——ゼークス帝国において、人々の生活を支えているのはキカイだ。ノーラッド王国の人々にとっては本当に些細なことであってもキカイに頼り、生きている。
生活は便利になっていると思うし、ゼークス帝国が今更キカイを手放すなどあり得ない話だ。一度知ってしまったキカイのある便利な生活を手放してまで自然と共に生きる選択を取ることなどない。
リネットは思案し、息を吐く。
ゼークス帝国の軍人としてノーラッド王国を脅かす側にいた自分がカルディアの町で家庭を持ち、キカイに頼らない生活をすることになるなんて。
元々は死んでいた身だ。グリモア計画失敗の責を負って自裁を命じられた。帝国の軍人の末路としてはそう珍しくもないものだったし作戦を全うすることさえ出来ない無能な指揮官に帝国での居場所などない。帰ることも出来ないのだから自分に選択肢はなかった。
そこに手を差し伸べた存在がいたからこそ自分は今もこうして生きているのだけれど。
「リネット?」
「ラグナか。農作業は終わったのか?」
いつの間にか農作業をしていたラグナが戻ってきていたらしい。まだ収穫の時期ではないから今日はそこまで忙しくなかった、なんてへらりと笑う姿は彼らしい。
ゼークス帝国の軍人だった頃、グリモア計画に必要な人材としてラグナに目をつけ彼を記憶喪失にしてからカルディアに住まわせるように仕向けた。そんなラグナと結婚して共に暮らしているとあの頃の自分に伝えてもきっと信じてはもらえないだろう。
皇帝エゼルバードに自裁を命じられたあの時。死ぬ筈であったリネットの運命を変えたのは他でもないラグナだった。つい先程まで敵対していた相手を気にかけるようなお人好し、ゼークス帝国には殆どいないだろう。少なくとも、リネットの記憶の限りではそのようなお人好しは見たこともない。
「……カルディアでの生活は帝国とは全然違う。正直、ここでの生活に慣れる日は来ないと思っていた」
「でも、みんな良い人でしょう?」
「そうだな。帝国の軍人だった私にもよくしてくれる。特にミスト殿には何度も助けられたよ」
リネットがカルディアで暮らすことになった時、成り行きでミストの家に居候することになった。元帝国軍の少佐が同じ建物で生活するなんて、警戒して当然だと思うがミストは立場も一切気にせずにリネットに居住スペースと生活に必要なものを用意してくれた。
流石に世話になるわけには、と遠慮するリネットに困ったときはお互い様だと半ば強引に同居を決めてしまったような。
「ミストさんはああいう人ですからね。僕も家と畑を譲り受けましたし」
「お陰でキカイのない生活にも随分と慣れた。……キカイがなくとも人は生きていけるなんて知らなかったからな」
「僕には帝国の生活のほうがあまり想像できないけど」
「知って楽しいものでもないと思うが……人々の生活はキカイに支えられていて、便利ではあるがこの国ほど豊かな自然はない。……この国の人にとっては無機質で冷たいものに感じられるかもしれないな」
自らの記憶を辿り、リネットはそう言葉を紡ぐ。
ノーラッド王国とは何もかもが違う生活。キカイに支えられた生活を悪いものだとは思わない。確かに便利なものではあったのだ。そも、この国とは事情も違う。
もしもゼークス帝国が豊かな自然に恵まれた平和な国であれば人々は自然と共に生きることを選んだのかもしれない。
「……この国で家族と生きていくなんて、人生は何が起こるか分からないな」
だが、そんな予測不能な人生も悪くはない。
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