084
(あいつら何しとんねん/白石)
その日、ゆめこは東京にいた。
新宿駅南口の目の前で、人を待っているのかそわそわとした様子で立っている。
「おーい!ゆめこちゃん」
そんなゆめこの姿を見つけて駆け寄って来たのは、制服姿の白石だった。
「白石くん」とゆめこは片手を上げ、笑顔を作る。
「久しぶりやなぁ」
「ほんとだね〜、去年の海原祭以来?」
二人が再会するのは約8ヶ月ぶりであった。
白石は今学校の授業の一環でもある "お笑いツアー" なるものに参加中で、今はその自由時間なのだ。
頻繁に、という訳ではないが相変わらずメッセージのやり取りは続いていたので、今回東京に来ることが決まったタイミングで白石はゆめこに声をかけた。
自分でもよく分からなかったが、このカリキュラムの話を聞いた時真っ先にゆめこの顔が頭に浮かんだのだ。
会いたい。でも平日だし、といろいろ頭を悩ませた白石だったが、聞いてみるとその日は立海の創立記念日で休みだと言うので、彼は一方的に運命を感じていた。
ゆめこも特に予定は無かったので、快くこの誘いを受け入れたのだった。
とは言えあまり時間も無いので、二人は近くのカフェでお茶をすることになった。
東京のことはあまり詳しくないとゆめこが話したところ、彼女よりも詳しくないであろう白石が、事前に近くのカフェを下調べしてきてくれたらしい。
なんという無駄のないエスコートだ、とゆめこは密かに感動した。
カフェまで向かう途中、ゆめこは歩きながらちらりと白石を盗み見る。
身長も伸び、少し大人びた顔付きになったような気がする。久しぶりに会うので、余計にその変化が顕著に感じられた。
相変わらずのイケメンっぷりだな、なんて感想を抱いていると、
「なんやゆめこちゃん、すっかり雰囲気変わってもうて最初声かけるの躊躇ったわ」
と白石に笑いながら言われて、ゆめこは「ええっ!」と声を上げた。
「私、そんなに変わった?変?太った?」
「あっ、いや、そういう意味やなくて。大人っぽくなったっちゅうか」
「え〜、そうかな?」
「ああ、めっちゃ可愛いくなっとって焦ったわ」
真顔でそんなことを言う白石に、ゆめこは一瞬ぽかんと口を開ける。
しかしすぐに「ねぇ、それ褒め過ぎじゃない?」と言うとけらけらと大声で笑い出した。
白石としては本心で言ったつもりなのだが、ゆめこは冗談だと受け取っているらしい。
一通り笑った後、「まぁ、8ヶ月も経ったらちょっとは変わるよね」と言って、ゆめこは自己完結していた。
それから二人はカフェまでやって来た。
平日の、しかもランタイムを過ぎていたため、そこまで混雑しておらずすぐに入店できた。
店内はソファ席があったり、ウッド調の家具が揃っていたりと、お洒落な雰囲気が漂っている。
二人は窓際の四人席テーブルに案内されて、向かい合って腰を下ろした。
各々の注文を済ませると、ゆめこたちは再び会話に花を咲かせる。
「そういえばさ、会った時から気になってたんだけど、白石くんのそれどうしたの?怪我でもしちゃったの?」
包帯でぐるぐる巻きにされた白石の左腕を見て、ゆめこはこてんと首を傾げる。
これまでの仕草で彼が左利きということには気が付いていたので、利き腕を怪我するなんて大変だな、とゆめこは思ったが、先程から見ている限り痛そうにしている素振りも見られなかったのでゆめこは疑問に思っていた。
白石は「あー・・・」と微妙な表情になり、視線を宙に彷徨わせた。この左腕の経緯をどう説明したら良いのか、彼は悩んでしまったのだ。
しかしそんな白石のリアクションを見たゆめこは、「そんなに悪いの?」と深刻なトーンで尋ねた。
日常生活を見る限りでは何ともなさそうだが、もしかしたらテニスをする上では支障があるのかもしれない。ゆめこは最悪のケースを考えて眉を顰めた。
何か勘違いをさせてしまっだろうか?そう思った白石はきょとんと目を丸くした。
が、心配そうに自分を見つめる少女があまりにもかわいらしく、つい悪戯心が芽生えてしまった。
白石はわざとらしく悩ましげな表情を作ると「これな・・・」と口を開いた。
「毒手やねん」
「ど、どくしゅ・・・?」
聞きなれない言葉に、ゆめこはごくりと唾を飲み込む。
どくってあの"毒"のこと?白石くん毒草ばっかり育ててるから?その影響?と、一瞬の内に良からぬ妄想が頭の中に広がり、みるみる内にゆめこの顔が青ざめていく。
自分のくだらない嘘を信じているのだろうか。
ゆめこの反応に白石は思わず笑いそうになったが、「そや、毒手。知らん?」と困ったように問いかけた。
ゆめこはふるふると首を横に振ると、震える声で「知らない・・・」と言った。
白石は徐に立ち上がると、ゆめこの隣までやってきて腰を下ろした。急に近付いてきた白石にゆめこはわずがに体を縮こまらせる。
