スバルと付き合うことになった、とベイロンがクラリスから告げられたのはその日の夕方のことだった。
 昨夜、クラリスの様子はどこか不自然だった。これまで恋愛の話など一度もしたことがないような人が突然そのような話を振ってきたのだから何かあったのだろうと察するのはそう難しいことではない。同じようにクラリスから相談を受けたターゲスアンブルフの同胞たちも何かを察したようではあった。
 今は亡きゼークス帝国の皇女とはいえ、クラリスも年頃の女性である。時には誰かに恋をすることもあるだろうし、結婚して家庭を持つことだってあり得ない話ではない。今まではそんなことを考えるだけの余裕がなかっただけで。
 何より相手はあのアースマイトだ。一度は敵対してしまったとはいえ、彼はクラリスを救い出した恩人でもある。クラリスのことを傷つけるような輩であったならベイロンも流石に交際に反対したが彼はクラリスを大切にしてくれるだろう。

「せっかく恋人同士になったのだから明日デートしないか、と誘われた」
「ほう、デートですか」
「わ、私には今まで無縁だったことだからこういうときに何をすればいいのか分からない。そもそもデートのときは普段とは違う服を着たほうがいいのだろうかいつもと同じ服装で可愛げのない女だと思われないだろうか」

 普段だらしのない格好をしているのならともかく、クラリスの普段着は彼女にとって正装でもある。明るい色合いのものではないからデートには相応しくないかも——などと考えてしまう気持ちは分からないわけではないが、デートで着ていて不自然な服ということもないだろう。

「姫様もそのようなことを気にされることがあるのですな」
「茶化すな、ベイロン。わ、私だって恋人との初めてのデートは緊張することもあるしデートの為に何をすればよいのか悩むこともある」
「いえ、今まで使命ばかりだった姫様が年頃の女性のように恋をし翌日の逢引きのことで頭を悩まされているのは微笑ましいものです」
「茶化すなと言っているだろう」
「ほっほっほ……」

 ベイロンにとってクラリスは生涯仕えるべきと定めた唯一の主だが、同時に家族を亡くした彼女の親代わりでもあると自認している。娘のように見守ってきた人に特別な相手が出来たというのはやはり微笑ましく見えるものだ。
 精神的に弱い部分もあるし、故に心配になってしまうようなこともあるのだけれど。それが原因でもう子供ではないのだから子供扱いするなと怒られたのも一度や二度ではない。

「……もういい、私は休む」
「ああ姫様、明日は待ち合わせ場所までお送りいたしますので」
「は?」
「初めてのデートで待ち合わせに遅刻するなどあってはならないでしょう。迷子にならないとも限りませんし」
「なるわけがないだろう! 流石に里周辺の地理は頭に入っている!」
「そうですか。しかしこればかりは譲れませんな」

 自分が忠誠を誓う主が選んだ相手のことを信頼していないわけではないが、一応釘を刺しておくべきだろう……なんてことはクラリスには言えないが。
 お前は何なんだ、とあからさまに不機嫌そうな表情を浮かべるクラリスにベイロンは苦笑する。彼女がそういう表情を当たり前に見せるようになったのも彼と出会ったお陰なのかもしれない。