082
(当ったり前やん!/毛利・仁王・赤也)
5月の第三日曜日。
第一・第三日曜日は毎月、テニス部の練習はオフだ。
月に2日しかない貴重なオフの内の1日だそうだが、はっきり言ってゆめこには関係の無いことであった。
しかし昨晩、幼馴染である柳から電話があり、彼は開口一番こう言ったのだ。
「明日、テニス部の練習は休みな訳だが」
「はぁ」
だから何?とでも言いたげに、ゆめこは適当に相槌を打つ。
またゆめみとのことで相談でもあるのかな、なんて予想していると、柳は「うちの問題児をお前にお願いしたい」なんて言い出した。
柳の話によると、切原赤也という新入部員はなかなかの問題児らしい。
礼儀がなっていない。遅刻癖がある。なんていうのはまだ良くて、一番の懸念事項はその学力だそうだ。
特に英語は絶望的で、小テストの度に居残りをさせられているらしい。
もうすぐ中間考査も始まるので、このままでは練習に支障が出る、と柳は淡々と話していたが、
「えっ、いや。なんで私?」
自分で見ればよくない?とゆめこは口を挟んだ。
「俺は明日、予定がある」
「はいっ?私の予定は無視ですか蓮二さん」
「ゆめこは明日何もないはずだが」
「なんで知ってるのこわっ」
「それに、聞いたぞ、お前は赤也の救いのヒーローだそうじゃないか」
入学式の日、ゆめこが赤也をホールまで案内したという話は当然だが柳の耳にも入っていた。
「『名乗る程の者じゃございませんよ』とか真顔で言ったんスよ!超変な人っス!」
なんて赤也が話していたのを思い出しながら、柳は電話の向こうで口元をにやつかせる。
まさか本人にディスられているなんて知りもしないゆめこは、「あ、いや、ヒーローだなんてそんな」と満更でもなさそうに照れていた。
そんな訳で、うまく柳の口車に乗せられたゆめこは、貴重な日曜日を赤也に費やすことになったのだ。
彼女が花粉症だということは柳も知っているので、場所はゆめこの家に決まった。
昨晩柳は「強力な助っ人も用意した」などと言っていたが、一体誰のことだろう?と疑問に思いながら、ゆめこはせっせと掃除機をかけていた。
相手がゆめみや柳ならそこまで気にしないのだが、赤也は初めて家に招く相手でもあるので、彼女なりに気を遣っているようだ。
そうして一通り掃除も済んでゆっくりしていると、ピンポンと家のインターホンが鳴った。
「おっ、来た来た」なんて言いながら、ゆめこはモニターを覗く。
そこには赤也の他に仁王の姿もあって、
「助っ人って仁王くん!?」
とゆめこは慌てて玄関を出ていった。
「ゆめこ先輩、こんちわッス」
「よお、ゆめの。邪魔するぜよ」
「びっくりしたー。助っ人って仁王くんだったんだね」
「家が隣だからって理由で押し付けられたナリ」
そう言って仁王は赤也の頭をわしゃわしゃとかき乱す。
赤也は「やめて下さいよ〜、仁王先輩!」なんて言って抗議していて、そんな二人の兄弟みたいなやり取りにゆめこはプッと小さく笑ってしまった。
二人を家に招き入れ、部屋まで案内する。
仁王は何度も来たことがあるのでノーリアクションだったが、赤也は物珍しそうにゆめこの部屋をきょろきょろと見渡していた。
三面鏡の付いたドレッサーには化粧品や香水、ネイルなどがきちんと整理されて羅列しており、赤也は改めてここが女の子の部屋だと言うことを思い知らされた。
「ゆめこ先輩ってネズミーランド好きなんスか?」
「好きだよー、年パスも持ってるし。ちなみにマリーとデイジー推し」
近くにあったマスコットを手に取り説明するゆめこに赤也は興味深そうに「へぇ」と頷く。
しかし、「はよ座りんしゃい」と仁王に促され、彼はようやくクッションの上に腰を下ろした。
「とりあえず英語だっけ?」
柳から前情報をもらっていたゆめこは、赤也がバサバサと乱雑に机に並べた教科書の中から、ひょいと英語のテキストを選んで手に取った。
「あはは懐かし〜」
