「お嬢様はどちらに?」
「此方ではお見掛けしておりません」
「お嬢様を見ていませんか?」
「本日はまだお会いしておりませんね」
その日、ツェレンはお屋敷内を右へ左へ駆けまわっておりました。
ツェレンは奥様がまだお嬢様と呼ばれていた頃からお仕えしている奥様付きのメイドで、お茶入れから護衛までこなせる若いながらにもなかなか年長の使用人のことです。奥様のお茶やお洋服の好みについては、もしかしたら本人よりも彼女が最も把握しているだろうというほど近しい立ち位置の、奥様が姉君のように非常に信頼を置いている女性でした。
そんなツェレンは現在、奥様からの指示でご息女であるレナートお嬢様を捜しているようです。本日お嬢様は来月末に参加するドレスを作るための採寸とデザインを検討する予定だったのですが、いざ時間が近くなっても応接間へ現れないために捜索をされたということでした。
お嬢様は旦那様譲りの気質なのか、自由であることを好みました。まだまだ幼く、非常に活発なこともあってでしょう。
立っているだけで退屈な採寸の予定が入るとふらりと逃げ出してしまったり、いざ着せたら着せたでまあるい頬を更に膨らませて拗ねてしまったりするので、毎度たっぷりなだめるのも奥様やメイドたちの習慣となっておりました。
とはいえやはり少女らしく素敵で綺麗なものは好きなようで、どれだけつまらないと嫌がっても大好きなお母さまである奥様の試着の際には絶対に頬を染めて期待に満ちた目をきらきらと瞬かせてやってくるのです。
そういうところまで幼い頃のお父様の御姿にそっくりだと、その愛らしさがメイドたちにも大変評判な、私たちの自慢のお嬢様でした。
お屋敷の主人である旦那様、レオナ・キングスカラー王子様と奥様のレーヴェ・キングスカラー王子妃様は、髪の毛の先から指先まで、宝石やお花や金や銀など、世界のすべての美しいものを集めて作ったような、一介のメイド程度の言葉では言い表せないほどお美しいご夫婦です。
当然そのご息女であるお嬢様もお二人の美しいところをピックアップして作ったかのように美しく、お父さま様似の艶のあるブラウンの御髪に、お母さま似の透けるような白磁の肌に長い手足、くっきりと長い睫毛の真ん中にはドラゴンの加護の象徴の黄金色の瞳。更に幼さも相俟って、天下無敵の愛らしさを誇っております。
恐らく世界子ども美しさ選手権があったのならば、間違いなくお嬢様が一番になるだろうと白日の峠内ではよく話題になるのです。ちなみに過去大会の覇者は間違いなくかつての奥様にまず違いないでしょう。
王家キングスカラー家と国内最古の家門にして女神ネーマのお膝元、東部の大領主ハーマン家という国内でも最も高貴な血を引く子女として生まれた女性、それがレナート・キングスカラー王女様なのです。
そしてこの物語を語る私は、そんなお嬢様のお世話をさせて頂くという、世界の誰もが羨む働き口を賜ったメイドの一人です。
私が働くお屋敷は旦那様と奥様がご結婚された際に建てられた美しい邸宅で、なんとネーマ湖の畔に神殿としての役割を兼ねている白日の峠にとってとても重要な役割を担う建物です。
女神ネーマには、この何千年神殿などの象徴となる建造物はありませんでした。
というのも、自然を司る神、つまり精霊は自然と一体化しているものであるので、湖そのものが役割を果たしていたためにこの不要だったのです。ゆえに過去にこの御山にネーマ神の寄る辺として存在した建造物は、ネーマ神の伴侶であるアイオロスと共に過ごした邸宅のみであったと伝えられております。
しかし我らが奥様、レーヴェ様がドラゴンを討伐したことで少しばかり状況が変わりました。
ドラゴン、それも神代に存在した伝説の毒龍と同種のものとなると肉や皮などは、貴重や高価などという言葉では現すことのできない価値のものでした。
