ビシュナルとフレイが夫婦の関係になって数年。
彼からプロポーズされた日のことは今でも鮮明に思い出せる。結婚してほしい、絶対に幸せにする、と。そんな風にまっすぐ伝えられて迷うことなく彼の手を取った。
記憶を失ってセルフィアに落ちてきたあの時はまさか自分がこの町でお互いを支え合う伴侶と出会うなど想像すらしていなかったけれど。
結婚して変わったことと言えば同じ部屋で生活するようになったことくらいだ。結婚前からビシュナルは仕事の関係でよくフレイの部屋を訪れていたから彼が部屋にいること自体は特に不思議な光景でもなかったけれど、同じベッドで眠るのは最初の頃は流石に少し緊張した。
それも今は慣れてしまって隣で彼が眠ることに安心感を覚えるのだから、不思議な話だ。
「姫、今日のお弁当はおにぎりです! これくらいなら僕にだって作れるんですよ」
嬉しそうな表情でおにぎりを手渡すビシュナルにありがとう、と告げる。
少し不恰好な形のおにぎりはきっと料理が苦手な彼が早起きして何とか形にしたものなのだろう、と思うとそんな彼の優しさが身に沁みる。
「ビシュナルくん、結婚したばかりの頃と比べて料理が上手くなったね」
「本当ですか? 姫においしいご飯を食べてもらいたくて毎日特訓してるんですけど、そう言ってもらえると嬉しいです」
結婚した当初、彼が作ってくれる弁当は炭のような黒い塊が殆どで、たまに出てくるおにぎりも今以上に形が不揃いだったと記憶している。
それが今ではおにぎりの形もかなり綺麗になったし、相変わらず料理を失敗してしまうことはあるけれどその頻度は随分と減った。最近ではカレーライスを作ってくれることもある。
——彼が自分の為に料理を上達したい、と思ってくれることが何より嬉しい。もちろん執事として料理も掃除もそれ以外のことも出来るようになりたい、という気持ちは元々人一倍強かったのだろうけれど上達したい理由のひとつに「伴侶においしいご飯を振る舞えるようになりたい」というものがあるのだとしたらこんなに嬉しいことはない。
今は自分たちの間に子供はいないとはいえ、いつか子供に恵まれたときに生まれた子供に「パパのごはんおいしいね」なんて言われる日が来るのかもしれない。もしかしたらママのごはんより好き、と言われてしまうかも——。
そんな、恐らく遠くはないであろう未来を想像して温かな気持ちになる。
「今日の夕飯も僕にお任せください!」
「え、でもビシュナルくんも忙しいんじゃ」
「執事として、夫として、姫のことを少しでも支えたいですから」
たしかにお互いに忙しい身ではあるけれど、流石にビシュナルに家事の大半を任せきりにしてしまうのは抵抗がある。
彼は忙しくて日中帰れないフレイの代わりに部屋を隅々まで掃除してくれていることもあるくらいなのだ。それでいて自分の仕事を休んだり手を抜いているというわけでもない。ヴォルカノンのもとで行われる執事としての修行はかなり厳しそうなものだったが。
「せっかくだから、ビシュナルくんと一緒に作りたいな。……だめ?」
「だ、だめじゃないです! 姫が良ければ二人でやりましょう!!」
……結婚してから、繰り返されるこんな日常がとても幸せで。フレイは思わず顔を綻ばせた。
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