「ゆめこ先輩って英語ぺらぺらなんスよね?」
「ぺらぺらって程じゃないけど、旅行に行って困らない程度かな。本格的に学んだ訳じゃないから」
「ゆめのは他の教科も得意ぜよ」
「仁王くんだって数学すごいじゃん」
「それだけ、な」
「あはは、理数系男子って感じだよね。仁王くん」
「俺は数学もサッパリっス!」
清々しい笑顔で親指を立てる赤也。
そんな彼に、仁王とゆめこは内心「大丈夫かこいつ」と思いながら顔を見合わせた。
そこへ、ゆめこの母親がお菓子とジュースをお盆に乗せて持ってきた。
仁王は「お邪魔してます」と会釈をして、赤也は「ゆめこ先輩のお母さんですか?初めまして!」とにこにこと挨拶をした。
「こんにちは。二人ともイケメンね〜」
と母親は上機嫌で言うと、ゆめこにしか聞こえない声で「やるじゃない」と耳打ちする。
出たよ、ママの悪い癖が。
そう思ってゆめこは「余計なこと言わないでよ」と、同じく耳打ちすると、仁王たちに見えない角度で彼女の背中をぐいと押した。
早く出て行って欲しいというアピールだ。
母はにまにまと口角を上げながら「はいはい」と返事をして出ていった。
ゆめこの男友達に厳しい父や兄に比べ、母は割とミーハーで、ゆめこがこうして男友達を連れてくるのを面白がって見ているのだ。
口うるさく言われるよりはマシなのだが、それがなんだかゆめこにとってはむず痒かった。
パタンと部屋のドアが閉まったのを確認して、ゆめこはふぅと一息吐く。
「ゆめこ先輩のお母さん超美人っスね!」
「それ本人に言ったげて。めちゃくちゃ喜ぶと思うから」
目をキラキラと輝かせる赤也に、ゆめこは少しげんなりした顔で言った。
それから三人で勉強、というよりゆめこと仁王の二人がかりで赤也に詰め込み作業を行った。
しかし中間考査に間に合う分だけの容量が彼には無いようだ。
「ねね、これまた間違ってる」
「赤也、ここも違うぜよ」
「ああああ!まじっスか〜!」
げしげしと消しゴムを擦り、赤也は頭を抱える。
正直頭を抱えたいのはこっちの方だ。
なんて思いながら、ゆめこはスマホを取り出しこっそり柳にメッセージを送った。
『なんかいろいろ無理です、隊長』という一文だ。
彼ならこれで察してくれるだろう。
そしてまた赤也に勉強を教えていると、ゆめこのスマホが震えた。
蓮二から返信かな?と一瞬そう思ったゆめこだったが、画面を見て彼女は「え」と手を止めた。
「電話か?」
ブーブーと鳴り続く音に、仁王も気付いたようだ。
こくりと頷くゆめこに、仁王は「気にせんで出てええよ」と声を掛ける。
お言葉に甘えてそうさせてもらおう。とゆめこはスマホを耳に当てる。
「もしもし、毛利先輩?」
とゆめこが電話に出ると、その聞き覚えのある名前に仁王と赤也はバッと顔を上げた。
その視線に気付いたゆめこは、なんとなく気まずくてくるりと二人に背中を向けた。
「どうしました?」
「ゆめこちゃん、元気かいや?」
「あはは、なんですかそれ。元気ですよ〜」
「そりゃ何よりよな!ところで今日暇しとらん?」
「あー、今日はちょっと」
と、ゆめこは申し訳なさそうな声を出す。
しかしすぐに、別に隠すことでもないか、テニス部の後輩の事だし。と思い直すと、柳に頼まれて仁王と一緒に赤也の勉強を見ている旨を説明した。
すると毛利は「ええ〜っ」と大声を挙げた後、
「ゆめこちゃんの家で?!何それめっちゃ羨ましいわ!」
と言った。
ずるいずるい、と連呼する彼にゆめこは「そう言われましても」と顔を引きつらせる。
そもそもおたくのテニス部の未来のためにやってることなんですけど。とゆめこは内心そう思う。
「俺も行ったらあかんのん?」
「ええっ!」
「なー?ええやろ?」
「えっと、そうですね・・・。勉強教えるの手伝ってくれます?」
「当ったり前やん!俺が三人まとめて面倒みたるわ」
自信満々で言い切る毛利。
彼は三年生だし確かに心強いかも?なんて思いながら、ゆめこは「じゃあお願いします」と言って電話を切った。
