092
(私の彼氏ということで/仁王・丸井)
「えー!半額?アツいね、それ」
兄と買い物をした日の帰り道。
最寄駅から自宅までの道すがら、ゆめこはゆめみと電話をしながら歩いていた。
二人は明日遊ぶ約束をしているので、電話の内容はその行き先についてだった。
明日は7月の第三月曜日。
言わずと知れた国民の祝日、海の日だ。
ゆめみの情報によると、市内にあるケーキバイキングのお店が海の日限定で半額サービスを行うらしく、それを聞いたゆめこは冒頭のように驚きの声をあげた。
「行くしかないね!」
「ただね〜、ちょっと条件があって」
「条件?」
「カップル限定なの」
ゆめみの言う条件とやらに、ゆめこは思わず沈黙する。
そしてすぐに「ダメじゃん!」とツッコんだ。
悲しいかな、ゆめこもゆめみもシングルだ。
「でもねっ、ぶっちゃけると男友達でもバレないと思うの」
「なるほど。お主も悪よのう」
「蓮二に声掛けたら引き受けてくれてさ」
「早っ!仕事が早いよゆめみちゃん!」
テニス部は明日午前中で部活が終わるらしく、事情を話したら快諾してくれたらしい。
それはきっと相手がゆめみだからだろう、とゆめこは思う。
つまりあとは私の彼氏役をどうにかすればいいってことか?と気付いて、ゆめこはぴたりと足を止めた。
「どうにかならないかな?」
「どうにかしてみせましょう!」
どうしてもケーキバイキングに行きたいゆめこは自信満々にそう答えた。
そして「見つかり次第また連絡する〜」と言って電話を切ると、再び歩き始めた。
「彼氏、かぁ」
その言葉を聞いて、真っ先にゆめこの頭に浮かんだ人物がいた。毛利だ。
二週間程前の球技大会の日、ゆめこは自分が毛利に恋をしてしまっていることに気が付いた。
だからと言って何か進展がある訳もなく、これまで通りメッセージのやり取りを続けるに留まっているのだが。
さ、誘ってみようかな・・・!
とスマホの電話帳を開いたところで、ゆめこはぶんぶんと首を横に振った。
「無理。それは無理」
独り言にしては割と大きめの声で、ゆめこは冷静になってそう言った。
ケーキバイキングに行きたいからという絶好の口実があったとしても、"彼氏のふりして下さい"なんて口が裂けても言えない。
普段はお調子者で豪放磊落なゆめこも、妙なところで恥ずかしがり屋であった。
思い返せば今まで誘いの電話が掛かってくることはあっても、ゆめこからは掛けたことは一度もなかった。
普通はその時点で、毛利から好意を持たれていることを自覚してもいいようなものだが、残念ながらそこに対する彼女のアンテナはポンコツであった。
特に自分の気持ちに気付いてからは、より一層盲目になってしまっている。
私にはハードルが高すぎる。とゆめこは早々に諦めた。
他をあたろうと、ゆめこは親しい男友達を頭に思い浮かべてみた。
バイキングと言えば丸井が適任だが、彼は今彼女がいるので難しいだろう。
ジャッカルは今月は金欠だと言っていたので、彼を誘うのもかわいそうだな、とゆめこは思った。
そうしてうんうんと頭を悩ませながら歩いていると、家が見えてきたところで、向こうから見知った人物が歩いてくるのが見えた。
「仁王くーん!」
ゆめこはその人物に向かって大きく手を振った。
仁王もゆめこに気付いたのか、片手をひょいと上げた。
お互い姿は認識しているのに、どちらも駆け寄ろうとしない。
そうしてゆっくり互いの家の前までやってくると、二人はぴたりと足を止めた。
「買い物か?」
ゆめこの手にある紙袋を見て、仁王が先に口を開いた。
「もうすぐママ達結婚記念日だからさ、プレゼント買いに東京まで行ってたの。仁王くんは?」
「俺は映画観に行っとった」
「えっ!」
予想外の答えにゆめこは目を大きくさせる。
「なんじゃ、その反応」
「あ、いや・・・誰と?」
