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(たまらんサーブだ!/手塚•三強)

「ねぇ、それストロー逆じゃない?」

6月の第4日曜日。
ゆめみとゆめこは原宿に遊びに来ていた。パンケーキを目の前に、ゆめこがそう突っ込むと、ゆめみはえ?と不思議そうな顔をする。

「ストロー、上下間違ってるよ」

ゆめこが再度同じことを言うと、ゆめみは「ほんとだ」と今気が付いたように正しい位置に戻す。
そうしたかと思うと、今度はパンケーキを食べるのに、スプーンを持ち出す始末だ。明らかに何かに気を取られている。
長い付き合いゆめこはピンと来た。

「あ、手塚くん」

ゆめこの言葉に、ゆめみがガシャンとスプーンを落とした。慌ててキョロキョロと辺りを見渡す。そして、いないことを確認すると、その大きな瞳でゆめこを見て「びっくりした」と言った。驚くほどわかりやすい。

「なんか隠し事してるでしょ?」

ゆめこがそう言うと、ゆめみはしょんぼりして「隠し事ってほどの話じゃないんだけど」と歯切れの悪い回答をする。そして少し悩んだ末に小さい声で「あのね」と切り出す。

「今日都大会があってね」
「うん」

ゆめみは顔を赤く染めて「国光くんの試合、見て見たいなって思って」と消え入りそうな声で言った。
その表情は完全に恋する乙女で、ゆめこは漫画でもこんなシーンあったわと思う。

「観に行けばいいじゃん」

ゆめこはそう切り出しながら、デジャヴだなと思う。昨年の秋、青学の学園祭に行った時もこんな話をした。

ゆめみは長めの髪をくるくると指に巻き付けながら、「でも恥ずかしいし」と言った。
たまに驚くほどの行動力を見せることもあるのに、普段は消極的だ。
ゴールデンウィークに手塚と連絡先を交換したと嬉しそうに話していたが、ゆめこの知る限り一回も連絡を取り合っていない。いつも送る直前で「やっぱりやめた」と作成した文章を消してしまうのだ。

『手塚くんが好きなの?』

ゆめこは聞きたくても聞けないでいた。というのも、ゆめこはもう1人の幼馴染である柳にも頑張って欲しいと思う気持ちがあるからだった。
もし自分が好きなのか聞いたことで、ゆめみがその気持ちに気付いてしまったら、それはなんだかフェアじゃない気がするのだ。

「あ、でも会場近くみたい」

悩んだ末に、ゆめみはスマホ画面を見てそう言った。まさかついに手塚と連絡を?とゆめこが画面を覗き込むと、送り主の名前は不二周助だった。

「一緒に行ってくれる?」

最終的にそう言ったゆめみに、ゆめこはにやにやと笑って頷いた。


パンケーキを楽しんだ後、2人は会場である総合運動公園へと向かった。
到着して総合案内を見ると、すでに青学対氷帝の決勝が始まっていた。
1番コートと書いてあったが、地図を確認するまでも無い。

『氷帝!氷帝!氷帝!氷帝!』

耳が痛くなるような氷帝コールが鳴り響いている。
ゆめみとゆめこは青学ベンチでも氷帝ベンチでも無い、少し遠くの端から立って見ることにした。ゆめこは「もっと近付かないと見えなくない?」と言ったのだが、ゆめみが頑なに「ここがいいの」と言ったのだった。
確かにここならば気付かれる可能性は低そうだ。

スコアボードのダブルスの結果は一勝一敗で引分け。しかし、現在進行中のシングルス3が3−5と青学劣勢だ。

「手塚くん、これから出るの?」

ゆめこが聞くと、ゆめみは「たぶん、シングルスだと思うんだよね」と自信なさげに答えた。
今試合している人は先輩のようだし、これからなのだろう。

「氷帝!氷帝!氷帝!」

今まで以上の氷帝コールが鳴り響き、コートを見る。最後のゲームを取られてしまい、試合が終了していた。

これで1−2と青学は後が無い。
次はシングルス2。

「あっ」

青学ベンチから、1人の少年が立ち上がった。ゆめみの表情に笑顔が広がる。両手を顔の前で合わせて「ゆめこ、見て」と言った。
その瞳はキラキラと輝いていて、本当に嬉しそうだとゆめこは思った。

「国光くん、これから試合みたい」
「良かったね」
「ゆめこ、見てる?」
「見てる見てる」

ゆめみのあまりにも真剣な瞳に、ゆめこはくすくすと笑ってしまう。
手塚が立ち上がっただけで、あんなに鳴り響いていた氷帝コールが止んだ。空気が変わる。
手塚の全身からオーラのようなものが出ているとゆめみは思った。

