091
(取って食ったりせぇへんよ/種ヶ島)
ここは都内のとある撮影スタジオ。
白のバックロールの前では、美青年が次々とカメラに向かってポーズを決めていた。
シャッターが切られる度にストロボが光り、ただでさえ整った彼の顔に絶妙な陰影が浮かび上がる。
彼の名はゆめの拓哉。ゆめこの4歳上の兄だ。
彼は今、自身が専属モデルを務める "メンズノンノン" の撮影中であった。
普段は見せないプロの顔で仕事に励む拓哉。
そんな彼を、ゆめこは少し離れた所からぼんやりとした表情で見つめていた。
年頃の女の子ならば、雑誌の撮影現場に潜入出来たともなれば、多かれ少なかれ喜びそうなものだが、ゆめこにその感情は一切無かった。
むしろ早く出て行きたいとさえ思っていた。
言うまでもなくここに来たのは彼女の意志ではない。
ゆめこはあくびを噛み殺しながら、無表情でそこに佇んでいた。
「ゆめこちゃん。立ちっぱなしもなんだし、良かったら控室でお菓子でも食べない?」
「わっ、いいんですか?嬉しいです〜」
撮影が始まって10分程が経った頃だろうか。
ヘアメイク担当の女性に話し掛けられ、ゆめこは先程までの無表情が嘘のように、ぱぁっと顔を輝かせた。
嬉々として彼女についていくゆめこに、
「ゆめこ!どこへ行く?俺の勇姿を見ててくれ!」
と拓哉は撮影中にも関わらず叫んだが、カメラマンとマネージャーによって押さえ込まれていた。
スタジオ内にどっとスタッフ達の笑い声が響く。
「は、恥ずかしい・・・」
「ほんと拓哉くんってゆめこちゃん命だよね」
「全力でやめて欲しいです」
目を細め迷惑顔で兄を見ているゆめこに、ヘアメイクの女性は「ふふっ」と思わず笑ってしまった。
そして「さ、行きましょ」とゆめこの背中を押すと、彼女を控室まで誘導した。
「じゃあ私、仕事に戻るからゆっくりしててね」
「はい。ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げ、バタンと扉が閉まったことを確認すると、ゆめこは控室をぐるりと見渡した。
長細い会議用テーブルを二つ合わせ、その周りを囲むようにパイプ椅子が並べられている。
テーブルの上には数種類のお菓子や飲み物、紙コップやウエットティッシュなどが置かれていた。
みんなが使う控室なのだろうか。
そう思ったが、今はまだ誰もいないし、特に席が決まっている訳でもなさそうだったので、ゆめこは一番近いパイプ椅子に腰かけた。
慣れない場所で気疲れしてしまっていたのか、座った瞬間「ふぅ」とゆめこの口から息が漏れる。
今日は7月半ばの日曜日。
元々ゆめこが都内に足を運んだのは、今月末に結婚記念日を迎える両親へのプレゼントを買うためだった。
毎年プレゼントは一緒に選ぶというのがゆめの兄妹唯一の恒例行事だったので、わざわざ兄がオフの日を狙って待ち合わせをしたというのに。
合流して30分程が経った頃、兄のスマホにマネージャーから連絡が入り、急遽雑誌の撮影に向かって欲しいと言われたのだ。
どうやらちょっとした手違いで撮りこぼしが生じていたらしい。
涙を呑んで悔しがる兄に反し、ゆめこは「ふぅん」と興味なさそうに相槌を打った。
「お兄ちゃんが撮影してる間その辺ぶらぶらしてるね」と、ゆめこは平然とした顔でそう言ったが、
「ゆめこを一人にできるか!変な奴に絡まれたらどうする?!」
と凄まれ、そのまま強制的に連行されたのだ。
そして今に至る。
やっと一人になれて落ち着いてきたのか、ゆめこはバックからスマホを取り出すとそれを弄り始めた。