なんとなく気になってゆめこがそう尋ねると、彼は「一人」と短く答えた。
その返答に、「そうなんだ」とゆめこは清々しい顔になる。
「一人で映画寂しくない?」
「全然。気楽でいい」
「ふーん。言ってくれれば付き合うのに」
「お前さんはどうせ途中で居眠りするじゃろ」
「しないよ!私のことなんだと思ってるの」
むぅと頬を膨らませるゆめこに、仁王はくくっと笑いながら「冗談じゃき」と言った。
いや、絶対本気だったな。とゆめこは内心そう思ったが深く追求するのはやめておいた。
代わりに「ところで仁王くん」と、ゆめこは改まって話し出した。
「明日午後から暇?」
「暇かどうかはゆめのの用件次第じゃな」
「え〜、じゃあ無理かも」
「ええから、言うだけ言ってみんしゃい」
「・・・ケーキバイキング行かない?」
そう言って、ゆめこはじっと上目遣いで仁王の顔色を窺った。
彼は少し沈黙した後「・・・ええよ」とぽつりと呟いた。
その返事を聞いて、「えっ!いいの?やった!」とゆめこは一気に顔色を明るくさせる。
甘い物が特別好きという訳ではない彼のことだから、断られるのを覚悟していただけに、余計嬉しく感じられたのだ。
「じゃあ明日一日仁王くんは私の彼氏ということで」
「待て待て待て、話が見えん」
とんでもない発言をするゆめこに、仁王はたまらず彼女の肩に手を置いた。
そこでようやくゆめこが海の日限定カップルデーのことを話すと、仁王は納得した面持ちになった。
同時に、心臓に悪いなまったく。などと思った。
「じゃあまた明日!詳しい時間は後で送るね」
とゆめこはすっきりした顔で自宅に入っていった。
次の日。
ケーキバイキングの店の前に、ゆめこ、ゆめみ、柳、仁王の四人はいた。
通常ならゆめことゆめみ、柳と仁王がペアになって並んでいるところが今日は違う。
あくまで恋人同士のフリをしなければいけないので、ゆめこの隣には仁王が、ゆめみの隣には柳が立っていた。
「いい?みんな、これはダブルデートだからね」
わざときりっとした顔つきでそう言ったのはゆめこだった。
「うん、任せて!」
「了解した」
「プリッ」
三者三様の返事に、ゆめこは「よろしい」と満足気に頷く。
いやお前は誰だよ、と仁王はゆめこの謎キャラにツッコミたかったか、その世界観に巻き込まれそうなのでやめておいた。
彼女達の前には二組ほどカップルが並んでいる。
この分だとすぐ案内されるだろう、と四人は雑談をしながら順番を待った。
そしてすぐにその時は訪れた。
店員が案内しようとこちらに近付いて来るのが見えて、ゆめこはとっさに仁王の腕にしがみつく。
「・・・どういうつもりじゃ?」
「ちょっとくらい恋人のふりしないと怪しまれるでしょ」
ゆめこは声をひそめてそう言うと、きょろきょろと目線だけで辺りの様子を探っていた。
仁王もそれにつられるように周りに目を向ける。
当たり前だがカップルしかいない店内で、彼らは自由にイチャイチャと有意義な時間を過ごしている。
これはたしかに、少々演技しないと浮くな。と仁王は思った。
「ゆめの、一旦手ぇ離しんしゃい」
「分かった」
大人しく従って、ゆめこはぱっと手を離す。
すると仁王はゆめこの右手を取ると、それに自分の手を重ね、指を絡めた。
いわゆる恋人繋ぎだ。
ゆめこは驚いて仁王を見る。
彼はにやりと笑っていて、ゆめこは協力してもらえたことが嬉しかったのか、「ふふっ」と楽しそうに笑った。
「四名様ですか?」
「はい」
「ダブルデートですか?いいですね〜!では、お席までご案内しますね」
そう言ってにこやかに先を歩き出した店員に、ゆめこ達は四人で顔を見合わせると、一斉ににやりと口の端を吊り上げた。
うまくいった。と、全員が思った瞬間だった。
ゆめこは仁王と手を繋いだまま、店員の後に続く。
すると、席に向かう途中でよく知る人物を見つけゆめこは驚いて足を止めた。
