大好きテディベア

ガヤガヤと煩い機械音だったりとか、音楽だとか、やっぱり私はこの雰囲気が苦手である。友達と来るのであればまだ平気ではあるが、よりによってこんなところに1人で来る日が来ようとは、夢にも思わなかった。

「あっ……くまさん」

ふとあるUFOキャッチャーの前で止まる。もふもふとしていそうなのがひと目でわかる大きなぬいぐるみ。両手で抱きかかえられるぐらいのサイズだろうか。手に握りしめられているのは、UFOキャッチャー5回分無料、とでかでかと書かれている紙切れ。どうしてこうなってしまったのか、それは数時間前の学校での出来事が原因である。





「笹森君、古典のノートどうぞ」
「あ、雛森さん、ありがとう」
「え!?日佐人めぐちゃんからノート借りてるの!?」

何時の間に!ずるい!そうはしゃいでいるのは嵐山隊のスナイパーである佐鳥君。いやあ、流石。女の子おだてるのが上手だなぁ。なんて思いつつ、焦ったような笹森君にひどいタイミングで渡してしまったことを心の中で謝罪する。

「はは、雛森は字が綺麗だしまとめるの上手いから助かるよ」
「いや、そんなことないです……」

この前なんてユズルに「字が小さくて読みずらい」とか言われたぐらいだし、もう1人の同級生半崎君からは「ノートがカラフル過ぎて絵本に見える」とかいうよく分からない文句を投げられた。思わずノートの角で頭をゴツンしてしまったのは黒歴史である。

「女子のノート借りるとは……。お前も中々やるな」
「いやあ半崎が借りてたから、成り行きで……」
「え、まさかの女子から借りてないの俺だけ!?」

さもショックだったのか、青ざめていく佐鳥君の顔。男子高校生にとって女子のノートを借りることは思った以上に重要なステータスであるらしい。なんかよくわからないけど青春してるな、なんて呑気なことを思いつつも、すっかり帰り時を見失う。

「あ!そうだ雛森さん」
「え?」
「雛森さんって、UFOキャッチャーとかする?」
「……へ?」

二度にわたり、こぼれ出た素っ頓狂な声。突然の質問に目を丸くする。質問の意図が読み取れずに目をぱちぱち、瞬きすれば、困ったように笹森君が頬を掻く。

「しない、か……」
「めぐちゃん大人しいし、ゲーセンとかあんまりいかなさそうだよな〜」

全くその通りでございます。肯定の意を込めて、大きく頷く。

「実は、この前買った漫画にUFOキャッチャー無料券ついててさ」
「へぇ……そうなんだ」
「コラボしてるんだってさ!」
「そう、俺持ってたの今日まですっかり忘れてて……。期限明日までなんだけど。俺、今週防衛任務で行けないんだ」
「それは、勿体ないね」

そこでようやく先ほど投げかけられた質問の意図が理解できた。だからその無料券の貰い手を探しているというわけか。そう言うことであれば半崎君は確かゲーム好きだったはず。もしかしたらゲーセンにも興味があるのかもしれない……

「それなら半崎君は?」
「それが、あいつも用ありなんだよな。ランク戦に向けて練習するんだと」
「なるほど……」
「お礼にどうかと思ったけど……しないんじゃいらないよなぁ」
「佐鳥が一緒に行ってあげたいところなんだけど、うちも取材があるんだよね〜」

みんな忙しそうだ。ペラペラと薄い髪を音を立てながら弄んでいる笹森君。そこに書かれているゲームセンターの名前、場所はなんとなくわかっていた。ゲームセンターなんて、足を運んだの、いつ以来だろうか。そこに描かれているのは、恐らく笹森君が買った漫画のイラストだろう。少年漫画の主人公らしい男の子が描かれていた。どことなく荒船先輩に似ている。

「……あの、笹森君」
「ん?」
「それ、もし良かったら、その……もらっても、いいかな?」

瞬間、相当驚いたのか、まるまると目を見開いた二人がこちらを向く。ああ、やっぱり言わなければよかった。後悔しても、もう遅いのだが。





というわけで、今現在に至るわけである。UFOキャッチャー無料券、というからもらったわけだが、まさか5回無料だったとは。500円なんて普通の高校生にとっては大金である。そんな高価なもの、迂闊に欲しいだなんて言ってしまったことを今更後悔していた。それなのに笹森君は二つ返事でいいよ、とそれをくれた。あの寛大さ、影浦先輩にも見習ってほしい。彼には今度改めてお礼を言おう。