アプリゲームをやったり、溜まっていたメッセージに返信したりして時間を潰していると、コンコンと扉がノックされた。
「はい」
と、ゆめこは椅子に座ったまま顔だけ振り返って返事をする。
入ってきたのは、一人の青年だった。
小麦色の肌に白い髪。
兄と同じくらい高身長でスタイルが良く、ゆめこはその派手なルックスに息を呑んだ。
青年はゆめこの姿を見るなりぱちぱちと瞬きをすると、部屋を間違えてしまったと思ったのか、無言で表の貼紙を確認していた。
間違いなく "モデル控室" と書かれている。
そんな彼の様子に、ゆめこは慌てて立ち上がると「あの、間違ってないと思います」と声を掛けた。
「ん?新しいモデルの子?」
「えっ!ち、違います。私、えっと、ゆめの拓哉の妹で・・・」
ゆめこがぽつぽつとそう告げると、目の前の青年は驚いたように目を丸くした。
男性誌ではあるが、たまにカップル特集などで女性モデルが来ることもあるので、てっきりその新人の子かと思ってしまったのだ。
予想だにしない答えに、青年は少々面食らった。
しかしすぐに「あー、あの噂の」と呟いた。
そんな彼のリアクションに、噂ってなに?!とゆめこは慌てふためく。
青年はくつくつと笑いながら中に入ってくると「えらい溺愛されとるらしいやん?」と言った。
一体どこまで浸透しているんだ、と恥ずかしさからゆめこの顔にわっと熱が集まる。
「でも分かるなぁ、こんなかわいい妹おったら心配にもなるわ」
「えっ」
さらりと褒められ、ゆめこはぽかんと口を開ける。
すると彼は他にもたくさん席が空いているにも関わらず、ゆめこの隣の席に腰を下ろした。
見知らぬ人物の急接近に、ゆめこはうっと身を縮こませる。
「そない怯えんといてや。取って食ったりせぇへんよ」
「えっと、モデルさんですか?」
「ただの読モや。小遣い稼ぎにな、たまに引き受けてんねん」
「そうなんですか」
彼の話によると、知り合いの芸能人と歩いていたところをスカウトされて以来、たまにではあるがこうして撮影に呼ばれるようになったらしい。
ゆめこの兄とももう何度も顔を合わせているそうで、ゆめこはそれを聞いて少し安心した。
全くの他人から、"身内の知り合い" に昇格した瞬間である。
一緒に撮影したこともあると言うので、もしかしたら知らぬ間に誌面で目にしたことがあったのかもしれない、とゆめこは思った。
ちゃんと読んでいるかは別として、雑誌は一応毎月買っている。
今度家にある雑誌を読み返してみようかな、なんて考えていると、ふと視線を感じゆめこはちらりと隣を見た。
案の定ばちりと目が合う。
彼は肩肘をついたまま「名前なんて言うん?」と聞いてきた。
「ゆめのゆめこです。お兄さんのお名前は?」
「種ヶ島修二や」
「種ヶ島さん、こちらの方ですか?」
珍しい名字と先程から彼が口にしている関西弁に、ゆめこは気になって尋ねてみた。
しかしその質問の内容よりも、彼はその堅苦しい呼び名が気になったようだ。
「修二でええよ」
「いえ、それはさすがに」
「遠慮せんで」
「じゃあ修二さんで」
相手は明らかに年上なので、ゆめこはとっさに敬称を付けて呼び直した。
彼は「ほな、それで」と満足したように言うと、
「ついこの前までは京都におったけど、今は東京の学生寮に住んどるよ」
と、先程のゆめこの質問に答えた。
種ヶ島の通う京都の高校は、遠方からも生徒を集うためオンライン授業にも力を入れているらしく、都内には学生寮も完備している。ゆくゆくは都内に住みたいと思っていた種ヶ島は、2年に進級するタイミングで上京を決めたらしい。
「へぇ〜、なんだか現代って感じがしますね」