同時に向こうもゆめこ達に気付いたのか、彼は「あ」と目を見開いた。
「ブン太くん!びっくりした〜来てたんだ?」
「え、あ・・・おう」
そこにいたのは丸井だった。
丸井はゆめこと仁王の手元をちらりと見た後、そう言ってぎこちなく首を縦に振った。
どうやら丸井も彼女と一緒に来ていたようだ。
向かいの席にちょこんと小柄な少女が座っている。
彼女は目をぱちくりさせながらゆめこ達を見上げていて、その視線に気付いたゆめこはにこりと微笑み返した。
しかし店員に案内されている途中だったので、ろくに挨拶も出来ぬまま、四人は流れるように通り過ぎていった。
そうして四人がいなくなったのを確認すると、彼女は「柳くんとゆめださんだ」と呟いた。
彼女はI組でゆめみ達とはクラスメイトなので、交流こそないが存在は知っていたのだ。
特に柳は、自分の彼氏でもある丸井と同じテニス部ということもありよく認識していた。
「あの二人、付き合ってたんだね」
「いや、付き合ってねーよ。・・・多分」
「そうなの?」
「ゆめことゆめださんに無理矢理連れて来られたんじゃね?」
カップルで来たら半額でケーキバイキングが楽しめるし、大方彼氏のフリでもさせてるのだろう。と丸井は予想した。
そして多分、仁王も。きっと、そう。なんて思っていると、ふと彼女の視線を感じて丸井は顔を上げた。
「なんだよ?心乃」
心乃(ここの)というのは彼女の名前だ。
不思議そうに自分を見つめている丸井に、彼女は「あ、いや、えっと」と口をまごつかせた。
心乃は丸井がゆめこのことを呼び捨てにしているのが気になったのだ。
丸井に告白する前にJ組を何度かのぞいた時、席も隣同士で、よく二人が仲良さげに話しているのを見掛けていた心乃は、元々ゆめこの存在は気になっていた。
まさか名前で呼ぶ程の仲だったとは。と、少しショックを受ける。
「ゆめこちゃんっていうんだ。ブン太くん、あの子と仲良いよね?」
「えっ、あぁ。まぁな」
仲が良いどころか、一年近く片思いをした挙句フラれた相手、とはさすがの丸井も言えなかった。
目の前のケーキを頬張ると「これ、うめー!」とわざと明るい口調で言った。
「ほら、心乃も食えよ!」
「うん。・・・そうだね」
心乃がケーキに手を伸ばしたのを確認して、丸井はふぅと小さく息を吐いた。
そしてちらりと目線を上げる。
少し離れた四人掛けのテーブルに、ゆめこ達四人は案内されていたようで、彼女たちはケーキを取りに行って今まさに席に戻ってきたところだった。
丸井の視線の先にはゆめこがいた。
ケーキを前に、ご機嫌な笑顔を浮かべているゆめこ。
毎日教室で顔を合わせているはずなのに、今日のゆめこはなんだかとても遠い存在に感じられた。
話が盛り上がっているのか、彼女は身振り手振りで話している。
その姿が可愛らしくて、丸井は思わずくすりと笑ってしまった。
そんな丸井を心乃はじっと見つめていたが、彼がその視線に気付くことは無かった。
そんなに必死になって、何を話しているのだろう。
つい気になってしまい、いつのまにかケーキを食べる丸井の手は止まってしまっていた。
「私は右かな?」
「えっ、ゆめこはそうなの?私は左かも〜」
「その議論については、地域別で差があるという見解もある。ちなみに利き腕によっても好みが分かれるそうだ」
「へぇ〜!じゃあ仁王くんは?左利きでしょ?」
「俺は全がけ派」
「「ぜ、全がけ派・・・!」」
その頃四人は "カレーを食べる時ルーはどっち側に向けるか" という話で盛り上がっていた。
仁王が斬新な意見を言うと、ゆめことゆめみは衝撃を受けて声をハモらせた。
彼らがそんなくだらない話をしているとはつゆ知らず、丸井はぼんやりとした顔で四人を見つめていた。
(180518/由氣)→93
私は手前派です<どうでもいい