何せ違法の術により生まれたため、この現代に本来存在するはずもなかった存在であり、研究的においても美術的に未来永劫手にすることもできないほどの素材なのですから。
曰く、ネーマ湖はそれを管理・保管するのにうってつけの場所なのだそうです。
ネーマ湖に接近するには白日の峠の厳しい検問を抜け、更にはハーマン家の邸宅を通過しないことには入ることができません。御山は九割以上が一般の人々は禁足地なので迂回は一切不可能で、証文なく侵入すると様々な女神の魔法によって二度と外に出ることができないと言われています。
屋敷に侵入され多くの苦しみを背負うことになった奥様と旦那様、大切な人を失ったハーマン家の一族や使用人たちなどへの安全や、心身への配慮もあったのでしょう。
様々な功績により正式に聖人に認定された奥様の格にも相応しいとして選ばれた、まさに世界で最も安全なお屋敷なのです。
そんな場所で生まれ育ったお嬢様はまさに世界で最も清らかで高貴なレディと呼ぶにふさわしい御人でした。
そんな尊い私たちのお嬢様は、軽やかな足取りでどこかへ遊びに行ってしまわれたようでした。
お屋敷は王城や、要塞を兼ねているハーマン邸ほど大きくはありません。
疲れ知らずでダンスや芸術より剣術や野山の散策を好む奥様似の自由な活動を好む性質とはいえ、まだ走っては転びを続けるほどの幼い子供なので行ける範囲は限られています。
それでもあの優秀なツェレンが捕まえられていないとなると、お屋敷の使用人たちは皆敢えて口裏を合わせて、お嬢様の可愛らしいかくれんぼに付き合っているのでしょう。今頃満足そうに笑いながら使用人たちから貰ったお菓子を頬張っているお嬢様の姿が目に浮かぶようです。
奥様を養女として迎えたシュナイダー家の義理のご両親もお嬢様のやんちゃ盛りには慣れているので、今頃待ちくたびれることもなく、積もる話を崩し始めていることでしょう。
……いいえ、待ちくたびれるどころか、今頃お嬢様に着せるためのドレスの討論を行っているかもしれません。何せあの部屋にはいま、三人もデザイナーが集ってしまっているのです。今回も色とりどりのサンプルやデザイン目録を前に己の拘りを通さんとすべく熾烈な死闘が繰り広げられている可能性は高いでしょう。
そう考えると、まだまだその会話に混ざれないお嬢様は途中から入室するくらいの方が、ストレスもなく過ごせるのかも知れません。流石は私たちの尊きお嬢様。齢五歳にして天井知らずの賢さです。
ツェレンがぱたぱたと走っていきます。お嬢様の行き先が分かったのでしょうか。私も彼女の後を追いました。
「お嬢様、旦那様」
「あっ、ツェレンとルシだ!」
「よお、そろそろ来る頃だと思ったぜ」
「お二人の逢瀬のお邪魔をしてしまい申し訳ございません」
本日のお嬢様の隠れ家は中庭の旦那様のところでした。
お屋敷の中庭は明るい日差しが差し込むと暖かくなる構造で、程よく静かで生活圏よりも人目に晒されない、非常に穏やかな場所です。
それを造ることに決め、細部まで拘ったのは旦那様でした。
中庭は年間を通して花や実の鮮やかな色が咲き誇る場所で、白日の峠の外へはあまり出ることができなくとも、花が好きな奥様がいつでも楽しめるようにという、旦那様からの心のこもった贈り物なのです。
中央に位置する枝葉の逞しいアカシアの木は元は王宮の中庭にあったそうですが、旦那様の希望で王宮から唯一持ち込まれ、今では良質なお昼寝スポットとして、そしてご夫婦がひっそりと過ごすためのささやかなデートスポットとして屋敷の皆から認識されております。
本日もそのお気に入りの場所でのんびりしていたらしい旦那様も、本日の予定からお嬢様がお訪ねになることを予想していたのでしょう。ティーテーブルには事前にお嬢様用に準備されていたであろうカップや、旦那様一人では手を付けないであろう甘いお菓子が並んでいて、お嬢様も旦那様と珍しく二人きりのティータイムに夢中になっておりました。つい先ほどまでかくれんぼをしていたことなんて、大好きなお父様と過ごす時間に比べればささやかなものなのです。
