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(海の上を歩いてるみたい/柳•仁王)
6月3日。第1日曜日。
柳の14歳の誕生日イブに、柳、ゆめみ、ゆめこの3人は駅へと続く道を歩いていた。
小学生の頃からそれぞれの誕生日には3人集まって誕生会をしていたので、その流れで今年も遊びに行くことになったのだ。
「今年はゆめこも一緒に来れて良かったね」
ゆめこと柳に挟まれたゆめみが嬉しそうにそう言う。ちなみにこの発言は本日既に3回目だ。
昨年の柳の誕生日にゆめこが来れなかったことをゆめみはとても残念に思っており、1か月以上前から「ゆめこ、来れるよね?」と確認されていた。
そうでなければ、ゆめこは今年も欠席するつもりでいたのだ。柳のゆめみへの想いを痛いほど知っているゆめこは、誕生日くらい2人きりにしてあげたいと思っていた。
ゆめこはにこにこと「そうだねー」と言いながら、どうやって抜け出そうかと考えを巡らせる。
素直なゆめみのことだから、何と言っても疑われはしないだろうが、上手い理由を考えないと、ゆめみを悲しませることになる。ゆめみは3人で遊べることを心から楽しみにしていた。
ゆめこが柳をチラリと見ると、全てお見通しのようで軽く首を振って「無理はしなくていい」という動作をする。
「どこいこっかー?」
「とりあえずみなとみらい?」
「いいね!」
浜っ子なゆめみとゆめこにとって、みなとみらいは手頃なお出かけスポットだ。
みなとみらいであれしようこれしようと話していると、前を歩く後ろ姿に、銀髪を見つけた。独特の歩き方に、ゆめことゆめみはすぐに確信する。
「仁王くん?」
この辺で銀髪の中学生は彼ぐらいのものだろう。ゆめみとゆめこが息ピッタリで声をかけると、仁王は少し驚いたように振り返った。
「プリッ」
挨拶なのだろう。その後柳の姿を確認すると「お揃いでお出かけか?」と聞いてくる。
「ああ」
「仲の良いことじゃき」
3人で歩く姿はまるで兄妹だな、と思った仁王は「まぁ、楽しみんしゃい」とヒラヒラと手を振ってまた歩き出す。
「ちょっと待って。仁王くん、みなとみらいとか行ったことないでしょ?」
歩き出した仁王だったが、ゆめこに手を掴まれて、すぐに立ち止まることとなった。ゆめこの口元は良い獲物を見つけたと言わんばかりに綺麗な弧を描いていた。
「えー、あそこに見えますのが帆船日本丸でございまーす」
ゆめこがまるでバスガイドのように綺麗めな声で案内をする。視線の先には半笑いの仁王。短く「ほぅ」とだけ言った。
「昭和5年建造、かつて『太平洋の白鳥』と呼ばれ、船員を養成する練習帆船として活躍した」
「中も見学出来るんだよ、けっこう勉強になる」
柳とゆめみも仁王に説明を入れる。仁王は「へぇ」と短く頷いた。
初夏のみなとみらい。
横浜ランドマークタワーを通り過ぎて、気がつけば幼馴染3人組に囲まれていることに気がついて、仁王はどうしてこうなったと思う。
ゆめこは仁王がいれば途中で抜け出すいい口実になると閃き「仁王くんにみなとみらいを案内をしてあげよう」と提案したのだった。
横浜を愛するゆめみは、みなとみらいに行ったことが無いと言った仁王に驚き、すぐに賛成したのだった。
「付き合わせてしまったようですまないな」
海を渡る遊歩道、汽車道を歩きながら、柳が仁王にそう言った。
遊歩道は海の上をまっすぐに伸びており、右も左も海に囲まれている。朝の柔らかな光が水面に反射して綺麗だ。
「うわぁ、風が気持ちいい」
「海綺麗、どこまでも歩けそう」
ゆめことゆめみが嬉しそうにそう言った。
クールな表情をしていた仁王だが、海を見ながらきゃいきゃいとはしゃぐゆめこを見て、フッと笑いが漏れる。
全く予定外のことではあるが、想いを寄せている女の子とこうして休日を過ごせているのだ。嬉しくない訳がない。
「ペテン師もそんな顔で笑うんだな」
「いいデータが取れた」と柳に言われ、仁王はわざと口をへの字にするが、すぐにこのデータマン相手では意味がないと思い直して、ふぅと息を吐いた。
