音のおまわりさん

「なんだ、それで結局おごったのか」
「しょーがねーだろ」

ったく、遠慮せず全員ガツガツ食いやがって。そう言つつお好み焼きを作る手を止めない影浦を見て、なんだかそれが妙に面白く思えて荒船はふっと息を零した。

「お前もなんだかんだめぐに甘ぇよな」
「あ?おめーと一緒にすんな。モンペ野郎」

約6カ月前、人混みをかき分けた先、大泣きしているめぐが視界に入ったときは、荒船もぎょっとした。元来泣き虫であることは知っていたが、人前でああも派手に泣いてしまうのは珍しい。彼女が泣き出したことに驚いたのは、泣かせてしまった張本人である影浦も同じだった。嗚咽の止まらないめぐがユズルに連れて行かれるのを傍目に見送り、話したことが2人の脳裏に蘇る。

(めぐ、やっぱり浦隊には合わなかったか?)
(っチ……)

わかってましたと言わんばかりの荒船の発言に無性に苛立ち舌を打つ。なんせ影浦にめぐを泣かせるつもりは微塵もなかったのだ。ならば、なぜめぐが泣いてしまうほど威圧的にまくし立ててしまったのか。その理由は単純で、彼女のように気の弱い年下への扱いがわからない、ただそれだけだった。影浦の周りにはユズルや光のように鋼の心を持った年下が多い。めぐのような人種と深く関わることは初めてだったのだ。そもそも影浦は、本当に彼女がわざと撃っていないということはサイドエフェクトによって気づいている。多少の苛立ちはあったが、責め立てるつもりはなかったのだ。

「でも珍しいよな、お前があんだけ他人のこと構うのも。ただ単に、腹が立っただけじゃないんじゃないのか?」
「うるせぇ」
「はは、こりゃ図星か」

そう言って笑う荒船を、いつもの鋭い瞳で睨みつける。荒船の言う通り、影浦もめぐに少し他とは違う感情を抱いていた。ユズルが連れてきた小さな少女、彼女には見覚えがあった。前に荒船が一緒にいるのを何度か見かけたことがあったのだ。荒船に対する怒った顔や嬉しそうな顔、コロコロと表情を変える彼女。色々覚えてはいるが、特に人懐っこい犬のような印象が強くあった。影浦の周りにはあまり見ない性格だからかもしれない。

(……めぐ、挨拶して)
(雛森めぐです……。えと…よろしくお願いします)

初めて隊に来た時。目があった瞬間、あからさまに怯えられたのをはっきりと思えていた。サイドエフェクトからも、その恐怖や怯えといった感情がぐさぐさと肌に刺さり、無性に苛立ったことをよく覚えている。ユズルの野郎、なんて厄介なのをつれてくるんだ。初めこそ、そう思っていたが、それはだんだんと変わっていった。荒船に向けられていた人懐っこい感情が、すぐに影浦にも向けられるようになったのだ。元々負の感情を受け取りやすい性質ではあるが、好意を感じ取れないわけではなかった。

「お前もあいつに毒されたか?」
「んなわけあっかよ」

荒船が可愛がっている気持ちが少しわかる気がした。密かにそう感じた影浦ではあったが、絶対口になんか出さない。あの騒動の後、作戦室にてあった彼女は、案の定、影浦の方を一向に見ようとしなかった。ソファの上で縮こまる小動物のような姿。コンビニで買ってきたお菓子を、彼女の前の机にドサッと置く。もしかしたら荒船の言うとおりかもしれない。懐かしい記憶を思い出しては、密かにそう思ったのであった。





「ユズル!見て見て!!10発全部真ん中に当たった!!」
「……良く出来たんじゃない」

雛森めぐと絵馬ユズル。彼女たちが姉弟弟子であることを知っている人間は、その2人の様子に密かに疑問を抱く。姉弟子であるはずの雛森めぐは、目をキラキラさせながら話しているのに対し、弟弟子である絵馬ユズルは、それをよくやったと褒めている。普通、逆なのではないのだろうか、と。

「やったあ!」
「良かったね」

身長もユズルの方が大きくなってしまった今。実際はめぐの方が2歳も上であるわけだが、きっと知らない人が見たら、兄妹弟子と勘違いしてしまうのだろう。しかし、当の本人たちは、それが当たり前とでもいう様に、毎度の訓練の度に繰り広げられているこの光景。周りの人々も口を挟むことはしなかった。訓練の度隣同士で仲睦まじいその姿が、毎回訓練の定番の光景となっていた。しかし……