切った後で、
どうしよう、毛利先輩がうちに来る。とゆめこは急に焦りを感じた。
きょろきょろと部屋を見回し変なところが無いか確認していると、電話の内容に検討がついたのか、
「毛利先輩来るんか?」
と仁王に聞かれ、ゆめこはびくりと肩を揺らした。
しかし驚いたのはゆめこだけじゃないようで、赤也も「えー!あの人来るんスか!?」と声を上げた。
「え?てかゆめこ先輩って毛利先輩とも知り合い・・・?」
「うん。まぁ、成り行きで」
「成り行き、ねぇ」
「に、仁王くん。なにその言い方」
「いいや、別に」
何か含みのある言い方をする仁王に、ゆめこはすかさず食いつく。
しかし彼はすぐにふいと視線をそらしてしまった。
その態度が気になって追求しようとしたところで「あー、毛利先輩か〜・・・」と赤也がぼやき、ゆめこの意識はそちらへ向いた。
「なに?赤也くん毛利先輩苦手なの?」
「苦手って言うか・・・」
「この前負かされたんよ」
「あ!ちょ!仁王先輩言わないで下さいよ〜」
「そうなんだ〜。でもさ、毛利先輩は三年生なんだしそんなに気にすることじゃないんじゃない?」
「嫌っス!俺は立海テニス部でナンバーワンになるんスから!それにあの人練習サボってばっかだし。そんな人に負けるなんて悔しいっスよ」
むぅと唇を尖らせて不満を露わにする赤也に、ゆめこはあははと苦笑する。
「要領が良いんだよ、きっと」
「なーんか納得いかねーなぁ」
「それにさ、毛利先輩ってすごく楽しそうにテニスするじゃない?そういう奔放なところが強さの秘訣なのかもよ」
コートの中でのびのびとプレイする毛利を思い浮かべ、ゆめこは顔を綻ばせる。
そんなゆめこの横顔を、仁王はじっと見つめていた。
それから小一時間もしない内に、ゆめこの家のインターホンが音を立てた。
毛利は電車で20分くらいの距離に住んでいるので、そろそろ着いてもおかしくないと思っていたゆめこは「ちょっと出てくるね」と二人に声をかけ、部屋を出た。
階段を降りようと足を伸ばしたところで、「まぁ〜、いらっしゃい」という甲高い声が聞こえてて、ゆめこはぴたりと足を止める。
どうやら先に母親が出てしまったらしい。
以前家まで送ってもらった時に二人は顔を合わせているので、彼女はなんの抵抗もなく毛利を家に招き入れた。
「あいかわらずお綺麗ですねぇ」
「もう!やだ〜、毛利君ってばお世辞ばっかり」
「いや、ほんまですよ」
「毛利君はまた背が伸びたんじゃない?」
「あはは!そないに変わってませんって」
と、楽しげに会話を弾ませている二人。
二人のコミュ力なんなの?ハンパなっ。
などと思いながら、ゆめこはゆっくりと階段を降りていった。
「おー、ゆめこちゃん。お邪魔します」
「も、毛利先輩。いらっしゃい」
「ちょっとゆめこちゃん、毛利君も来るなら教えといてよ」
うふふ、と口元に手を当てながら、母はやけに上機嫌でゆめこを肘で小突く。
どうやら毛利と仁王は中でも母のお気に入りらしい。
この調子だと部屋に入られるのも面倒だな。
そう思ったゆめこは、二人が話している隙にキッチンまで行くと、毛利の分のコップとジュースをペットボトルごとお盆に乗せて持って来た。
「毛利先輩部屋行きましょう」
と声をかけ、ゆめこは半ば強制的に話を中断させる。
「ごゆっくり〜」という母の声を背中で聞きながら、ゆめこは毛利を連れて階段に足をかけた。
「ゆめこちゃんの部屋楽しみやわぁ」
「ごくごく普通の部屋ですよ」
「それはそうとゆめこちゃん」
「何ですか?」
「そないほいほい男共部屋に入れたらあかんえ」
眉根を寄せ、心配そうな顔で忠告する毛利。
自分だって男じゃないか。と、見事なまでのブーメランにゆめこはぽかんと口を開ける。
「じゃあ毛利先輩も入るのやめときます?」
「俺はええねん」
「何ですかその理屈」
どや顔でそんなこと言う毛利に、ゆめこはプッと噴き出して笑った。