「お義父様方との討論会はそろそろ収集がつきそうか?」
「はい、背が随分伸びたので、この後お嬢様は再度採寸がございます」
「ええー、あたし採寸やだよお。立ってるだけでつまんないもん」
そうなのです。このかくれんぼが始まったのは、そもそもお嬢様の身長がなんと前回から五センチも伸びていたからでした。
すくすくと美しく逞しく成長しているお嬢様。ゆえに以前採寸した頃より全ての寸法が変化していたため、シュナイダー当主夫妻が訪問することとなったのです。
寸法だけであれば奥様がお伝えできる上、代理人くらいは簡単でしょうが、おじい様おばあ様としてはどれだけ忙しくとも孫の顔が見たいのは当然のこと。突然の訪問決定に対して疑問を覚える者はおりませんでした。
「お嬢様、採寸の際には奥様と旦那様の試着もございますよ」
「えっ! お父さまも着るの?」
「ああ」
「……しかもお嬢様、なんと先ほどわたくしお部屋で少々小耳に挟んでしまったことがございまして……」
「なに?」
「……実はお嬢様の新しいドレスは、お二方のお洋服と同じ布でお作りするみたいですよ……!」
「えっ、おそろい!?」
「らしいな」
「きゃあ!」
私に続いてツェレンがお嬢様にこっそり耳打ち、大好きなお父様とお母様とお揃いのドレスと聞いたからには、すっかりご機嫌になってしまいました。
きゃあきゃあと子供特有の高い声で飛び跳ねてしまいそうなほどはしゃぐ姿は愛らしく、同席した全ての者の心を奪います。ここでお二人の名前を出し誘導することができるツェレンは流石のものでしょう。
普段であれば嫌がってほっぺたを膨らましてしまうでしょうに、興奮が収まらないのか食べかけのクッキーを頬張り旦那様を引っ張って催促する華麗な手のひら返し。旦那様も文句も言わずされるがままになってしまいました。
旦那様は元々子供が好きということはないのだと伺っておりましたが、お嬢様のお顔立ちは子供だから可愛いのではなく、目元や鼻の形が幼い頃の奥様にそっくりなので、愛妻家である旦那様はお嬢様にメロメロになってしまうのです。無邪気な天下無敵の笑顔をされてしまえばいつも抵抗することも適いませんでした。
そもそもそのパーティーへの出席も、シュナイダー当主夫妻へのご挨拶も、ドレスの採寸だって、奥様やお嬢様という手前がなければ旦那様は面倒がって参加しなかったことでしょう。
奥様が喜ぶから、奥様の都合が良くなるから。
旦那様の人生は、奥様ありきで成立していると言っても過言ではないでしょう。そうして己の環境まで良い方向に向かって行くとあれば、旦那様のメロメロ度がうなぎ登りなのも頷けるというものです。
「今日はとくべつに、あたしがお父様をエスコートしてさしあげます」
「これはこれは、とびきり魅力的なお誘いだ」
「お父さまがステキな女の子とデートしたってことは、お母さまにはナイショにしてあげますね」
「そうだな。ヤキモチ妬かれて膨れちまうだろうさ、俺もお前もな」
「うふふふ。お母さまかわいい〜」
「しかし除け者じゃあ可哀そうだ。次はかわいいお母様も誘うから、お前も一緒にデートしてくれよ」
「うん!」
旦那様は昔から怠惰などと言われておりますが、実は奥様とともにとても多忙な日々を送られている御人です。
かつてお二人やエドガーさんとマークさん、そして一時は白日の峠の殆どの人員が所属していた国際魔獣対策協会は、元々邪竜復活阻止を目的として組織されたものであったため、後処理が終わった後は予定通り解体されました。その一部の魔法開発・魔獣素材の研究などの業務と研究員の一部を引き継いで、卒業後旦那様が会社を起業をされたのです。