「まぁな」
素直な仁王に、柳は意外そうな顔をする。
仁王は「お前さん、どこまで」と言いかけたが、その続きは飲み込んだ。
ゆめみが後ろから柳にくっついて来たのだ。いつの間に回り込んだのか。楽しそうに笑う。
「ねぇねぇ蓮二、肩車して」
「お前な」
「スカートをはいているだろう」と淡々と断る柳に、仁王は「問題はそこじゃないじゃろ」と突っ込みを入れる。珍しい仁王の突っ込みに、ゆめこはあははと笑った。
ゆめみは「どうしてもダメ?」と言って、柳は仕方がないなとゆめみをおんぶした。ゆめみはやったーと無邪気に笑う。
「海の上を歩いてるみたい」
瞳をキラキラさせるゆめみに、柳は「ここは海の上だぞ、みたいではない」と言い、突然走り出す。「すごーい」「はやーい」と大喜びのゆめみ。柳も楽しそうに顔いっぱいで笑っている。
「人のこと言えんじゃろ」
キャラ崩壊してるのはお前さんの方だ。
完全にただのバカップルのような2人に、仁王は正直驚いた。ゆめみと柳が仲が良いことは知っていたが、ここまでだとは思わなかったのだ。
ゆめみと柳を見て、ニヤニヤと面白そうにしているゆめこ。それを見た仁王は「おぶってやるぜよ」と声をかけてみたが、ゆめこは冗談だと思ったらしくふふふと笑っただけだった。
4人は赤レンガ倉庫へとやってきた。ここはお店がたくさん入っているが、周りの広々した公園も素敵で、カフェでコーヒーをテイクアウトして、のんびりと散歩をした。
少し歩いてお腹を空かせた後、オーガニック食材を使った料理が自慢のビュフェに入った。ゆめみもゆめこもここのビュッフェが大好きだ。
店内は暖かみのある木のテーブルとイスで統一され、オシャレな感じである。
日曜日ではあるが、少し早い時間帯だったため、すんなり座ることが出来た。
「そうそう、それでゆめこが記憶力が試される最後の問題を即答して、時間内にクリア出来たんだよ」
「あれはなかなかスリルがあった」
「ゆめみもパズル系が得意だよね」
美味しい食事に話も弾む。今は3人の思い出話を仁王にしていた。小学生の頃、一時期『リアル謎解きゲーム』にハマって、神奈川周辺のイベントを全てクリアしたとかしないとか。
今さらではあるが、3人とも頭が良いのだ。柳は学年主席と言うまでもなく、ゆめこは記憶力がずば抜けているし、ゆめみも頭の回転が速く勉強家だ。
この3人が組めば大抵の謎解きゲームは当然のように解けるだろう、と仁王は思った。
昔話から家族の話になり、仁王にも姉がいると知ったゆめみは「蓮二と一緒だね」と言った。仁王と柳、全く共通点が無さそうに見えて、姉がいることだけは同じなのだ。
「蓮二は一風ちゃんの言うことなんでも聞いちゃうよね」
「幼い頃から姉の言うことは絶対と言われ、理不尽なことばかり命令されていたな」
しみじみと言う柳に、仁王も「うちも同じようなものじゃ」と思い出すように言った。
そうして、ご飯を食べ終わり、代わる代わるデザートを取りに行って戻ってくると、ゆめみが「当たってた」と嬉しそうな声を出した。
先ほどのコーヒーショップでもらったスクラッチだ。ゆめみが代表でもらっていた。硬貨でこすって見えた場所には『あたり』の文字が見える。
ゆめみは「ちょっと取り替えてくるね」と席を立った。柳がついて行こうか?と声をかけたが「すぐだから大丈夫、主役は座ってて」とふんわりと笑う。
そして、柳、仁王、ゆめこの3人になる。
3人で話すことと言えば1つだ。
「で、上手くいっとるんか?」
仁王は興味深そうにそう聞いた。
柳はいつもの表情のまま「否」といい、少し間を空けた後。
「相談に乗ってくれるか?」
と少し深刻に切り出した。
仁王は思い出していた。昨年の8月、ペンションで始めて柳の気持ちを聞いた時のことを。あの時はゆめみが自分を好きになる可能性は0%と言い、告白するつもりは無いと言い切っていた。
柳にどんな変化があったのか。
柳はここ数ヶ月で起こったゆめみとの出来事、つまりは髪を切って男だと意識されたと思ったが勘違いであったこと、今は完全にただの幼馴染の関係に戻ってしまったことを淡々と説明した。
