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(ほー、よう見とるのう/毛利・仁王・丸井)

待ちに待った夏休みが始まった。
テニス部にとって、それは夏の激しい戦いの始まりを意味している。
7月下旬の土日。
都内にある総合スポーツ施設のテニスコートでは、関東大会が開催されていた。
県大会を首位で突破した立海テニス部も、当然ながらその大会に参加していた。

そんな彼らを応援するため、ゆめことゆめみは試合が始まる時間に合わせて会場へとやってきた。
夏の日差しが二人を照りつける。
「暑いね〜」そんな会話をしながら、事前に教えてもらっていたコートへ着くと、ゆめこ達はフェンスのそばまでやってきた。
コートの中では今にも試合が始まろうとしていて、彼女達は「間に合って良かった」と顔を見合わせた。

県大会に引き継ぎ、試合に出る選手はすっかり顔馴染みのあるメンバーばかりになっている。
相手選手との挨拶のため、ネットの前に横一列で並んでいる彼らの背中を見ながら、ゆめこ達はひそひそと話し始めた。

「うわ、真田くんと蓮二のダブルス?強烈だね」
「あはは、たしかに負ける気がしないね。切原くんも早速シングルスで出るんだ〜。あっ、ゆめこ!見てあそこ、毛利先輩だよ」

目線はコートに向けたまま、ゆめみはつんと肘でゆめこを小突いた。
今回毛利はS2で出るのか、S3の赤也とS1の幸村の間に立っていた。
一番に毛利の背中を見つけていたゆめこだったが、「ほんとだね」と、さも今気付いたような返事をした。

ちなみにゆめみはゆめこが毛利に想いを寄せていることを知っている。
先日、ゆめこは勇気を振り絞ってゆめみに相談した。
しかし、日頃からゆめこは毛利を気にしている節があったし、貰ったブレスレットは毎日大事につけているしで、それを聞いた時のゆめみの感想は「あ?やっぱり?」であった。
毛利もかなり分かりやすい方なので、ゆめみは両想いなのに。と、心の内で思っていたが、いくら親友とは言えずけずけとお節介を焼くのも気が引けて、そこには触れていなかった。
とは言え誰よりも親友の恋路を応援したい気持ちはある。
毛利の姿を見つけたゆめみは、真っ先にそれを伝えたくて、先程のようにゆめこに声を掛けたのだった。

そんなゆめみの気遣いにじわじわと恥ずかしさが押し寄せてきたのか、ゆめこはちらりとジャッカルの方に目を向けると、

「ゆめみ、ほら見て。ジャッカルくんだよ」

と、お返しのようにゆめみを肘で小突いた。
彼は今回試合には出ないのか、フェンスの外側に立っている。
ゆめこはウケ狙いのつもりで言ったのだが、本当に気付いていなかったゆめみは「ほんとだね」と先程のゆめこと同じように相槌を打った。

大丈夫。私は気付いてたよ、ジャッカルくん。
と、ゆめこは仏のような顔でジャッカルを見つめる。
どこからともなく寄せられる正体不明の視線に、ジャッカルは一人悪寒を感じるのだった。

それから程なくして、ニ回戦が始まった。
昨年の優勝校である立海はシード枠なので二回戦目からのスタートなのだ。
D2から始まりD1、S3と試合は続いが、それはもうあっという間の出来事で、"常勝" という言葉がぴったりの試合展開に、ゆめこもゆめみも時間を忘れて見入っていた。
結果は全て6−0。
S2の毛利とS1の幸村の出番は無いまま3勝し、圧倒的な強さを見せつけ立海の準決勝進出が決まった。

集まっていたギャラリーも散り散りになり、レギュラー達がコートから出てくる。
その途中で、毛利はゆめこの姿を見つけてぱぁっと顔を輝かせた。
一目散にゆめこの元へやって来る毛利に、ゆめみは気を利かせたのかすすすとさりげなく離れていった。

ゆめこもすぐに毛利の存在に気付き、「あっ」と声を漏らした。
毎日メッセージのやり取りはしているが、直接会うのは3週間前の球技大会以来で、ゆめこは急に緊張してきた。
バレないようにすぅと小さく息を吸い込み、顔を上げ、ゆめこは努めて平然とした顔を作る。
そして目の前までやって来た毛利に「お疲れ様です、毛利先輩」と声を掛けた。
毛利はへらりと頬を緩めた。

