花より団子それよりも

「ねぇユズル、今日どこ行く」
「どこでも」
「もー!いつもそればっか」

止まることのない近代化、なんと便利な時代になったのだろう。アプリをサクサクとスライドさせれば出てくる様々なお店の割引に感心していると、ふと隣で座っているユズルが、けだるそうにくぁっと大きく欠伸をした。このままでは寝てしまいそうなので、再度声をかけてみる。

「ハンバーグもいいけどパスタもいいよね」
「……」
「む…ユズルは何食べたい?」

しかし、返事は帰ってこなかった。ユズルは先ほど欠伸をしたせいで目に浮かんでいる涙をぬぐいながら、スマホの画面を凝視している。むっとして次はそのスマホを手のひらで蓋をして質問形式で問いかける。するとようやくこちらを向いた。邪魔、そう言っているような鋭い瞳をしているが気にせず会話を続ける。

「なにがいい?」
「カレー」
「そんなの……」

どこのお店でも大体メニューにあるじゃないか。分かり切ってはいたが、やはりユズルの意見は参考にならない。一目でわかるように頬をくらませて不機嫌をあらわにしているのに、ユズルはそんなことお構いなしに、未だにスマホの上にある私の腕を強制的にどかして、再びスマホをいじり出す。現代っ子め、スマホばかり触りやがって。

「ユズル―。どこにしよー」
「めぐが食べたいところ行けばいいよ」
「んなこと言われても……」

あれも食べたいしこれも食べたい、ユズルだって私が優柔不断であることを知っているはずなのに、意地悪が悪い。店さえ決まっていればまだメニュー表と格闘して何とか選べるのだが、それが店までとなるといよいよ目が回ってしまう。ユズルには食い意地が張っているだけだ、と言われたことがあったが、その際にはぐうの音も出なかったのをよく覚えている。

「うーん……ここ、か、ここ、かなぁ」
「へぇ……二択まで絞れたんだ」
「あっ、こっちドリンクバー今無料だ」
「……へぇ」
「あ、でもこっちはハンバーグ割引してる……!」
「……」

だめだ、絞るためにと2つのお店を調べれば調べるほど迷いドツボにはまっていく……。黙ってしまったユズルの呆れた眼差しを横に感じながら、頭を抱える。こんなとき鳩原先輩がいてくれたら割引は今日までだからじゃあ今回はこっちにしようだとか、値引き大きいからこっちがいいかも、とかアドバイスくれるのに……

「ゆ、ユズルどうし」
「頑張れ」
「まだ言ってないのに!」

そんな意地悪言わないで助けてよ!ぐらぐらその肩をゆすってみても、スマホから目を全く離さないその姿は、スマホに憑りつかれてしまっているのではないかと疑うレベルである。可愛げのない弟弟子を不満げに見つめてみるが、それに多分彼は気づいてすらないので、ユズルと共に座っているソファにぼふっと乱暴に座りなおす。

「ちょっと暴れないで」
「暴れてない」
「動くな」
「弟が反抗期だ……」

元々抑揚のない喋り方であるためか、ぴしゃりと放たれた怒気の籠った4文字がますます威圧的に感じる。驚半分恐怖半分で硬直していると、背後の作戦室の扉が音を立てて開いた。

「お、ユズルとめぐちゃんいたんだね〜」
「ぞ、ゾエさん……ユズルが、反抗期……」
「え?ユズルそうなの?」
「違う」

ファミレスのホームページを表示しているスマホを放り出して、涙目ながらにゾエさんに飛びつく。良い体格のせいで、大きいサイズである衣装の裾を縋るように掴む。ユズルから隠れるようにその背中に隠れると、無言でその横をすり抜けて影浦先輩がソファへと向かって歩いていく。

「めぐ、そんなことより早く行く場所決めて」
「だって……決めらんないんだもん……」
「お、何々今日も一緒にご飯に行くの?」

もはや半べそ状態の私を背に隠しながら、ゾエさんは呑気に「相変わらず仲が良いね〜」なんてぼやいている。もはや喧嘩状態になっている様子はゾエさんの目には映っていないのだろうか。ゆっくりソファへ近づくゾエさんの背中にコアラのようにぴったり付いて近寄っていく。

