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(うっぜ!リア充爆発しろ/毛利)

「はぁ〜、なんかどっと疲れた」

そう言って体育館の隅に座り込んだのはゆめこだった。
7月初旬。今日は球技大会の日だ。
去年は卓球にエントリーしたゆめこだったが、今年はバレーボールに参加していた。
ちなみに彼女の本意ではない。
大きいボールは突き指がこわいという理由で、ゆめこは今年も卓球にエントリーする気満々だったが、あいにく希望者が多く、じゃんけんで負けた結果強制的にバレーボールへの参加が決まったのだ。

とは言えゆめこのチームは二回戦目にして既に敗退してしまったので、それももう関係ない。
J組の男子チームは順調に勝ち進んでいるようで、女子たちは負けるやいなやきゃぴきゃぴと浮き立って応援に行ってしまった。

元気だなぁ〜、とゆめこは座ったまま彼女達の背中を見送る。
帰宅部で、趣味は寝ること・食べること。なんて言ってるゆめこは、たった二試合でも十分疲労を感じていた。
運動不足も考え物だな。と思いながらしばらく休んでいると、実行委員の人に早く出ていくよう注意されてしまった。
すぐに次の試合が始まるらしい。
「すみません」と軽く頭を下げて、ゆめこはいそいそとその場から退散した。
行く当ても無いまま第二体育館を出で、ゆめこは立ち止まる。

ゆめみかあっちゃんのところにでも行こうかな。
そう思って再び足を動かしたところで、ガラリと向かいの扉が開いた。
第二体育館と第一体育館は隣接しており、それぞれ建物の横にはいくつかの扉がある。
そこから誰か出てきたのだろう。と、ゆめこが目を向けると、出てきたのは彼女がよく知る人物だった。

「「あっ」」

同じタイミングで相手もゆめこの存在に気付いたのか、二人の声が重なった。

「ちょうどよかった!ゆめこちゃんのこと探しに行こ思ててん」
「えっ、そうなんですか?」

第一体育館から出てきたのは毛利だった。
そういえば毛利先輩はバスケに出るって言ってたっけ。と、ゆめこは先日のメッセージでのやり取りを思い出す。
毛利もゆめこがバレーにエントリーしていることを覚えていたので、これから第二体育館を覗きに行くつもりだったのだ。
それを聞いたゆめこは「残念ながらうちのクラスは負けてしまいました」と告げた。

「そうなん?ゆめこちゃんがバレーしてるとこ見たかったわ〜」
「恥ずかしいので勘弁して下さい」
「まぁでも負けてもーたならしゃあないか。これからどっか行くん?」
「あー、そのつもりですけど・・・行き先はまだ決まってません」
「ふーん。せやったらバスケ観に来ぃや」

そう言って、毛利はくいっと親指を第一体育館へ向けた。
ちらりと体を傾けて、ゆめこは中を覗く。
体育館は半分に区切られており、その片面では今まさに試合が行われるところであった。

「この試合で勝ったチームと、俺ら試合すんねん」

その一言で、毛利のクラスが順調に勝ち進んでいることが窺えた。
バスケはそこまで詳しくないが、ちょっと観てみたい気もして、ゆめこは「じゃあ二階席から応援しますね」と言った。

それから二人は一緒に二階席に行くと、今行われている試合を一緒に見届けた。
勝ったのは3年F組。
その中には、毛利の元クラスメイトで同じテニス部の須東がいた。
彼とは仲が良いのか、毛利は「うわ、あいつ勝ちよったわ」と嫌みっぽい言い方をしつつも、その表情は嬉しそうだった。

「毛利先輩、負けないでくださいね」
「おう、任しとき」

ゆめこの頭をぽんと叩き、毛利は一階へと降りていく。
そんな彼の背中を見送り、ゆめこは引き続き二階席からコートを見下ろした。

「よぉ!今年は敵同士だな」

毛利がコートに足を踏み入れると、須東がそう言って近づいてきた。
去年は同じクラスだったため二人はチームメイトとしてバスケに参加していたが、今年はそれが一転、敵同士だ。
須東はにやりと口の端を吊り上げ、「手加減してやんねーぞ」とおちゃらけた口調で言った。
毛利はそれをフッと鼻で笑う。

「全然負ける気せぇへんな」
「何だ?その根拠の無い自信は」
「須東、あそこ見らんせーね。俺にはかわいいかわいい勝利の女神がついとるわ」
「うーわ、うっぜ!リア充爆発しろ!」

キメ顔でそんなことを言う毛利に、須東は肩パンを炸裂させた。



それから15分の休憩を挟み、3年F組対3年A組の試合が始まった。
ちなみにA組というのは毛利のクラスである。
ジャンプボールはやはり高身長の毛利が務めるようで、彼は相手のジャンパーより頭一つ飛び出ていて、誰の目から見ても優勢だった。
案の定、ボールはA組の手に渡る。

球技大会の特別ルールで第2クォーターまでで決着をつけることになっているので、インターバルを除けば試合はたったの20分間だ。
みな集中した顔つきで動き回っていて、キュッキュッとシューズと床が擦れる音が体育館に響いていた。

その言いようのない緊張感にゆめこも固唾を呑んで見守っていたが、その時ボールが毛利の手に渡り、ゆめこは思わず前のめりになった。
ドリブルを刻み、軽やかに一人また一人と抜いていく彼の姿に目が釘付けになる。
そして毛利は巧みにマークを外すと、美しいフォームでシュートを放った。
バシュッとボールが吸い込まれるようにネットをくぐる。