「この手に触れるとなぁ、」
そう言いながら、ゆっくりとゆめこの頬に向かって左手を伸ばす。そして耳元に顔を近付け「・・・死んでまうねん」と囁くと、ゆめこは「ひっ」と小さく悲鳴を上げて肩を揺らした。
自分を見つめたまま目を見開き固まってしまったゆめこに、ついに白石の限界が訪れる。
「ブッ」と吹き出すと、
「あかんわ、ゆめこちゃん。こんな嘘信じるなんて」
と白石はけらけらと笑い出した。
ゆめこはぽかんと口を開けてそんな白石の様子を見ていてが、からかわれたと気付いたのだろう、みるみる顔を赤くさせていった。
「ひどい」
「ははっ、堪忍な」
「白石くんがこんなに意地悪な人だったなんて」
今まで白石に対して良い人、常識人、模範生なんて勝手な印象を持っていたゆめこは、まさか彼がこんな悪戯をするとは夢にも思わなかったのだ。
例えば相手があの仁王なら、もしかしたら彼女は「またー、嘘ばっかり」と軽くあしらっていたかもしれない。
ぷくーっと頬っぺたを膨らませて、ゆめこは「もう」と抗議する。
白く柔らかな頬は丸く形を変え、ぽってりとした唇がきゅっと中心に寄せられており、怒っているのだろうが白石にはその顔がとてもかわいく見えた。
口では「許してや」と言っているが、ニヤニヤが止まらない。
「ほら、大丈夫やろ?」
ツンと左手の人差し指でゆめこの膨れた頬っぺたをつつくと、彼女はこくりと小さく頷いた。
白石は再び立ち上がると、元いた向かい側の席に腰を下ろし、真正面からもう一度ゆめこの顔を見た。
「ゆめこちゃんが怒ってるとこ、初めて見たわ」
「・・・白石くんのせいだもん」
「ははっ、せやな」
まったく悪びれる様子の無い白石に、ゆめこははぁと溜め息を吐いた。まぁ、あんな嘘に騙される自分も悪いけど。そう思いながら、「白石くんのイメージ変わったよ」とゆめこは告げた。
「嫌わんといてな」なんてにこにこしてる白石は今までで一番生き生きとした顔をしていた。
騙されたことで不機嫌になっていたゆめこも、そんな白石を見ていたら「まぁいいか」と思い始めて、次第に可笑しくなってきたのか、最終的には二人で笑い合っていた。
それから二人はしばらくたわいもない話を続けた。
いくらメッセージのやり取りをしているとは言え、直接顔を見合わせたことで浮かぶ話題も多く話が尽きなかったのだ。
一通りお互いの近況報告が済んだ後、ゆめこは「そういえばさ」と言って話を切り出した。
「白石くんって彼女いるんだっけ?」
「おらんよ」
「えっ、そうなの?」
「そないに驚くことか?」
「だって白石くんモテそうだし」
「まー、今は部活が忙しいからな」
モテそう、という部分は否定しないのか。
なんて思いながら、ゆめこは「そうなんだ」と相槌を打つ。
そして二年生に進級したばかりの頃、彼がテニス部の部長になったと言っていたことを思い出した。
「部長になったんだっけ。すごいよね〜」
「すごいことあれへんよ。毎日悪戦苦闘しとるわ」
と、白石は眉尻を下げて笑う。
「そうなの?」
「新入部員が入ってきたんやけど、これがまた・・・」
「なに?問題児なの?」
「いや、そういう訳ちゃうけど」
そう言って白石は口をまごつかせると、「まぁ、部長っちゅうのも大変やな」と、笑顔を作った。
ゆめこはそんな白石をじっと黙って見つめていた。
真面目な彼のことだ。
きっと悩みも尽きないのだろう。
話を聞いたところで私には何もしてあげられないな。
そう思ったゆめこは、
「でも白石くんって誠実だし、人をまとめる力がありそうだよね。私には絶対に無理だから、ほんと尊敬するよ」
とだけ伝えた。
ゆめこにとったら毎日部活に励んでいること自体がすごいことなので、その上二年で部長も務めている白石はもはや違う次元の人だった。
真っ直ぐな瞳でそんなことを言うゆめこに、白石は少し気が抜けたように眉を開いた。
深く追求してこないところがなんともゆめこらしいと思ったのだ。
白石はふっと頬を緩めると、「ゆめこちゃんは?」と聞き返した。
てっきり部活の話題だと思ったのか「帰宅部だよ」と答えるゆめこに白石は小さく首を横に振る。
「ちゃうくて、彼氏おらんの?」
「あ、そっち?うん、いないよ」
と、ゆめこはあっさりとした口調で答える。
それを聞いて、白石はホッと胸を撫で下ろした。
どうしてこんな気持ちになるのかはうまく説明できないが、ゆめこに彼氏がいないことが白石にとっては嬉しく感じられたのだ。
かと言って自分がゆめこの彼氏になりたいのかと問われると、それはそれで疑問である。
たしかに以前からゆめこに好感を持っていたのは事実だが、それが恋愛感情かどうかはいまいち判断できないところであった。