「すごい、すごいね、ゆめこ」

大はしゃぎのゆめみ。その目には涙が浮かんでいる。立っただけでこの騒ぎだ、手塚が勝ったりしたらどうなってしまうのだろう。

『サービストゥプレイ、手塚』

手塚の試合が始まる。とその時、ゆめこは気が付いた。
ゆめみの後ろにいつのまにか柳がいることに。

柳は口に人差し指を立てて、しーっという動作をしている。おそらくゆめみを驚かせようとしているのだろう。
その後ろには真田と幸村が、可笑しそうにそれを見ていた。

あれ?部活は?と思うが、すぐに日曜日は練習試合の日で午前のみであることを思い出す。3人ともジャージを着ているため、練習終わりにそのまま来たのだろう。
大会の日程が異なるのだから、データ収集のために柳がこの大会にくることは容易に想像出来た。

しかし、なぜこのタイミング。

ゆめみは全く気付く様子もなく、手塚だけを食い入るように見ている。

手塚がサーブを打った。サービスコートのライン上に、ボールが吸い込まれるように飛んでいく。芸術的なボールコントロールに観客は皆息を飲む。

「かっこいい」

ゆめみはため息混じりにうっとりとそう言った。柳が後ろからゆめみに触れようとした瞬間だった。

空気が凍るのをゆめこは感じた。もうどうとでもなれ。

柳と幸村は硬直したまま動けなくなった。しかし真田だけは違った。

「たまらんサーブだ!また腕を上げたようだな手塚!」

と大きな声で言ったのだ。
ゆめみはその声に振り返って、3人を確認する。そして「うわぁ、びっくりした」と嬉しそうに笑った。

「練習お疲れ様、敵情視察?」
「まあな!我ら王者立海、奢れも油断も無い!」
「さすがだね」

ゆめみは真田と一通りそう言って会話をすると、またコートへと視線を移す。
その瞳は潤んでいて、手塚のプレイに感動しているのが伝わってくる。

「国光くんのテニスはやっぱり海みたい、すごいなぁ」

手塚への憧れを全く隠す様子の無いゆめみに、ゆめこは柳が不憫に思えて試合に集中出来なかった。その柳の隣では幸村がそれ以上の衝撃を受けていた。その表情を見て、ゆめこは初めて幸村の気持ちに気付く。

鈍感な真田だけがゆめみと一緒になって「さすがは見る目があるな、ゆめみは」とご満悦気味だ。おそらく純粋にテニスの技量を褒めていると思っているのだろう。

試合は手塚の圧勝で終わったが、シングルス1で青学は負け、2−3で氷帝の優勝となった。しかし上位5校まで関東に進めるため、青学は関東大会で立海と対戦する可能性がある。

「上がってくると思うかい?青学」
「いやまだまだ選手層が薄い、どちらかと言えば氷帝の方が厄介だ」
「ふん!いずれにせよ捻り潰してやるわ!」

幸村、真田、柳、ゆめみとゆめこの5人は最後まで見届けると、表彰式は見ずに帰路に着いた。

会場から最寄駅まで歩く。
ゆめみは機嫌良くスキップしながら前を歩いていた。青学が負けたことよりも、手塚の試合が見れたことが嬉しかったのだ。
その隣をゆめこが歩き、後ろを幸村、柳、真田が歩いている。

「ゆめみ」

信号で止まった時、幸村がゆめみの名前を呼んだ。
ゆめみはゆっくりと振り返る。

ゆめみは振り返って驚いた。幸村の瞳が怖いくらいに真剣だったからだ。柳もなぜか厳しい顔をしている。

「手塚と知り合いなのかい?」

ゆめみもつられてピリッとした表情に変わる。
幸村の問いに「うん」と頷いた。

「関東、全国でもし俺達と手塚が試合することになったら」

信号が赤から青に変わる。誰も動き出せなかった。

「ゆめみは彼を応援するのかい?」

幸村の厳しい表情の裏に、不安のようなものが見えた。
ゆめみはそっと幸村に近付く。

「そんな訳ないでしょ」

そして、微笑んだ。

「立海2連覇を見届けること、それが私の唯一の願い」

幸村の表情がすぐに柔らかいものへと変わった。

「そうか」
「それに国光くんは」

応援するのもおこがましい、とゆめみは思った。しかし言葉には出さずに「早く全国大会を観に行きたいな」と笑う。

「まだ関東大会を通過していないよ」
「でも負ける気は無いでしょう?」

「もちろん」
「無論だ!」
「愚問だな」

自信たっぷりに言う3人に、ゆめみとゆめこは顔を見合わせて笑った。
笑うゆめみを見て、幸村と柳の表情も和らいだが、その瞳には憂いがありありと映っていた。





(180522/小牧)→89

キミのそんな顔を初めて見たよ




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