「今も可能性が無い現実を受け入れてはいるつもりだ、しかし」
柳は悩むそぶりを見せる。どんなことも即答できる頭脳を持つ柳のそんな姿は珍しく、仁王もゆめこも柳は本気でゆめみが好きなんだな、と再確認する。
「可能性が無いって何?」
ゆめこが柳をまっすぐに見てそう言った。ゆめこはペンションでの話に参加しておらず、柳がこうしてゆめみのことを改めて相談するのを聞いたのも初めてだったのだ。
柳は寂しそうに、でも小さく笑って「ゆめみが俺を好きになる可能性は無い」と言った。
仁王は柳の傷付いた顔に、ズキッと胸が痛む。何度聞いても耳心地のいい言葉では無い。
しかし、ゆめこの表情は2人とは違った。不思議そうに首を傾げたのだ。
「そんなことないんじゃない?」
1年前のペンションで、誰も言えなかった言葉を、ゆめこはさらりと言ってのける。
「しかしゆめみの好きになるタイプはいつも」
「データでは」
「このようなケースの場合は」
柳は今まで何度も自分の中で繰り返して来た『ゆめみが自分を好きにならない理由』を口にした。
要するにゆめみの男のタイプは自分では無い、趣味も合わない、等の話だ。
仁王には説得力があるように思えたが、ゆめこにはどれも響かなかったようで、ついには「それって小説とかドラマでのゆめみの好みの話でしょ?」と言って柳の言葉を止めると
「好きになるのに理由なんかいらない」
と言い切った。いったいどこからその自信が来るのかと不思議に思う仁王だったが、ゆめこが「って漫画に書いてあった」とドヤ顔で続けたので納得する。
ゆめこは最近少女漫画で恋愛を勉強し始めたのだ。
柳は1分弱フリーズして固まって後「そうか?」と言った。その瞳は揺れていたが、ゆめこの言葉によってなんらかの考えが変わったことは明白だった。
1年前のペンションでは、誰がなんと言っても自分の考えを曲げなかった柳がである。
仁王は幼馴染の力と言うのはすごいな、と少し感心した。
「大体、蓮二は好きになってもらう努力全くしてないじゃん」
ここからゆめこは少しお説教モードに入る。
「ゆめみのこと可愛いって言ったことある?」
「否」
「特別なプレゼントをしたことは?」
「否」
「好きだとほのめかしたことは?」
「ない、な」
ゆめこは、はぁとおもむろにため息を吐いた。責められるよりもグサリと来るな、と柳は思った。全て図星だった。
柳は言い訳のように、今まではゆめみに自分の気持ちに気付かれるのが怖いと思っていた、と話出す。気付かれたゆめみに避けられて、今のこの心地よい関係が崩れてしまうことを恐れていた、と。
「最近はゆめみが他の男と付き合ってしまうことの方が怖い」
小学生の頃は、ゆめみに彼氏が出来ることなど想像も出来なかった。しかし、今は違う。
タイミングさえあれば。
「ゆめみの場合、意外と頑固だから好きじゃない人と付き合うとか絶対無さそうだけど」
「それはそうだな」
「一途だからなぁ、一回付き合ったら別れないで結婚とかしちゃいそうだし」
「やはりそう考えるか」
「あ、仁王くんはどう思う?」
話を振られた仁王は「そうじゃのう」と言った後、口を開く。
「ゆめだの性格はよく知らんが、全くの脈無しには見えんかった」
仁王はニッと笑った。
「まずはその幼馴染から抜け出すことじゃ、ロマンティックな雰囲気を演出するのはどうかの?」
柳は「なるほど」と納得した後、困り顔をして「そういうのが一番不得手なのだが」と付け加えた。仁王はくくと笑う。
「がんばりんしゃい、お前さんの恋敵はナチュラルにそういうことが出来そうナリ」
仁王の言葉にゆめこは「うんうん、なんか天然っぽいもんね」と同意する。仁王は幸村、ゆめこは手塚を想定しているため、話が少しズレている。仁王は少し疑問に思うが、突っ込まずに立ち上がった。
そして、2人分のランチ代を机の上に置くと「誕生日プレゼントじゃ」と笑って、歩き出そうとする。ゆめこはきょとんとしていたが、仁王に「お邪魔虫は退散するぜよ」と言われて、そのランチ代が仁王と自分の分であることを理解して、慌てて立ち上がった。
