名前で年も若く、元気いっぱいの印象だった。その印象を裏切ることなく、出発直後から走り出し、すごいスピードで坂を下って行き、見る見るうちに見えなくなった。
ゆめみと柳のアルパカは『ふでお』という名前で、おじいちゃんかと思うくらいののんびり屋さんだった。出発したものの、のんびりすぎてほとんど進まない。さらに食いしん坊で、しょっちゅう草を食べるため、更に進みが遅かった。
「可愛いね」
「そうだな」
のんびりとふでおのペースに合わせて2人は散歩する。ゆめみが手綱を引いていた。ふでおはのんびり屋さんではあるが、アルパカらしい大きな瞳に、長いまつ毛ととても愛らしい顔をしていた。そして、頭の毛が長く、おかっぱのように見える。
「蓮二に似てる」
ふでおを見てくすくすと笑うゆめみに、柳は「それは褒めているのか?」と返した。
「優しいところが似てるよ」
「あとね、一番は」と続けて、ゆめみは言葉を切った。柳が不思議そうにゆめみの顔を覗き込むと、ゆめみはちょっと寂しそうな顔をしていた。
「髪型はもう似てないね」
ふでおのおかっぱを見て、ゆめみは昔の蓮二を思い出していた。
出逢った時から、柳はおかっぱだった。初めて見た時、この髪型がこんなに似合う人っているんだと思うくらい、柳の涼やかな雰囲気に合っていた。
さらさらの髪は撫で心地が良く、お気に入りだった。
髪型が変わっちゃったから、変わっちゃったのかな?
実はゆめみ自身も春から柳に上手に甘えられなくなってしまったことを気にしてはいた。でも、それは無意識の反応で、ゆめみ自身にもどうして拒絶してしまうのかが分からなかったのだ。
「ゆめみ?」
深刻な表情で考え込むゆめみに、柳は優しく問いかける。ゆめみは顔を上げて、柳を見た。正直に伝えるべきなのかも、と思ったのだ。
「蓮二、あのね」
次の瞬間、フェーとふでおが一声鳴いて、すごい速度で進み始めた。
「きゃっ」
手綱が引っ張られ、ゆめみは前に倒れそうになる。手綱はゆめみの手を離れ、ふでおは坂を下りて行く。
「ゆめみ!」
危機一髪のところで、柳に抱きとめられた。その優しい、懐かしい感覚に、ゆめみは目を見開く。
「大丈夫か?」
心配そうに顔を覗き込んだ柳が、出逢った頃の小5の柳と重なる。
ゆめみは思い出していた。出逢ったばかりの頃のことを。
窓を通じて柳の部屋に行きたかったけど、最初は怖くてジャンプ出来なかった。
『ゆめみ、大丈夫だ、必ず俺が受け止める』
柳はいつも腕を広げてそう言ってくれた。そして、それに甘えるように、初めは柳に毎回抱きとめてもらっていた。
「蓮二?」
柳は「ああ」と相槌を打ったが、すぐにこんな風に抱きとめられるのは嫌なのだったな、と思い出し「すまない」と離れようとする。
「蓮二」
それをゆめみは無理矢理止めた。柳は体勢を崩して、仰向けに尻もちをついた。ゆめみはその上に乗っかる形になる。
「ゆめみ?」
不思議そうな顔をする柳。ゆめみは愛おしそうに、そっと柳の髪に触れた。短い髪に触れた後、もう今は無いおかっぱ部分の空間を撫でた。
「蓮二は蓮二だったね」
そう結論づけて、にっこりと微笑んだゆめみ。ゆめみの中で、髪が短い柳も柳だと受け入れた瞬間だった。
「短い髪もかっこいいね」
ゆめみはぎゅっと柳に抱きついた。柳は目を見開いた後、少し赤くなって、ゆめみの頭をよしよしと撫でる。
よくは分からないが、もう触っても大丈夫なようだな。
柳はふぅと小さなため息をついた後、安心したような笑みを浮かべた。
ゆめみと柳が手を繋いでふでおを追いかけると、ふでおはすぐ近くの草がたくさん生えているところでもぐもぐと草を食べていた。
「お腹すいてたんだね」
ゆめみがそう笑った。
那須からの帰り道。安心し切ったように、柳の肩に寄りかかって眠るゆめみを見て、柳家族はみんな良かったと胸を撫で下ろした。
「もう喧嘩するなよ」
「ゆめみちゃんに優しくね」
「早く付き合えばいいのに」
好き勝手言う家族にため息を吐く柳。
苦労したが、結局は元に戻っただけだと言うことに気が付いて、少し落ち込むのだった。
(180517/小牧)→81
おかっぱロスだったみたい。