「光ちゃん、ユズルは〜?」
「んぁ?来てないぞー」

ソファに悠々と座ってゲームをしている光ちゃん。まじか、今日ユズル来てないのか。慌ててポケットの中のスマホを確認すれば「今日訓練いけないから、よろしく」との素っ気ない新着メッセージの通知が来ていた。今日は1人なのだと認識した途端に重くなる胸を抑えながらも、とぼとぼと訓練室へと向かった。

「127人中30位……」

いつもなら調子が良ければ10位ぐらい、普通でも20位ぐらいはいけるのに。理由は何となく予想ついていた。隣の席をそっと見れば、あまり面識のない人物がいる。いつもは見慣れた顔があるというのに。隣にユズルがいないことでこんなにも影響が及んでしまうのか。と、弟弟子にこんなところでも依存してしまっているのを感じて頭を抱えたくなる。

「奈良坂先輩〜!」
「日浦」

その言葉に振り返る。後ろの方で、よく1位を取っている三輪隊の奈良坂先輩に駆け寄っていく那須隊の日浦さんの姿があった。彼女たちも師弟関係らしく、こうした合同練習の際には、よく一緒にいる所を見かけていた。

「先輩!順位、前より3位上がりましたよ!」
「よくやったな。しかし、油断するなよ」
「えへへ、もちろんです!」

にこにこと笑う日浦さんは物凄く嬉しそうで、それを見守る奈良坂先輩の表情は優しくて穏やかだ。師弟仲睦まじく、心温まる光景なはずなのに。なぜか胸がぎゅっと締め付けられてたまらない。足が縫い付けられたように動かなくって、瞳までもがその光景に釘付けになっている。

(鳩原さん鳩原さん!)
(え?)
(初めて的に全部当たりましたよ!)
(ふふ、良かったね。いつも頑張ってるからだよ)

めぐ

あの人が優しい声で、ポカポカとひだまりみたいに暖かい笑顔を浮かべながら、私の名前を呼ぶ。そんな映像がよみがえる。しかし、それをこの目に見ることはきっと叶わない。私にはもう、日浦さんのように報告をできる師匠なんていないのだ。鳩原さんに自慢を話すことだって、笑いかけてもらうことだって、名前を呼んでもらうことだって。もう何一つ、できやしないのだ。頬を伝う生ぬるい感覚。一筋の涙に気が付いて、慌てて小さく仕切られた狙撃用ブースに隠れるようにしゃがみ込む。

「おぉ〜。みっけた」

誰にも見られてしまわないように。なのに、そんな私の思惑とは裏腹に、無慈悲にも、背後から聞こえた聞き覚えのある呑気な声が聞こえてくる。それと同時に頭をポンポンと優しく撫でられた。独特な訛りの仕方のせいか、聞きなれた声のせいか、それが誰なのかはすぐに分かって。

「めぐどうしたんー。こんなところで丸まったりして」
「隠岐せんぱい……」
「最初、アルマジロかなんかかと思ったわ」

これは観念するしかないようだ。不思議がる声に、意を決して立ち上がり、振り向こうとする。その刹那、グイっと頭を下に押しされて驚く。思わず頭を抑えれば、頭に乗っているサンバイザーに気が付いて、これを乗せられたのだとようやく理解できた。

「前向かんでええから。そのまま歩き」
「でも……」
「うちの作戦室珍しく誰もいないはずやから。おいで」

「新作ゲーム、この前イコさんが買ってきてたみたいやから、久々に遊びましょ」どこか楽しそうに弾む声で話しながら、ぐいぐいと私の腕を強引に引っ張っていく。導かれるままについていく。そっか、私にはまだ、こんなにも優しい師匠がいてくれるんだ。つくづく私は人運に恵まれているんだなと思えば、再び目頭が熱くなってしまった。

作戦室に入れば、生駒隊の人が勢ぞろいしていて、話が違うと怒る私。隠岐が弟子泣かしたとか隠岐が誘拐したとか騒ぐ声。顔を青くする隠岐先輩。そんなふうに一波乱あるのは、また別の話である。
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