わっと沸き起こる歓声。
毛利の得点にゆめこが手を叩いて喜んでいると、ふいに彼は二階席に向けて顔を上げた。
ばちりと視線がぶつかってゆめこの拍手の手が止まる。

え、なに?
と固まっていると、毛利はにこりと笑って、そのままゆめこに向かって拳を突き出した。

「あ・・・」

他の誰でもない、自分に向けられた合図にゆめこの胸がきゅんと高鳴る。
かっこいい。不覚にもそう思ってしまった。
ゆめこは慌てて笑顔を作ると、自分も毛利に向かって拳を突き出した。

試合が再開した後も、ゆめこは毛利の姿から目が離せなかった。
身長が高いことに加え、元々の身体能力も優れているのか、試合中彼は誰よりも活躍しているように見えた。

それからあっという間に20分が経過し、ピーッとホイッスルの音が鳴って試合終了の合図を告げた。
結果はA組の圧勝だった。

勝敗を見届けたゆめこは立ち上がって二階席を出て行くと、途中の自販機でスポーツドリンクを購入し、それを持って一階へと降りていった。
そうして体育館の扉の近くで待っていると、ゆめこの姿を見つけた毛利が肩にタオルをかけたまま近付いてきた。

「ゆめこちゃん。応援ありがとう」
「お疲れ様です、これどうぞ」
「おお、ごっとさん。ありがたくいただくわ」

ゆめこからペットボトルを受け取り、毛利はすぐにキャップを開けて中身を口に含む。
彼がごくりと飲み込む度に、ごつごつとした喉が上下に動いて、ゆめこはついつい見入ってしまった。
しかしすぐにハッとして、

「試合すごかったです!毛利先輩、バスケもお上手なんですね」

と率直に感想を告げた。
そんなゆめこに、毛利はきゅっとペットボトルの蓋を閉めながら口を開いた。

「ゆめこちゃんのおかげやな」
「えー、私何もしてませんよ?」

そう言って、ゆめこはもの問いたげな顔で彼を見上げた。 
実際彼女は観ていただけなので当然の反応だろう。
しかし毛利は「そないなことあらへん」と言って首を横に振ると、ぽんと彼女の肩に片手を置き、中腰になって目線を合わせた。
ぐっと近づいた距離に、ゆめこは「わ」と間抜けな声を漏らす。
近いです!と抗議しようと口を開きかけたところで、「あんなぁ」と彼が話始め、ゆめこはそのまま黙って息を吸い込んだ。

「ゆめこちゃんがそばにおってくれたら、それだけで力湧いてくんねん。逆にゆめこちゃんがおらんとなーんもやる気せぇへん」
「え、あの・・・」
「自分でもよう分からんけど、ほんま不思議やな」

何でそんなこと言うの。

この上なく優しい表情で、ふわりと笑う毛利にゆめこはぐっと息を呑む。
いつもみたいに聞き流すことが出来ない。
胸の奥に眠っていた何かが雪崩のように押し寄せてきて、彼と目を合わせているだけで心臓が破裂してしまいそうになる。

「それなら・・・、良かったです」

目を逸らすことで、ようやくそう返事が出来た。
しかしゆめこがやっとのことで絞り出した声は、情けないくらい弱々しかった。

「おーい、毛利。ちょっといいか?」

するとその時、クラスメイトに後ろから声を掛けられ毛利は振り返った。
彼の意識が自分から逸れたことで、ゆめこはようやく息が出来たような心地がした。
どうやらこれからみんなで次の試合の作戦会議をするらしく、後方でチームのみんなが輪になって集まっている。
毛利は心の中で「ええとこやのに」と呟くと、もう一度ゆめこに向き直った。

「次も観てってや」
「はい、そうします」

ゆめこの返事を聞いて満足したのか、毛利はフッと微笑むと、くるりと踵を返しチームメイトの輪に合流していった。
その背中を見送って、ゆめこも再び二階席へと足を進める。

しかし階段を上っていく途中で、ゆめこはぴたりと足を止めた。
後ろから上ってきた人達は、急に立ち止まった彼女を怪訝な顔で追い抜いていく。

その場に佇んだまま、ゆめこは体操服の上から自分の心臓辺りをきゅっと押さえてみた。
あ、やっぱり気のせいじゃない。
右手を伝う振動にゆめこはそう確信する。
先程からずっと、心臓がドキドキと音を立てたままだ。
そっか。私、

「・・・毛利先輩のことが好きなんだ」

そう呟いたら、ぼうっと燃えるように全身が熱くなった。
自覚した途端、堰を切ったように気持ちが溢れ出てきて、どうにも誤魔化せそうにない。

どんな顔で会えばいい?
何を話せばいい?

急に何もかもが分からなくなって、ゆめこは無性にその場から逃げ去りたくなった。
しかし毛利の試合は観たい。でもやっぱり恥ずかしい。

「う〜・・・」

そんな葛藤に押しつぶされそうになりながら、ゆめこは一人頭を抱えた。
しばらくその場でああでもない、こうでもないと悩んでいたゆめこだったが、頭に浮かぶのは毛利のあの優しい笑顔で。
次も観ていくって約束しちゃったし、応援するしかないよね。
と自分に言い聞かせると、ゆめこは再び二階席へと足を進めるのだった。





(180514/由氣)→91

乙女かよっ




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