遠距離のため会える回数も少ないし、いつもゆめこのことばかり考えているかというとそういう訳でもない。
しかしいざこうして顔を合わせると、彼女のことをもっと知りたいという欲が出てくる。
この感情は一体何なのか。
そんなことを白石が一人悶々と考えていると、
「ていうかさ、彼氏ってどうやって作るの?」
なんてゆめこが真顔で聞いてきて、白石はその純真無垢さに思わずくすりと笑ってしまった。
「まぁ、無理して作るもんちゃうやろな」
「そうだよね」
「好きな人がおるなら別やけど」
「好きな人、かぁ」
そう呟いて、ゆめこはとぼんやりと視線を宙に彷徨わせる。
少し前に仁王くんともこんな話したっけ。
と以前彼とした会話の内容を思い出していると、「おるん?好きな人」と白石に問われ、ゆめこはパッと視線を戻した。
前みたいに「いないよ」と、そう答えるつもりだったのに、
「どうだろうね〜」
ゆめこの口をついて出たのは、そんな曖昧な返事だった。
白石は目をぱちくりさせてゆめこを見る。
その反応は "います" と言っているようなもんだ、と白石は思った。
先程は彼氏がいないと聞いて嬉しい気持ちになったが、今度は一転して、胸に靄がかかったように息苦しくなる。
もし、もっとそばに居れたなら、彼女の目線の先にいる人物が誰なのか分かったかもしれない。
そう思うと、大阪と神奈川と言う距離がどうしようもなく鬱陶しく感じられた。
もう少し詳しく聞いてみるべきか。
そう思って口を開きかけたところで、テーブルに置いていたゆめこのスマホが立て続けに震えた。
「電話?」
「ううん、ちょっとね。グループメッセージがすごいことになってて」
ゆめこはスマホを開きながら呆れたような笑顔を浮かべた。
立海生にとって今日はオフなので、ゆめことゆめみ以外のいつもの7人は遊園地に行っているのだ。
もちろんゆめこも声を掛けられていたのだが
「あ、ごめん。その日白石くんと約束してるだ〜」
彼女はそう断った。
しん、と微妙な空気が流れたのは言うまでもない。
まったく気付いていないゆめこだけが「遊園地楽しんできね」などと呑気に声を掛けたのだった。
ちなみにゆめみも今日は青学の不二と約束をしている。
そのため7人は半ばヤケクソなのか、嫌がらせなのか、わざわざ9人のグループメッセージに朝から立て続けに遊園地での写真を送り続けていた。
「次はこれに乗る」だの「ランチが美味しかった」だの、ゆめことゆめみは何も聞いていないのにリアルタイムで一方的に連絡が来るのだ。
ゆめこがその旨を説明すると、白石は「仲ええなぁ」と苦笑を浮かべた。
わざわざ大阪までやって来て応援するくらいだから、テニス部とはそれなりに付き合いがあることは予想していたが。幼馴染だと言っていた柳以外とも深い交流があるのだとまざまざと見せつけられた気分になり、白石はゆめこと同じ学校である彼らを"羨ましい"と思った。
制服姿で授業を受けているゆめこ。
友達と笑いながらお弁当を食べるゆめこ。
いろんなゆめこを想像してみては、四天宝寺に通う自分は絶対に見れない姿だと彼は現状を憂いた。
はぁ、とゆめこに気付かれないように小さくため息を吐いたところで、「ねねっ、ところでさ」とゆめこが話始め、白石は慌てて顔を上げた。
「あの人達って白石くんの知り合いだったりする?」
そう聞いてきたゆめこの視線は窓の外に向けられていた。
窓に背を向けるようにして座っていた白石は、クエスチョンマークを浮かべたままくるりと振り返る。
するとそこには、四天宝寺テニス部の二年生メンバーが居て、彼らはこそこそと隠れながらこちらの様子を窺っていた。
白石が女の子と密会の約束をしていると嗅ぎつけて、彼らは居ても立ってもいられず後をつけて来ていたのだ。
「あいつら何しとんねん・・・」
これには白石も呆れ顔になる。
その反応に、ゆめこは「やっぱり知り合いなんだ」と言ってけらけらと笑った。
「あっ、よく見ると謙也くんもいるね」
「ほんと困った連中やな」
覗きなんて悪趣味にも程があるやろ。なんて思いながら、白石は窓の外の仲間達を睨みつける。
バレた!と言わんばかりにわたわたしている彼らを、白石が険しい顔で見ていると、
「白石くんってば愛されてるね〜」
とゆめこに声を掛けられ、白石は視線を彼女に戻した。
ゆめこはにこにこと笑っていた。
その顔を見たら次第に肩の力が抜けていき、白石は「はぁ」と大きく息を漏らした。
大人っぽくなったと感じていた彼女の顔も、こうして笑っているとやはり幼さが感じられる。
心が浄化され、ずっと見ていたくなるような笑顔だと白石は思った。
「ほんまゆめこちゃんには敵わんわ」
と白石は困ったように呟いた。
(180513/由氣)→86
白石ほんとイケメン