乙女たちの昼下がり

※義勇さん夢と言いながら義勇さんは出て来ません。ガールズトークさせたかっただけ。




天気の良い昼下がり。ここは若い女子に人気の甘味処。姦しいという言葉が相応しい女子3人がそんな甘味屋を賑わせていた。

「そこでね、私運命の人なのかなって思ったんだけど、その人、虫が出た瞬間に腰を抜かしていたのよ!」
「確かに、虫如きで腰を抜かしてしまうのは幻滅ですね」
「でしょー!」
「気になる男性に鬼を仕掛ければいいんじゃない?その時の対応で強いかどうか分かると思うよ」
「えげつない事考えるわね名前ちゃん…」

甘味処を賑わせていのは蜜璃、しのぶ、名前の3人である。3人は女性同士という事もあって仲が良い。そもそも鬼殺隊は女性が圧倒的に少ない。数少ない女性同士、しかも歳も近いとなれば仲良くなるのに時間はかからなかった。それぞれ都合が合えばこうして一緒に出掛けたりする事も多い。

「そういえば名前の恋愛話は聞いた事がありませんでしたね」
「そうそう!名前ちゃんとっても可愛いし、声掛けられたりはするでしょう?」

好きな人、と聞かれたが、名前には好きな人が出来た事はない。結婚相手は親が決めるものだと思っていたし、家から出た今も誰かと結婚をしたり恋人になったり…といった事を考えた事もなかった。

「うーん、蜜璃の想像している好きな人、という認識が私の認識とあっているのならば、好きな人はいないね。出来た事も無いかな」

そう言って名前は団子を口に含む。蜜璃は信じられない、といった顔で名前を見た。

「えぇ!そうなの!?」
「勿論、お館様や鬼殺隊のみんなは好きだよ。でもそれは蜜璃達が言う好きな人、とは違うと思うから…」

今まで恋愛をしている暇は無かった。男の人に言い寄られる事はあったが、鬼殺隊として働いている今、恋愛をする理由も結婚をする理由も無い。自分は鬼殺隊として働き、鬼殺隊として死ぬのだと思っている。

「じゃあさ、今まで誰かといてドキドキしたーって言うか、こう、心臓がバクバクした事とか無い!?」

こう、心臓がギューっと掴まれるような!と擬音が多めの説明をする蜜璃。その姿を可愛らしいなと思いながら、名前は今までの経験を思い出そうとする。

「あ、そうだね…」
「なになに!?やっぱりそういう人いた!?」
「鬼と戦っている時は心臓の鼓動が早くなるのを感じるかな」
「そういうのじゃないの!」

揶揄わないでよ〜!と頬を膨らませる蜜璃に、ごめんごめんと名前は笑う。そう言われても、異性といる時に不整脈になる事はないよ、と答える。不整脈…としのぶが苦笑した。

「それなら、理想の男性像などを聞いてみましょうか。伴侶にするならどのような男性が良いんですか?」
「理想、かぁ…」
「あ!じゃあじゃあそれなら、もしも隊士の中で旦那さんにするなら誰が良い?それなら具体的で分かりやすいじゃない!」
「そ、それは失礼に当たるんじゃない…?」
「もしもの話だって!」
「うーん…もしも、よね…。自分より強い人が良いから、柱の人になるかなぁ」
「やっぱり強い男の人が良いわよねー!」

名前の頭の中に柱の男性陣の顔が浮かぶ。

「天元さんは顔がとても整ってらっしゃるし面倒見も良いよね。奥様が3人もいるのは何とも言えないけど…とても大事にしているみたいだし、伴侶にするなら良い方だと思うよ」
「顔が整っているのは同意です。折角の美形なのだから化粧を抑えればいいのに…」
「そういうの、化粧を落とした時にキュンキュンするじゃない!でもでも、私は私1人だけを愛してほしいって思っちゃうかな〜」
「まぁ今は一夫一妻が当たり前だしね。そうそう妻が何人もいる人はいないよ」

