だって、愛してしまった


婚約なんて、まだまだ俺には関係ないと思っていた。

「ユイ・グローバル嬢だ」
「初めまして。ユイと申します。」

一流ホテルのラウンジで、親父に紹介を受けた女と、その両親と思われる2人が俺に向かって頭を下げる。

聞いてない。こんなのは。
久々に家族そろって食事しよう、ってそう言ったじゃねぇかよ。
いや、そろってはいるがこれは・・・

どう見たって、いわゆるお見合い、ってやつだ。

親父に騙された。
隣に立つ父親を呆れた目で見つめてみるものの、お前も自己紹介をしろ、と無言で訴える笑顔は崩れる気配がない。

「ディアッカ・エルスマンです。」

これはもう開き直ってやるしかない。
頭を下げながら彼女の右手をとり、甲に口付けると、ユイ・グローバルの指先がぴくり、と震えた。

もしかしたらこういうの、慣れてねぇのかもな。
どこに出しても恥ずかしくないような、そんな雰囲気のお嬢様なのに。

あ、逆に大事にされすぎてまだどこにも出されてない的な?

「さぁ、さぁ、食事としよう。」

向こうの両親がホテルのレストランに向かって歩き出す。

俺の手の中から、すっとユイ・グローバルの手が抜けていった。

少しくらい話をしてくれたっていいのに、背を向ける彼女。

女の子自体は嫌いじゃない。
むしろ好きだ。

少し残念に思いながら、彼女の背中を目で追う。

角に差し掛かったとき、ようやく見えた横顔。

何か大切なものを隠すかのように、右手を左手で包み込んでいる。

「へぇ・・・」

見えた横顔は少し赤くて、でも口元は心なしか嬉しそうに笑っているように見える。

「ユイ・グローバル、可愛いじゃん」

さっきまで、面倒だな、なんて思っていたのに。
レストランに向かう足取りは、自然と軽くなった。













顔合わせの翌日、グローバル家へと車を走らせる。

昨日は親同士の会話が盛り上がり、気が付いたときには閉店時間を迎えていた。

結局ユイ本人とは、表面的な会話しか出来なくて、次の約束はどうしようかと考えながらレストランの出口へ向かっている途中、不意に服の裾を引かれた。

後ろを歩いていたのはユイしかいないはずで。

振り返ると、やはりそこには何かを伝えようと真っすぐにこちらを見つめるユイの姿があった。

『明日、お時間ありませんか?』

絞りだされた声はかすかに震えていて。
でも真っすぐな目から一生懸命な様子は伝わってきて。

「可愛かったな・・・」

車の中で一人、口元を緩ませる。

そうこうしている間にグローバル家が見えてくる。
家の大きさも、この街並みも、うちと似てるな。

なんだかそれだけで、親近感を持てるから不思議だ。

「あ、」

玄関の前、すでに外に出ていたロングスカート姿のユイが目に入る。
中で待っていてくれてもよかったのに。

待ち合わせ時間を間違えたか、と時計を確認するが、特にそんなこともなく、時計は待ち合わせの5分前を指していた。

「ごめん、待たせた」
「いえ!今日はよろしくお願いします。」

車を降り、彼女をエスコート。
腰に手を添えると、彼女の身体が一瞬固まったような気がした。

今日のデートは自分から誘っておきながら、本当は余裕がなくて。
今も平気な顔をしているのに、身体は正直で。

見え隠れする彼女の本当の姿がなんだか可愛くて、少しだけ意地悪をしたくなるような、そんな気持ちが芽生えたのを自覚する。

「とりあえず昼飯食いに行くか。」
「はい。」

ほほ笑む顔を横目で確認し、車を発進させた。

初めてのデートなのに、彼女が隣にいることが、妙にしっくりとくる。
なんだろうな。

走らせる車の中、どんな食べ物が好きだとか、どんな勉強をしてきただとか、趣味は何だとか

そんな基本的な情報交換だけであっという間に時間は過ぎ、話題に困ることはなかった。







「昨日の顔合わせ、ディアッカさんはなんて聞かされてたんですか?」

ユイが先に運ばれてきたドリンクのストローに口をつける。

「久々に家族そろって食事しよう、って」
「騙されたんですね。」

クスクスとユイが笑う。

「まぁ結果的に嫌じゃなかったからいいんだけど。」
「よかったです。安心しました。」
「安心?」

はっとした顔で、ユイが口元を押させる。

「いえ、なんでも」
「安心したんだ。」
「・・・・はい。」

ユイが顔ごと視線を窓の外の海へと向ける。
横を向いても顔の赤さを隠しきれていないことに、彼女は気づいているのだろうか。

「おまえは?」
「え?」
「なんて聞かされてたの。」
「私は・・・」

再びこちらを向いたユイが視線を泳がせる。

「あ、きた。」

タイミングよく運ばれてきたサラダのせいで、答えは聞けないまま。
彼女は少しほっとした表情でサラダを口に運び出した。

でもそんな顔をされると、何を隠そうとしているのか気になってくるもので。

「?」
俺の視線に気づきユイが疑問符を浮かべる。

逃げられたと思うなよ?あとで聞かせてもらうから。

「いただきまーす!あ、うまい。」
「はい!おいしいです!」

ここのサラダ、こんな美味しかったっけか?
いや、まぁ美味かったからここに連れてきたんだけど。

記憶しているよりも数倍美味しく感じる目の前のただのサラダが、なんだか不思議だった。






サラダ、メインのパスタを食べ終えたユイがフォークを置く。

「お待たせしてしまいましたね。」
「いや、全然。」

ユイは俺が先に食べ終えたのを気にしていたようだったが、俺は俺で待っている時間を楽しんでいた。

昨日の会食中は緊張もあったのか、ただただ静かに食事をしていたユイ。
でも今日は昨日より緊張が和らいでいるのか、すげぇ美味そうに食ってるから。
見てるだけでも、退屈なんてなくて。