その本部事務所は白日の峠の街に存在しており、当然社長室も存在しておりましたが、奥様のご懐妊とともにお二人の業務を執務室に移動されました。
起業してからすぐの時は本部事務所で寝泊まりすることもあったほどなので、それがなければレナートお嬢様がお二人と過ごす時間はもっと少なかったことでしょう。
お嬢様が生まれたことがご夫妻の生活を改善するきっかけとなり、より良い方向に向かったのは確かでした。
お嬢様が旦那様を凛々しくエスコートしながら歩く応接間までのささやかで短くとも優しい時間は、きっと旦那様にとってもお嬢様にとっても、生涯大切なものとして心に降り積もっていくのでしょう。
こういう美しい瞬間に立ち会えたと感じた時、私はこのお屋敷に勤めることができて良かったと心から思うのです。
旦那様とお嬢様が応接間に入っていくのに続いてツェレンとともに続きます。義祖父様と義祖母様を見つけてきゃらきゃらと鈴のような声をあげて膝に駆け寄ってくる可愛い孫。それに続いて挨拶をする息子に、それを見守る娘。仲睦まじい娘一家の姿に、お二人の目も思わず弧を描きました。
「今日はルカ兄さまいないの?」
「まさか! お嬢様もいらっしゃるのにあの子が来ないはずがありません。白日の峠で少々入用な物があり、今はお使いに出て貰っています」
「使用人はいるだろうが、もう一人で買い物に行ける年か」
「十歳ですからね。布やら糸やら、自分で使うものを自分の足で行ってあれこれ見て選ぶのが楽しいようです」
「すっかり職人ですね」
「あの子のことだから、うちから持ってきたものだけじゃあなく、レナちゃんにお土産を持って帰ってくるはずよ。夕方には戻るでしょうから、楽しみに待っていてあげてちょうだいね」
「うん!」
シュナイダーの後継者であり奥様の義理の弟君、そしてお嬢様にとっては叔父にあたるルーカス様もお嬢様にはメロメロで、比較的年の近いお二人はまるで実の兄妹のようでもありました。
いつも自分で作った刺繍や贈り物を持ってきて可愛がってくれる親切で紳士な年上のお兄さんですから、お嬢様が大好きにならないはずもありません。そして同時にお嬢様の花婿見極めの目も日々磨かれていることでしょう。
最近マークさんがお付き合いの条件には「もし理想のタイプを聞かれたら、お母様よりも美しく、お父様よりも逞しく、お祖父様方より高貴で、お兄様よりも優しく、叔父様方より寛大な方と結婚すると言うように」とお嬢様にこっそり耳打ちしていたことを知っています。
マークさんもあまり子供好きではないようですが、猫かわいがりしないところが逆に楽なのかお嬢様が懐いているので、それを真に受けてしまったら大変です。理想を高く持つことは必要ですが、それではお嬢様が独り身になってしまいます。
なぜなら、そんな人はこの世に存在しないからです。
高貴で愛らしいお嬢様には既に各地から求婚状が絶えません。しかし旦那様と奥様は家門同士の繋がりとしての結婚を許さない意向を示しておられました。
お二人は元々政略結婚から始まった関係でございましたが、この国の王子様である旦那様はいくつもの選択肢の中から自らの意思で奥様を選び抜き、様々な困難と試練を乗り越え、長い年月をかけて強い信頼を築いた世紀の大恋愛として世間に知られるほど思い合った男女ですので、親とはいえ他者が選ぶことを疑問視するのも当然かもしれません。
それに第二王子である旦那様は、政治の舞台に奥様とお嬢様を関わらせるのにとても慎重でした。ご自身のご結婚の際にも、敢えて婿入りや養子に入ろうとしたという噂もあるほどです。
当時まだ子供だった私にはそれが本当だったのか噂だったのかは分かりません。しかし、現在王子妃である奥様や王女であるお嬢様の入宮や公務が殆どないことは確かで、王都に向かう用事がある際にはお嬢様や奥様には王宮の人間に必要最小限以上に関わらせることのないよう、使用人たちにも言い付けるほどなのです。