「ゆめこちゃんや」

彼女が来ることは事前に聞いて知っていたが、実物に会えたのが嬉しかったのだろう。
毛利はゆめこの存在を確かめるようにそう言った。

「ゆめこちゃん、手ぇ貸してや」

唐突にそんなことを言う毛利に、ゆめこは首を傾げる。
おそるおそる手のひらを差し出すと、彼はぐいとそれを引き寄せ、自分の頬にあてがった。

「はぁー、冷たくて気持ちええわ」

ほっと安心したようにしみじみ言う毛利に、ゆめこはとっさに手を引いてしまいそうになる。
以前から気になっていた過度なスキンシップが、気持ちを自覚した今はもっと気になるようになってしまった。
しかし彼を突き放すことは出来ず、ゆめこはぐぐっと耐え忍んだ。
落ち着いて。心を無にするのよ、ゆめこ。
なんて自分に言い聞かせ、彼女は平常心を装った。
内心は慌てふためきまくっている。

「毛利先輩、体あったかいですね。平熱高いですか?」
「んー、あぁ、そやな。そうかもしれん。ゆめこちゃんは低そやな?」

実際その通りなので、ゆめこは「はい」と頷いた。
特に末端冷え性の彼女は年中手足が冷えている。

「私はアイスノン代わりですか?」

と問うと、毛利はあははと声を上げた。
真顔でそんなことを聞いてくるゆめこがおかしかった。

「冬は俺がカイロの代わりしたるから」
「言いましたね?約束ですよ」
「おー、いらん言われても追いかけたるわ」
「え、それはちょっと暑苦しそうですね」
「なんやねんそれ!」

わざと煙たい顔をしてふざけるゆめこに、毛利はけたけたと笑いながらツッコんだ。
ゆめこにもすぐにその笑いは伝染し、彼女は破顔して「冗談です」と言った。
あいかわらず愛くるしい笑顔だな、と毛利は思う。
この笑顔を見ると心が満たされ、幸せな気持ちになれるのだ。
同時に、他の誰にも見せたくない。という独占欲も湧いてくる。
最初の頃は無かった感情であったが、日に日にこの気持ちが大きくなってきていることに、毛利自身も気付いていた。

"可愛らしい後輩の女の子" という第一印象から、あっという間に "気になる子" になり、今ではもう気持ちを隠し切れないほど "大好きな子" に変わってしまった。
毎日声が聞きたくて、逢いたくて、切なくなる。
しかし顔を合わせたら今度は触れたくなる。
人を好きになるという本来ポジティブな感情が、どんどん自分を貪欲な人間へと仕立て上げていくのだ。

複雑過ぎてかなわんわ。
自分の手の中にすっぽりおさまっているゆめこの小さな手の感触を噛み締めながら、毛利はそんなことを思っていた。


「ちょ、何スか?あれ!」

そんな二人を見て声を上げたのは赤也だった。
毛利のゆめこに対するスキンシップは今に始まったことではない、と落ち着いている二年生メンバーに反し、彼は初めて見たその光景に驚いているようだった。
遠くにいるゆめこ達を指差しながら、赤也はもう片方の手ですぐ近くにいた仁王の肩をパシパシと叩いた。
「やめんしゃい」そう言いながら、仁王はゆっくりと顔を上げる。

「この前も思ったんスけど、ゆめこ先輩と毛利先輩って付き合ってます?」

この前というのは、中間考査前にゆめこの家で勉強会をした時だ。
わざわざ電話を掛けてきて家まで来るくらいだし、怪しいな。と思っていた赤也だったが、今日で確信を得たのか彼は仁王にそう尋ねた。
しかし残念ながらその予想は間違っている。

赤也に興味津々といった視線を向けられた仁王は「だとよ。どうなんじゃ?丸井」と、隣にいた丸井に話を振った。

「・・・なんで俺に聞くんだよい」
「ピヨッ」

不服そうに眉根を寄せる丸井。

「仁王の方が知ってんだろい?カップルデーに一緒に来るくらいなんだからよ」
「さあ?なんのことかな」
「手繋いでたくせに」
「ほー、よお見とるのう」
「あのなぁ!あんな堂々と繋いでたら嫌でも目に付くに決まってんだろい」
「"嫌" でも?」
「・・・」

にやり、と仁王の口角が上がる。
これ以上口を開くとボロが出てしまいそうで、丸井は思わず沈黙した。
全て見透かしたような仁王の視線が痛い。
丸井は「俺には関係ねーよ」と小さく吐き捨てると、くるりと踵を返してどこかに行ってしまった。

「困った奴じゃ」

仁王は大袈裟に肩を竦め、自分も丸井とは真逆の方向に歩いていった。

「は?ちょ、全然話が見えないんスけど・・・」

ただ一人、置いてけぼりをくらった赤也がぽつりとそう呟いた。





(180520/由氣)→95

訳ワカメ




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