「ファミレスねぇ、最近行ってないなあ、いいなぁ」
「お前この前行ったばっかだろーが」
「ええ、そうだったっけ?」
「惚けやがって、覚えてんだろ」
「……行きたいならゾエさんカゲさんも一緒に行く?」

え、思わず苦い声を漏らしそうになったのを、ばっと手で口を抑えて何とか堪える。え?一緒に行くの?なんて思っている間に、ゾエさんが「わぁ!いいの!?」なんて嬉しそうに言うから、何も言えなくなる。

「めんどくせぇ……」
「カゲも行こうよ!」
「っチ……」

否定はしないんかい。これ絶対なんだかんだで来るパターンだ。数か月であれ影浦先輩の天邪鬼のような台詞の訳し方はなんとなくだが身につけている。これでは女子私だけじゃないか、冗談じゃない。青ざめたその時、背後から両肩にずしんと重みがかかり、思わず肩が跳ねる。

「おいおい、お前ら私抜きで集まって何してんだ?」
「光ちゃん!」

良かった!まだ帰っていなかった!光ちゃんがいてくれればこのメンバーが囲むテーブルでも怖くない!救世主の登場に期待を胸に背後の彼女を振り返れば、すでに帰宅準備を整えてコート姿の彼女がにやりと笑っていた。

「なんかの作戦会議かぁ?」
「いまね、みんなでご飯行こうって話してたんだよ。光ちゃんもどう?」

ゾエさんの台詞に、すがるようにして光ちゃんの返答を待つ。

「えーまじか。私これから女子会行くんだけど」
「え」
「そっかあ、じゃあ仕方ないね」
「皆ってことはめぐも行くのか?」

その台詞にぶんぶんと頭を振る。出来れば助けてほしい、そんな願いを込めて強く頷いてみるのだが。

「ちぇ、先手取られたかぁ。しょーがねぇなあ。じゃ、そう言うことでまた明日な!」
「ひ、光ちゃん!」

どうやらそれが彼女に届くことは無かったらしい。なんなら「じゃあめぐは借りてくぜ!」的な台詞と共に連れ去ってくれてもよかったのだが、そう上手くはいかないようだ。絶望感にかられながら彼女が去っていった扉を呆然として見つめる。

「……めぐ」

いつの間にかソファから立ち上がっていたのか、ユズルが自身のスマホをいじりながら横に立っていた。何回かスマホをスライドさせて、今度はその液晶画面をそっと私の方に寄せてくれる。しかしそれだけではよく見えないので、彼の方にそっと頭を寄せて彼のスマホを覗き見てみた。

「ほら、ここ」
「あ……」

そこには数々の美味しそうなデザートが表示されていて、思わず声を零す。このお店、確か最近オープンしたとって光ちゃんが教えてくれてたお店だ。

「今オープン記念でデザート安いんだって」
「チョコパフェ……」
「めぐ好きでしょ」

その言葉にコクコクと頷く。

「ここならパスタとかもあるからご飯も食べれるだろうし」
「カレーも?」
「あるある」

後ろでは既に何を食べるかという話し合いが影浦先輩とゾエさんの間で繰り広げられていた。そういえばあの2人とは影浦先輩のお店でしかご飯を食べたことが無かったが、どんなのを食べるのだろう。2人とも肉が好きそうに見えるが、意外とベジタブルな感じなのだろうか。僅かに好奇心が生まれてふと口元が緩む。

「だから元気出して、早く準備して。閉まっちゃやだし、早く行くよ」
「うん!ユズルありがとう!」
「はいはい」

鳩原先輩、ユズルは反抗期ではなくてツンデレなだけだったようです。スマホずっと見ていた理由がもしもこれを調べてくれてたとしたら、と思うと増々にやけが止まらなくってしまう。それがばれたのかユズルにデコピンされてしまったが、ユズルも頬が少し赤いことに気が付いてしまったので、これはまだ顔を直すのに時間がかかりそうだ。
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