「依頼を出したのはわたしですが……まさかあなたが引き受けてくださるとは思いませんでした」

 この地域では日雇いのアルバイトはさほど珍しいものではない。
 薪割りや荷物の配達など、簡単な仕事をこなしてくれる人を募集すればその依頼を見た誰かが仲介人を通して仕事を引き受けてくれることになる。
 つゆくさの里で暮らすカスミも時折薪割りの仕事を依頼していた。普段寺小屋の先生として子どもたちに読み書きを教えているカスミは自分で薪割りをする時間などあまりないし、仕事を必要としている誰かがいるから助かっている部分もある。
 尤も、今回の仕事を引き受けてくれたのが恋人だとは流石に思っていなかったけれど。

「言ってくれたらアルバイトじゃなくても薪割りくらいするのに」
「あなたの厚意にみだりに甘えてしまうわけにはいきません。もし、あなたが厚意でわたしを助けてくださったとしても相応のお礼はするでしょう」
「カスミのそういうところ、好きだけどね」

 慣れた動きで薪を割りながら、カナタは小さく笑う。
 牧場の仕事に憧れてこの地域にやってきたカナタにとって薪割りは簡単なことだ。牧場の設備を整える為に木材が必要で朝から晩まで斧を振っていたこともある。

「カナタこそ、普段から忙しそうにしていましたし日雇いの仕事まで引き受けているとは思いませんでした」
「牧場を始めたばかりの頃は種を買うお金が足りなくてよくアルバイトしてたんだけどね。最近は収入が足りないわけでもないし忙しくて出来ない日も多いけど、余裕があればアルバイトもしてる。困っている人も助けられるし」

 つゆくさの里でも、ウェスタウンやルルココ村でも、手伝いを必要としている人は多い。
 牧場主としてまだ新米だった頃は純粋に日々の生活に困ってアルバイトを引き受けることも多々あったけれど、生活が安定してきた今でも時間に余裕があればついアルバイトの募集を確認してしまう。

「ほら、ここでの生活に慣れてなかった頃はいろんな人に助けてもらったから。恩返しってわけじゃないけど困ってる人がいるなら自分でも手助けしたいなぁとは思うよ」

 叔父のフランクは牧場の仕事を丁寧に教えてくれたし、ついうっかりお金に余裕がないと口を滑らせたときはメーガンが牧場の仕事を手伝わせてくれたこともある。
 ブラッドが料理を振る舞ってくれたこともあるし、自宅の改築や牧場の設備に関してルデゥスに相談に乗ってもらったこともあった。
 彼らが嫌な顔ひとつせずに助けてくれたから牧場の仕事を諦めずに続けられたのだと思う。だからこそどんな些細なことでも町の人たちが困っているのなら同じように手を差し伸べたいと考えている。

「……っと、カスミに頼まれていた仕事はこれで終わりかな」
「ありがとう存じます。正直に申し上げれば、引き受けてくださったのがあなた以外の男であったなら……わたしは対応に困っていたと思います」

 男を苦手としているカスミにとって、自分に親切にしてくれる相手であってもそれが男性というだけで愛想よく接するのはハードルが高いのだろう。
 幼子や老人であれば平気だというけれど、彼女のそんな性格を思えばよくカスミと恋仲になれたものだとカナタは苦笑する。
 知り合ってから暫くはカナタも他の男性と同様に野蛮な存在だと思われていたし、カスミの態度も冷たかった。彼女に不快な思いをさせたいわけではないし、かといって最初から仲良くなることを諦めてこのまま一定の距離を保ち続けるのも寂しい。少し悩んだが最終的には他の人と変わらない接し方をしようと決めたことは覚えている。

「ところでカスミ、今日はこれから時間ある?」
「特に予定はありませんが……」
「だったらせっかくだし、今から少しだけ出かけない?」

 さっきウェスタウンで綺麗な花を見つけたんだ、と語るカナタにカスミは目を丸くする。

「……あなたと一緒に他の町へ出かける、という経験がなかったので驚きました」
「まあ、お互いに忙しいしつゆくさの里が一番確実だからね。偶然他の町でばったり会うってこともあるけど……でも、たまには良いと思わない?」
「あなたはいつもわたしに知らない世界を見せてくださる。そんなあなたの誘いを、わたしが断る筈などありません」

 きっぱりと言い切るカスミに微笑んで。彼女が自分にだけ向けてくれる、特別な愛情がひたすら心地よかった。