「リシェット。これ、ミランダさんから」
「わあ、前にミランダさんに頼んでいた品物ですね。ありがとうございます」
花屋のカウンターに小さな小包を置き、カナタは短く説明する。
アルバイトの仲介人から引き受けた配達の仕事だ。大抵は雑貨屋のミランダや郵便屋のイーサンからウェスタウンの人々への届け物。
この辺りでは仲介人を通した日雇いのアルバイトはそう珍しいものではない。それ故に荷物を受け取る人も詳しく事情を説明せずとも理解してくれる。
特にウェスタウンには牧場を営んでいる人が多い。牧場の仕事はすぐに生活に不自由しない程度の収入を得られるわけではないのでこのようなアルバイトを受ける人も多く、募集もそれなりの数があるのだろうと思う。
カナタがウェスタウンに住む叔父を訪ね、牧場主になったのはほんの半月ほど前のこと。まだ牧場が軌道に乗っているとは言い難いし、正直収入も厳しい。こうしてアルバイトを受けたのも今回が初めてではない。
——フォードの「新薬の被験者のアルバイト」を受け水色のラベルが貼られた瓶に入った奇妙な色合いの薬を飲んで立ちくらみがしたときは流石に焦ったが、命にかかわるような効果ではなかったのは幸いだ。
「カナタくんはいつも忙しそうですね、昨日も荷物を届けてくれましたし……」
「あはは……まだ牧場が軌道に乗ってなくて、動物を飼う為のお金が必要だからね」
カナタの牧場にあるのは僅かばかりのラディッシュ畑だけだ。最初から備わっていた動物の小屋は空っぽだし、何も知らない人が見れば家庭菜園にハマっているだけの人にしか見えないかもしれない。
牧場主になりたいという夢に大反対していた父にはこの状況は見せられないなと苦笑する。カナタもたった半月で立派な牧場をつくれるだなんて思ってはいないけれど。
アルバイトで貯めたお金も昼食代を差し引くとあまり残らないし、次のラディッシュの収穫が終われば鶏を飼うだけのお金は貯まる計算だが鶏に与える餌や万が一病気になってしまったときの為の薬を買うことを考えるとやはり余裕が出来てきたとは言えない。それでも鶏が毎日産む卵は使い道も多いし早いうちに飼っておきたい。
「そうだ、カナタくんは明日お時間はありますか?」
「……時間?」
朝起きてラディッシュに水をやり、町に出て買い物や町の人たちとの挨拶を済ませれば予定は終了だ。いつもならこのあと自分に出来るアルバイトを見つけたり、すぐに出来そうなアルバイトがなければ釣りをして過ごしている。
「ミランダさんとノエルちゃんと一緒にケーキを焼こうって話になってるんですけどカナタくんも息抜きを兼ねて参加しないかなと思って。もちろんカナタくんの都合次第ですけど……」
「僕が参加してもいいんですか?」
「ええ、他にも誰か誘いたいなと考えていたところだったのでミランダさんたちも喜ぶと思います」
「それじゃ、お言葉に甘えて参加しようかな」
実家で暮らしていた頃は菓子を作る機会なんて殆どなかった。たまに妹のリンネが何か作ろうとしていてそれを手伝わされたことはあるけれど。
カナタの言葉にリシェットは顔を綻ばせる。その表情はまるで春の花のようだった。
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