私のようなただの使用人にはそのお心の全てを把握ことは不可能ですが、それが旦那様の愛情によるものということだけは理解できました。
同じ国に住む血縁であり従兄にあたる第一王子様や王都の貴人の子供たちより、別の国に住む義理の叔父やご友人の子供たちを優先して関係を持たせたのは、決して交通の便や年齢差だけではなかったのでしょう。
屋敷の主人の姿勢は屋敷の者たちの態度にも影響しました。本来であれば王女様に相応しい呼び方をしなけばなりませんが、現在の彼らの王室から一線を引いた状況や、お嬢様が大層嫌がったこともあって、屋敷内に限り現在の呼称でいることに落ち着きました。
「来月ならまだそんなにお腹も大きくなっていないだろうけれど、一応ドレスの調節は利くようにしておくからね」
「ありがとうございます、お義母様」
「もう性別は分かってるのかい?」
「はい。先週男の子だと診断を受けました」
「男の子か、賑やかになりそうだ」
「愛らしいレナートだけでもこんなに幸せなのに、男の子の孫まで抱けるなんて嬉しいわ」
「あたしの弟だもん、ぜったいかわいいから期待しててね! あたしもステキなお姉さんする準備してるの」
「そうねえ、私も見習って素敵なお祖母ちゃんになれるよう準備しなくっちゃあね」
そんな難しい中でも、旦那様と奥様は再び子供を授かることを望みました。
先週医師の検査で男の子であると診断され、奥様から話を聞いたお嬢様はすっかり「お姉さんらしい」言葉遣いの練習をしながらまだ見ぬ弟に会える日を指折り数え始め、旦那様は「二度目だから」と落ち着いた様子に見えましたが、マタニティグッズやベビー用品を毎日検索していることはとっくに屋敷じゅうの者が知っております。
近頃のお屋敷はふわふわとした歓喜に満ちており、このふわふわはきっと生まれてくるお坊ちゃまを優しく受け止めてくれるに違いないでしょう。
「父と兄夫婦も夕方には此方に来るそうで、ぜひ夕食をご一緒させてほしいそうです」
「それはそれは、美男美女に囲まれて華やかな夕食になりそうだなあ」
「皆さんはお元気? アドラー卿はこの前いらっしゃらなかったから嬉しいわ」
「はい。父には先日も二児の父親になるのだからしっかりしろと喝を入れられたばかりです」
「ハハハ、アドラー卿は私より年上だというのにいつも壮健でいらっしゃる。私も負けていられないな」
「あの方を基準に考えるのはどうかと思いますが……」
「ねえー、お母さまとお父様の試着はー?」
「ああ、そうね、レナちゃんは二人のおめかしした姿が見たいのよねえ」
「うん! おめかし見るー!」
「それじゃあ、二人とも着替えてきてくれるかな。僕らは待っている間にレナートの採寸しておくからね」
「レナート、いい子にしていられるな」
「もー、お父さまったら。あたしはいつだっていい子でしょお」
「それもそうだな。悪かった、お父さまの間違いだ」
「レナートをお願いします、お義父様、お義母様」
「うふふ、任せてちょうだい。何かあったら呼ぶのよ」
シュナイダー家はウェディングドレスが最も世界的にも有名ですが、砕いた魔法石を織り込んだ織物や、特殊な糸を使用して魔法陣を刺繍として縫い付けるという特有の技術を用いて魔法道具を製作することのできる特殊な魔法士の家門でもあります。
勿論当主のアロイス様も当時国際魔獣対策連盟にも登録し、制服などの製作に携わっておられました。
現在ハーマン家が筆頭している討伐隊が着用する衣服や使用人たちのお仕着せまで、すべてシュナイダーが監修したものへと切り替えられ、デザインだけではなく着心地や魔法による効果は小さな町ですのであっという間に町中に広がり、白日の峠でも身近ながらも憧れのブランドとして認識されております。