部屋までやって来ると、毛利は中を覗いて仁王と赤也の姿をその目に映すやいなや、「おお〜、ほんまにおった!」と言ってへらりと笑った。
先輩の登場に、二人はぺこりと小さく会釈をする。
「俺が来たからには安心しい」
と毛利は空いているスペースにどかりと腰を下ろした。
しかしすぐに部屋をきょろきょろと見回していて、ゆめこは「あまり見ないでください」と恥ずかしそうに言った。まさか毛利が来るとは思ってもみなかったので、なにかボロが出るんじゃないかと不安になったのだ。しかし、そんな彼女にはお構いなしに
「かわええ部屋やねぇ。ゆめこちゃんのええ匂いもするし、ずっとここに居りたいわぁ」
と毛利はにこにこと笑った。
ぽんぽんと出てくる率直な言い回しに、仁王はむっと眉根を寄せる。ポーカーフェイスな彼にしては珍しいことだが、幸い誰もその変化には気付いていなかった。
ゆめこはポッと頬を染めていて、そのリアクションもさらに仁王を不機嫌にさせた。
自分が素直になれない性格をしているだけに、恥ずかしげもなく思ったことを口に出来る毛利が少しだけ羨ましかった。
あまり気に留めていない赤也が「毛利先輩って勉強できるんスか?」と口を開き、3人はようやく机の上のテキストに意識を戻した。
「何言いよるん切原。俺三年やで?一、二年の勉強なんて余裕や」
疑いの眼差しを受け流し、毛利は「どれ見せてみい」と言って赤也から英語のテキストを奪う。
さすがに一年生の内容は簡単だったのか、毛利はペラペラと淀みなく解説を始めた。
その様子を見ていたゆめこと仁王は、思いのほかちゃんと手伝おうとしてくれている彼にホッと安堵した。
その間に自分達も勉強を進めようと、二人は問題集を広げる。
中間考査を間近に控えているのはなにも赤也だけのことではないのだ。
仁王は英語の、ゆめこは数学の問題を解いていると、毛利はちらりとゆめこの手元に目を向けた。
すらすらと問題を解いていくゆめこに、「ゆめこちゃんって勉強もできるんかいや」と彼は感心したように言った。
これまで色んな話をしてきた二人だったが、あまり勉強については触れてこなかったので初めて知るゆめこの一面であった。
「そういえば柳先輩が言ってたんですけど、ゆめこ先輩っていつも必ず20位以内に入ってるってほんとっスか?」
「あー、うん。そうだね」
「ええ!ほんまけ!?」
「いえいえ、大したことじゃないですよ」
「大したことあるやろ!」
マンモス校の立海において毎回20位以内に入ることがどれだけすごいことか。
その意味を知っている毛利は驚いた声を上げた。
本当はもっと本気で取り組めばもう少し上位を狙えるのだが、その辺はゆめこもひた隠しにしている。
「今度から俺もゆめこちゃんに勉強教えてもらうわ」
「いやさすがに三年生の内容は無理です!」
ぶんぶんと首を横に振るゆめこ。
毛利は一応自分のテキストや問題集も持ってきていたのか、鞄から何冊か取り出した。
聞く耳持たずな毛利に、英語ならもしかしたらなんとかなるかも?なんて思ったゆめこは、そっと英語の問題集を広げてみた。
「どや?」
「あっ、英語なら全然いけそう・・・って。どうしてこんなに真っ白なんですか?」
全然手が付けられていない問題集をバッと毛利に突き出し、ゆめこはじっとりとした視線を投げかけた。
毛利は「あはは」と苦笑を浮かべている。
その反応に、まさか!と思ったゆめこは他の教科の問題集も広げてみた。
ものの見事に全部真っ白である。
「うわ〜!毛利先輩これ俺よりひどいっスよ」
「もう一人問題児がおったか」
後輩二人に冷ややかな眼差しを向けられ、毛利はううっと肩身を狭くする。
結局その日は日が暮れるまで勉強三昧となった。
(180512/由氣)→84
毛利先輩の学力が未知数!立海に編入できるくらいだから頭悪くはないと思うけど・・・スポーツ枠の可能性もあるし・・・、うーん(笑)