「飽きねぇわ。」
「え?」
「いや、なんでもない。」

こいつのこと、もっと知りたい。
彼女への興味が沸き上がる。

「海、見に行くか。」
「え?」
「あ、違った?ずっと海見てるから好きなのかと思ったんだけど。」
「ち、違わないです!」

ぱっと彼女の顔に花が咲く。
へぇ、そんな顔もするのか。

胸の内に、温かいものが広がる。

「よし、じゃぁ行くか。」

俺が目の前に手を差し出すと、ユイは一瞬躊躇ったあと、その手をとった。

「緊張してる?」
「・・・はい。」

正直に答えるユイに、くすりと笑いが漏れる。
そのまま手を引き、前へと足を踏み出した。

歩いている間特にこれといった会話はなくて

それでも、不思議と気まずさはなかった。

手の中の温もりが、ただ俺に安心を与えてくれる。
なんだろ、これ。

女の子と手をつないだことくらい、今までだってあったのに。

「この辺りでいいか。」
「はい。」

海を見下ろせる段差へと腰を下ろす。
それなりにお嬢様だろうし、こんなところに座るの嫌がられるかと思ったけれど、意外とそうでもないらしい。

何も気にすることなく、ユイもすっと腰を下ろした。

離した方がよいかと一瞬悩んだ手を、離したくなくて。
二人の間に置いたまま、ぎゅっと握る。

「さっきの続き、聞かせてくれる?」
「さっきの・・?」
「おまえはなんて聞かされてたのか。」

もう忘れていると思っていたのだろう。
一瞬目を見開いたユイが、すっと反らした視線を地面へと向ける。

そのままユイは空いた方の手で膝を抱えた。

「私・・・会ったこと、あるんです。会った、って言っても、私が一方的に見たことがあるってだけなんですけど・・・」
「そうなの?」

ちらりとこちらを見たユイが、小さく頷く。

確かユイの両親は建築家だったか。
建築家の娘と会う機会だなんてそんな・・・

記憶を掘り起こしてみるものの、心当たりが見つからない。

「1ヵ月前です。日舞の舞台で・・・」
「あぁ・・!」

そうか。あの舞台の建築をしたのが、ユイの父親か。
それならきっとVIP席にでもいたのだろう。
そういうことか、と腑に落ちる。

「引きませんか・・・?」
「何が?」
「私・・私、父に頼んだんです。」
「頼んだ?」

俺の視線に耐えられなくなったのか、ユイは顔を抱えた膝に埋めた。

「私、これでもチャンスは自分でつかみに行くタイプで・・っ」
かろうじて見える耳は真っ赤だ。

「俺を婚約者候補にしたいって?」

離れて行こうとする手を反射的につかみなおすと、ユイの肩が揺れた。

「ちょっと・・・違います。」
「ちょっと、って何?」
「・・・・したぃ・・って」

小さく何かをつぶやいたユイの顔が、俺と反対を向く。

「ユイ、聞こえねぇ。」
「・・・・この人と、結婚したいです、って!」

ちょ、まじか。

開き直ったのか、ユイが顔をこちらに向けた。

真っ赤になったユイの瞳には、なぜか涙が溜まっていて。

ユイは俺が引くんじゃないか、なんて心配していたけれど、そんなことは全くなくて。

いや、むしろ逆。

なんかもう、やられちゃったかも。

「なぁ、ユイ」

俺は向き合うように移動し、空いていた反対の掌を、ユイの熱くなった頬にあてた。

まだ出会って2回目だけれど、こいつの隣はなぜか心地よくて。
ただのサラダでさえも、いつもの何倍もおいしく感じられて。
大人しそうなのに、意外と大胆で。
なんだか、ずっと一生懸命で。

そんな君だから

「俺と結婚してください」
「婚約者としてのご紹介ですから、最初からそのお話だったはずですけど・・私が言うのもなんですが・・・。」

口ではそう言いながらも、ユイの目には今にもこぼれそうなくらい涙が溜まっていく。

「いや、まぁそうなんだけどさ。ちゃんと言いたくて」
「なぜですか・・・?」
「だって・・・」


だって、

してしまった


本当に自分でもびっくりするくらい、目の前の君が愛しくて仕方がない。







***あとがき***

ささら様に捧げます。

リク内容:婚約者設定で甘めの初デート

唯一いただけた種夢リク!
よいものにしたい!と思いすぎた結果、仕上がるまでに1ヵ月近くかかりました 笑
のわりに、てかんじですが 笑

女の子慣れしてるディアッカが、本気の恋に落ちるまでのお話を目指したので、そうなってたらいいな、と。
大人しめヒロインになりましたが、気に入っていただければ幸いです。
(そして恐らくこのヒロインは本当はそんなに大人しくもないはず。笑)


2019.08.26

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