「クリフは結婚って考えたことある?」
「えっ!?」
ある日、いつものように果樹園にやってきたクレアの発言にクリフは面食らう。
彼女の突拍子もない言動は出会った頃からだ。職もなく、毎日のように教会に通い暗い顔をしていたクリフに飽きもせずに会いに来て、お金に困っていると話せば果樹園のアルバイトに誘ってくれた。
——そのお陰で仕事が見つかり、今もミネラルタウンでの生活を続けられているのだけれど彼女には今も驚かされてばかりだ。
「私は時々考えるんだけど、牧場の仕事もあるし……結婚しても今の生活は続けたいからやっぱりその辺に理解がある人が相手じゃないと厳しいのかなって」
クレアはある嵐の日に、乗っていた船が難破してミネラルタウンに流れ着いた女性だった。一歩間違えば死んでいたであろうところを奇跡的に救助された彼女は成り行きで牧場を始めることになる。……倒れていた彼女を見つけたのがクリフであるという事実をクレアは知る由もないのだけれど。
親や兄弟がいるのかどうか、どこからやってきたのかは本人が話そうとしないので定かではないが偶然ミネラルタウンに辿り着いて一人で新たな人生をスタートさせたクレアにクリフはほんの少し親近感を覚えていた。
自分とは違って前向きで新しい環境にもすぐに慣れてしまったみたいだけど、とクリフは苦笑する。
「クレアさんはこの町を出ていこうと思ったことはないの?」
「どうして?」
「……牧場の仕事って大変だろうし、田舎町だと生活するにも不便なことは多いだろうし」
例えばミネラルタウンには医者が一人しかいない。ドクターは腕のいい医者だが、ミネラル医院の設備で出来る治療は限られているし急病には対応しきれないこともあるだろう。
店の品揃えも豊富とは言い切れないし、自然が多いと言えば聞こえはいいが遊ぶ場所なんて殆どないに等しい。
その分、宿屋の料理やワイナリーのワインはよその町と比較してもかなり質が高いものだと思うし、田舎町だからこそ都会の喧騒を忘れて静かに暮らせるのだけれど。
牧場の仕事だって初めてだったであろうクレアにとっては辛いことも多いのではないか、と。もちろん彼女が好きで牧場主をしていることは知っているが、そんな風にも思う。
「私、ミネラルタウンのこと好きだよ。確かに不便に感じることもあるけど……牧場主の仕事もやりがいがあるし」
クリフだってこの町のこと好きでしょう、なんて微笑するクレアの姿にクリフは一瞬言葉を詰まらせた。
……少なくとも昔ははっきりと好きだとも言えなかった気がする。ずっと教会で懺悔を繰り返していたし、お金がなくなったらこの町から出て行くつもりだった。
素敵な町だとは思っていたけれど——きっとこの場所は自分のいるべき場所ではない、と。そう認識していた。クレアがいなければ今頃はどこか遠くの町へ移住していただろう。或いは生きる気力すらも失って死んでいたかもしれない。
「クレアさんはすごいね」
「そうかな?」
暗い海の底に沈んでいた自分を引っ張り上げて明るい場所へ連れ出してくれたから——なんて、言えないけれど。
まるで女神のような彼女が誰かに恋をして、結婚するなんてあまり想像出来ないが、クレアが幸せそうに笑っていてくれたら嬉しい。
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