そんなことを思いながら、透明な隔たりの向こうにあるもふもふのぬいぐるみに目を奪われていた。中央にどん、と座っている黒を基調としたテディベア。少し垂れ気味の自身のなさそうな瞳。なんだか鳩原先輩にそっくりだ、そう思った。気が付けば店員さんと先ほど交換してもらっていたコインを機械の中にいれていた。しかし、入れたはいいが、こんなこと経験がない。やり方もわからない上に、人見知りの私は後ろを行き交う人たちの視線も気になり、なかなかスイッチを押せない。

「……ど、どうしよう」

そんな呟きは、賑やかな騒音に混ざって消えていく。ボタンに伸ばした人差し指が、緊張のせいか羞恥のせいか、ふるふると情けない程に震えだす。いよいよ半泣きになってしまったその時

「……雛森?」

ふと、背後から声が駆けられた。しまった、とんでもないところを知人に目撃されてしまった。瞬間、ぶわっと噴き出る汗。恐る恐る振り返れば、そこには想定外の人物が立っていた。

「村上……先輩?」
「珍しいな、こんなところで」
「ひぇ……え、えと……」
「……」

ぴたり、対面するようにピタリと止まってしまった村上先輩。微動だにすることなく私が言葉を紡ぐのを待ってくれていた。人見知りのせいでセリフを紡ぐのに時間のかかるたちの悪い性分だ。いつもであれば有難いと感謝するところであるが、あいにく今は去ってもらえた方が嬉しい。

「……UFOキャッチャー、してたのか」
「えと、そう……です」
「そっか、悪い。邪魔したな」
「い、いえ……」

これは去っていく流れだな。密かに安堵した。しかし、言葉とは裏腹に村上先輩は去っていく気配がない。なにか考え事をするように村上先輩の瞳が空を泳ぐ。影浦先輩や荒船先輩達とは同い年の村上先輩。身長のせいか、彼らよりも少し近いように感じるその瞳を見つめ続ける。

「雛森、もし良かったら……その熊、俺に取らせてくれないか?」
「……え?」
「練習したいんだが、生憎取ったぬいぐるみの行く場に困って……もしお前が良かったらでいいんだが」
「も、もちろんです!」





「あの、こんなもらってしまっていいんですか」
「ああ、構わない。こちらこそ良い練習になった。重くないか?」
「はい、これぐらいなら全然……ぬいぐるみ軽いので……」

まるで穴に吸い込まれていくように次々落ちていくぬいぐるみたちを見たときは目を疑った。サイドエフェクトのおかげで、人より技を習得するのが早い村上先輩。その噂は荒船先輩から聞いていたが、まさかこれほどまでとは。こんなところにまで活用できるなんて、と感動している間に、何時しかぬいぐるみの量は莫大なものになっていた。

「でも……なんか悪いです。結局村上さんに金まで使わせてしまって……せめてお金だけでも」
「雛森は荒船の弟子だろ。なら俺の妹弟子みたいなものだからな。気にするな」

ポンポン、頭を撫でる手のひらの大きさは、荒船先輩や隠岐先輩に似ていた。でも荒船の荒々しい撫で方とも、隠岐先輩の優しい撫で方とも似ていなかった。しっかり頭の上において、髪型を整えるような手つき。それはどこか私の一番最初の大好きな師匠に似ていた。

「ありがとうございます」

頬が緩む。鳩原さんみたいなテディベアを両手に抱えて、その他沢山取ってもらったぬいぐるみだとか、キーホルダーの数々を詰め込んだ袋を背中に担ぐ。傍から見たらまるでサンタさんである。ユズルのように無気力なリスのキーホルダー、荒船先輩に似たつり目のキツネのぬいぐるみ、隠岐先輩みたいな優しい顔した兎のぬいぐるみ……とにかくたくさん入っている。

「……また、欲しいものがあったらいつでも言ってくれ。……じゃあ俺はこれで」
「あ……はい!あの……!ありがとうございました!」

そうすれば、村上先輩は振り返りこそしなかったが。代わりに手をふわりと上に上げて足早に去っていった。その背中を見つめて、ふと一息ついた。

「……これ、どうしようか」

これから、防衛任務なんだけどな。間違いなく皆に驚かれてしまうのだろうな、と思いつつ、なぜか悪い気はしなかった。村上先輩が、実は私がゲームセンターに神妙な面持ちで入るところを見かけた先輩が、心配して着いてきてくれていて、見守ってくれていたこと。練習なんて嘘だったこと。そんな事実を私が知るのはもう少し後のお話である。
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