そういえば、と名前が言葉を続ける。

「あと面倒見が良いと言えば煉獄さんもかな。彼に助けられた事は何度もあるし、彼の絶対に人を見捨てない性格は危ういけれど凄いと思う」
「煉獄さんは良い方だと思いますけども…いかんせん暑苦しくて…」
「熱血と言い換えれば熱血だよね」
「じゃあじゃあ伊黒さんは!?」
「彼は…とてもネチネチしているけど蜜璃の話を聞くと悪い人じゃなさそうだし、一見取っ付きにくいけど仲良くなったらとても尽くしてくれそうな人って感じかな」
「きゃー!名前ちゃん伊黒さんの事分かってる!」

彼は蜜璃の事を気に入ってると思うけど…と思ったが名前は言うのはやめた。名前は空気の読めない女ではない。

「あぁ、あと取っ付きにくいと言ったら時透君もかな。彼についてはあまり知らないけど、あの若さで一気に柱にのし上がったし、1番これからの見込みがあると思う」

驚くべき早さと若さで柱になった時透。彼に対しては凄い、と言う他ない。柱は刀を握って数ヶ月でなれるものではない。だが、それを成したのが時透だ。成長性は鬼殺隊の中でも群を抜いているだろう。協調性に関しては何も言えないが。

「強さで言えば不死川さんや悲鳴嶼さんかなぁ。あの2人に勝つのは骨が折れそう。真正面から切りかかっても力負けするだろうから、後ろから回り込むのが良さそうだね」
「途中から趣旨が違くなってない!?」

蜜璃に言われてハッとする。危ない危ない。何時もの分析癖が出てしまった。

「…まぁそれは置いといて。強いっていうのはやっぱりいいよね」
「だよねだよね!」
「稽古する時にどんなに打ち込んでも大丈夫そうだしね」
「浪漫の欠片もないですね…」

柱の男性陣に浪漫を求めるのもどうかと思うが…と名前は思ったが鍛錬一筋の自分が言える事でもないので黙っておいた。ひぃふぅ…と蜜璃が柱の人数を数える。

「あと残ってるのは冨岡さんかしら?」

そして、残りの1人である冨岡義勇。彼は名前の同期であり、よく任務も被る事が多い。他の男性陣よりも接した回数は多いだろう。自分で言うのも何だが、彼は色恋沙汰からはかなりかけ離れた人物である。他の人とは違う方向に癖が強い。

「彼は何というか…難しい人だよね。人が嫌いそうなのに誰よりも人を助けたいという思いが強い。思いが強いのに口下手で損をする性格。だから、彼の妻になる人は大変だね」

任務の途中でも冨岡の意思が読めず、意見の食い違いや情報の共有不足により言い争い寸前になった事もある。付き合いが長くなってきた今でも、彼が何を考えているのか分からない時が多々ある。一生付き合っても彼を完全に理解するのは難しいように思う。

「…でも、彼は妻を絶対に大事にする人だから、彼の妻になる人は幸せだと思う」

言葉が少なくて人に冷たいと思われる事が多い彼だが、そんな事はないと名前は知っている。名前が情報の伝達はしっかりしてほしい、と言ってからはなるべくこちらに共有してくれるようになった。…それも以前の冨岡に比べれば、という事であり、他の人に比べれば随分と少ないものなのだが。改善しようとしている意思は感じる。
冨岡は人が嫌いな訳ではない。何処までも不器用で優しいだけだ。彼の仏頂面を思い出して名前は無意識に口角を上げた。

「いやぁ…名前ちゃん、これで無自覚なのが…」
「冨岡さんお疲れ様ですって感じですね」
「な、何2人とも溜息吐いて…どういう事?」

何故か呆れるように溜息を吐いた蜜璃としのぶ。やはり恋愛の話は自分には早いみたいだ、と2人が何を話しているのか全く分からない名前はお茶を流し込むように飲んだ。名前が自分の気持ちに気付くまではもう少しかかりそうである。