「ゆめこちゃんは神奈川やろ?学校は立海やったっけ?」
「えっ!どうして知ってるんですか?」
「拓哉さんがよう話しとるから、覚えてもうたわ」
拓也がゆめこについて熱く語っているところを思い出したのか、種ヶ島はにまにまと笑いながらそう言った。
もうお兄ちゃんったらぺらぺら喋って、とゆめこはむっと眉根を寄せる。
しかし他にも何か余計なことを言ってるんじゃ、と想像したら急に冷や汗が出てきた。
聞いてみたい気もするが、恐ろしくてとてもじゃないが追求できそうにない。
ゆめこは質問を諦めると、代わりに盛大なため息を吐いた。
そんな彼女の気苦労を察したのか、種ヶ島は「ところで」と意図して話を変えた。
「今日はお仕事見学かいな?」
「いえ、買い物に来ただけなんですけど気付いたらここにいました」
気付いたら、だなんてまるで誘拐でもされたような口ぶりに、種ヶ島は笑いながら「さよか」と返事をする。
「何買いに来たん?」
「両親の結婚記念日が近いのでそのプレゼントを。毎年兄と一緒に選ぶようにしてるんです」
「へぇ〜!」
なんだかんだ言って十分仲が良さそうじゃないか、と種ヶ島は思う。
本人に伝えたらむっとしそうなので口にはしないが。
「まだ何買うか悩んでるんですよね〜」と口元に人差し指を当て考えを張り巡らせているゆめこの顔を、種ヶ島はじっと見つめる。
こうして見ると、兄妹だけあってどことなく拓哉と顔が似ている気がする。
まだあどけなさが残るが、十分整った顔立ちと言えるだろう。
ちょっと好みの顔かもしれない、と種ヶ島は思った。
「数年後が楽しみやな」
「え?何ですか?」
「こっちの話や、気にせんといて」
「はぁ」
にこにこと本心が読めない笑顔を浮かべている種ヶ島に、ゆめこは怪訝な顔を向ける。
するとその時、コンコンとノックの音がして二人は扉の方へ目線を移した。
「修二くん来てたの?そろそろ行かなきゃ」
そう言って顔を覗かせたのは、先程ゆめこを控え室まで連れてきてくれたヘアメイクの女性だった。
撮影に向けて色々準備があるらしく、そろそろメイクルームに来るよう彼を呼びに来たらしい。
種ヶ島は「よっこらしょ」と言って重い腰を上げると、
「ほな、また」
と、ゆめこに向かって小さく手を振った。
"また" という言葉に違和感を抱きつつ、ゆめこはぺこりと頭を下げて種ヶ島を見送った。
それから程なくして、撮影を終えた兄が迎えに来た。
元々撮りこぼしを補うための撮影だったので、思ったより時間が掛からなかったようだ。
スタッフさん達に軽く挨拶をして、二人でスタジオを出る。
拓哉はサングラスに帽子にマスクと、すっかり変装モードになっていた。
本来の目的であるプレゼントを買いに行こうと街へ繰り出す途中、
「今日撮ったのっていつ載る?」
「来月号には載るんじゃないか」
二人はそんな会話をしていた。
修二さんも載るかな?と、ゆめこは先程出会った青年の顔を思い浮かべた。
興味本位で見てみたい気がする。
「来月かぁ」としみじみ呟くゆめこに、拓哉は何を勘違いしたのか、
「そ、そんなに楽しみにしてくれていたなんて・・・!」
と感極まったように口元を手で覆った。
「実物がここにいるじゃないか!」と引っ付いてくる兄を、ゆめこは無言で引き離した。
(180517/由氣)→92
91話にして!ついに!出た!
出身中学も通ってる高校も一切公式情報が無いので捏造。まぁ近いしいっか東京で。なノリです、すみません。
(220519追記)
修二さんが舞子坂だと公式で出てしまったので。急遽こじつけ。どうしても近くに居て欲しい←