「すまないな」
「ダブルスを組んだよしみじゃ、気にせんでええ」
「私達は仁王くんの強い要望でカップヌードルミュージアムにでも行ったことにしておいて」
「なんじゃそれは」「え、知らないの?」と会話しながら立ち去る2人に、柳はなかなかお似合いじゃないかと思う。
2人が出て行ってすぐ、ゆめみが笑顔で戻って来た。
柳とゆめみは海沿いの道を歩きながら、横浜コスモワールドへと向かっていた。
カフェで当たった賞品が『観覧車のペアチケット』だったためだ。
ゆめこと仁王がカップヌードルミュージアムに行ったことを伝えると、ゆめみは意外にも一緒に行きたかったとは言わなかった。
「仁王くん、ゆめこがいなかったら絶対一緒に来なかったよね」
と発言したため、どうやらゆめみもぼんやりと仁王がゆめこに気があることに気づいているようだ。
2人のことを考えているのか、ふふと小さく笑ったゆめみに、少し大人びたなと感じる。
他人の恋心に気付けるようになったのだ、自分の恋心に気がつくのも時間の問題だろう。
ゆめみは抑えめにスキップをしながら、踊るように柳の前を歩く。その動作は魅惑的で、色っぽさすら感じる。
柳はふと1年前の自分の誕生日を思い出した。
『私恋なんかしない』
まだ小学生の面影を強く残したゆめみはそう言った。今同じ問いをしたらなんと答えるだろうか。
「ゆめみ」
ゆめみは呼ばれると「ん?」と振り返る。そのピンクの唇で「なぁに、蓮二?」と言われ、柳は話せなくなった。
怖いのだ。今聞いたら、当たり前のように「恋をしているよ」と答えられそうで。
「なんでもない」
ゆめみは不思議そうな顔をした後、柳の隣へと帰ってきた。
「蓮二」
「なんだ?」
「なんでもないよ」
そう言ってくすくすと笑うゆめみ。完全にそういう遊びだと思ったようだ。
ゆめみが面白そうにしているので、柳も数回名前を呼んで「なんでもない」と答える遊びを繰り返した。
側から見たらただのアホである。
そうして、海沿いの綺麗な道を歩いて行くと、すぐに横浜コスモワールドに到着した。みなとみらいのランドマークである大観覧車がゆっくりと回っている。
「わぁ、綺麗だね」
さっそく観覧車に乗り込むと、ゆめみはガラスに顔をくっつけて、外を見下ろす。
海が、見知った横浜が小さく見えて、ゆめみはここに行ったことがあるね、あそこにも行ったことあるねと楽しそうにおしゃべりをする。
柳はああ、そうだな、と同意して、その度にゆめみとの思い出を思い浮かべた。
出会って3年が経った。
出会ってすぐに惹かれて好きになった、だから片想い期間も3年ということになるな。
自分を全く見ずに外ばかり見ているゆめみに、ふと諦めてしまおうかと思った。
頑張ろうかとも思ったが、手を尽くした後に、こんなに好きな人に振られたら、立ち直れそうにない。
それならばいっそ、このまま。
「蓮二」
ゆめみが窓から顔を離して柳を見る。ふとまたなんでもないよの遊びだろうなと思った。
「なんだ?」
ゆめみはにっこりと笑って、隣に座ってくる。そして、ないしょ話をするように、耳に手を当てて囁いた。
「お誕生日おめでとう」
ドキッと心臓が跳ねる。
思わずゆめみの瞳を覗き込んだ。まっすぐに自分を見つめている。
好きだ。
心が悲鳴をあげた。
柳蓮二、本当にそれでいいのか?このまま誰かにとられてしまって、後悔しないのか?
答えは否だ。
考えるまでもない。
柳は苦しい表情を浮かべて、俯いた。
「蓮二?」ゆめみは心配そうに顔を覗き込もうとする。
ふぅ、と息を吐いて、柳は平然を保とうとした。
しかし、顔を上げるとすぐ近くにゆめみの顔があり、ひどく動揺した。
「ゆめみ、俺が好きか?」
柳はそんなことを口走る。
答えは分かりきっているのに。
ゆめみはにっこりと笑った。極上の笑顔で。
「もちろん、大好きよ蓮二」
柳はため息を吐いた。しかし、その表情には笑顔が戻っていた。
(180519/小牧)→85
いつか赤面させてやろう