「ねえねえ、おばあちゃん、ステキなお姉さんはきっと採寸のときもいい子にしてるよね」
「そうね、だからレナちゃんはきっとステキなお姉さんになるわ」
「そうだよね! あたしはお姉さんだから、弟にいい子の採寸のやり方をおしえてあげるの」
「あらすてき」
「じゃあステキなお姉さん、僕たちにもいい子の採寸のやり方を教えてもらえるかい」
「もちろん!」
すっかりめろめろの骨抜きになったおじいちゃんが巻き尺を取り出し膝をつくと、お嬢様はすかさずしっかり背筋を伸ばして腕を上げて立つパーフェクトな「いい子の採寸のやり方」を披露しておられました。流石ステキなお姉さんになる方は採寸一つで下々を圧倒するオーラがあるようです。
元々頭の回るしっかり者として成功を収めていたお嬢様は「ステキなお姉さん」という明確な目標を掲げてから、水を得た魚のようでした。毎日下のきょうだいがいる使用人の話を聞いて回り、絵本を読み、まだ見ぬ弟君と過ごす日々への夢を毎日語っています。
きっとお坊ちゃまがお生まれになったら、毎朝毎晩乳母の元に走って行って話しかけて、歩けるようになったらどこに行くにも手を引いて、本を読むことも泥だらけになることもみんなみんな、教えてあげたいのでしょう。
旦那様にも奥様にも似た可愛らしいお坊ちゃまが、ステキなお姉さんに変身を遂げたお嬢様に手を引かれて、屋敷中を探検したり、ハーマンの直系である彼らにとってほぼ庭とも呼べる御山を駆け回ったり、中庭で仲良くお昼寝をしたりするのを見る日がくるのでしょう。
それらは旦那様や奥様が、そして彼らを支える様々な方々が、懸命に彼らの行く道を切り開き舗装したからこそ、子供たちは無邪気なままにその道を歩むことができるのです。
いつか旦那様が零したそうです。王子とはいえ国政を離れた第二王子と領主の三番目の娘、自分たちは元々持ち物が少ないため、子供に継がせることのできるものは多くないと。
自嘲気味にも聞こえそうな内容ですが、旦那様のご様子はどこか晴れやかだったと、ツェレンは笑っていました。
高貴な生まれでもないただのメイドでしかない私には聞いた話を反芻して想像することしか適いません。しかしそんな私にも、お二人は高い立場と重い責任を持って生まれ、多くの困難を与えられ、決して明るいばかりの人生ではなかったことは想像に難くありませんでした。
そんなお二人がようやく共に歩むことができるようになり、小さな命が生まれ、無垢なままで育まれて、小さな手荷物一つで軽やかに歩いていくことができることは、まるで奇跡のようではないかと思うのです。
ただのメイドでしかない私ですが、その奇跡の一部として、お嬢様やお坊ちゃまの歩む道の小石くらいは除くことができたならば、どんなに嬉しいことでしょう。
「レナート、お待たせ」
「今日もいい子にしてたみたいだな」
「お父さま、お母さま!」
「ああ、やっぱり二人によく似合うなあ」
「素敵よレーヴェさん、きつかったり違和感はないかしら」
「ええ、とても快適です」
「とってもステキ! あたしも着たい!」
「お前はレーヴェに似て美人で色が白いから、この色が似合うだろうな」
「レナ、見えるかい? そう言いながらも光り輝いている色黒美人のお父様の姿が」
「見えるよお母さま。お父さまったら、今日もとってもきらきらのハンサムだねえ」
苦難と苦境を超えたお二人の愛の物語はハッピー・エンドでしたが、実は物語というのは、幕を閉じても続いてゆくものなのです。
しかし私は確信をしています。めでたしめでたしで終わったページの白紙にお二人の手で描かれていく物語が、きらきらと輝くように、とても幸福なものであることを。
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