カグヤがとんでもないお人好しであることは熟知しているつもりだ。
 秋の里で迷子の子供が泣いていれば率先して親を探し、夏の里で老婆が大量の荷物を運んでいる姿を見かければ迷わず運ぶのを手伝うだろう。里の近くに凶暴な魔物が出現したと聞けば大地の舞手としての使命感かそれとも単なる本人の資質によるものか、誰よりも先に駆け出して討伐する。
 ——そんなところを好ましいと思っているし、彼女のそういう性質に惹かれた部分もあるのでカグヤの優しさが損なわれるようなことはあってほしくない。
 同時に、幕府にいた頃から人間の醜い部分ばかりを見てきたイカルガは彼女のように誰かの為に動ける人ほど悪人に目をつけられ食い潰されることも知っている。人間不信のイカルガであれば絶対に信用しない、或いは警戒から入るような相手であってもカグヤは助けを求められたら手を差し伸べるだろう。
 尤も、都から離れた四季の里に悪意のある人間が混ざることは……ないわけではないが、そう頻繁にあることではないのが救いか。住民の大半は真面目で悪意という言葉とは縁遠い人々だし、神々の目があるこの場所で他者を害するようなことをする無謀な人間は少ない。

「今日はうららかさんに頼まれて春の里まで」
「いつも誰かの為に働いているのは知っていますが、またですか」

 つい先日もサカキの手伝いをしに春の里へ行ったと聞いたような気がするが、今度は春の神からとは。イカルガは思わず深く息を吐く。

「春の里の近くに穢れが残っていたみたいで」
「まあ、それは確かに舞手であるあなたでなければどうにも出来ないことだと思いますが」

 かつて黒い龍が各地にばら撒いていた穢れの大半は既に大地の舞手としての使命を負ったカグヤによって祓われている。
 とはいえたった一人の人間が全てを対処するには穢れが撒かれた範囲が広く、どうしても手が回っていない場所もある。そのような場所を見つけて祓うのは彼女の仕事のひとつとも言える。

「うららかの神であればあなたを悪いようにはしないでしょうし、あなたのその人の良さも好ましく思っています。ですが……」
「ですが?」
「やはりあなたには警戒心が足りないかと」

 以前、カグヤが無害な里の住民のふりをした盗賊に騙されて危険な目に遭っていたことがある。ああいうことは滅多にないとはいえ念の為にイカルガがつけていた式神のお陰で事なきを得たが、一歩間違えば彼女は怪我をしていただろう。
 カグヤのその尊い善性が悪意に踏み躙られるところなど見たくはない。
 流石にあれ以来、一度も里で見かけたことがない人に対しては困っていそうだったとしても無条件に信頼して着いていくということはなくなったようだけれど。

「でも、私の分までイカルガさんが警戒してくれますから」
「はい?」
「もちろん心配はかけないよう見知らぬ人を信じすぎないようにはしていますけど、やっぱり私には人を疑うなんて向いていませんし」

 今だって私を心配して声をかけてくれていますよね、なんて言われてしまえば呆れて言葉も出ない。
 幕府で様々な人間を見てきたイカルガだが、カグヤはどうにも今まで出会った人間とは違う。これまで自分の世界には存在していなかったタイプだと思う。だからこそ結婚した今でも戸惑うことは多い。
 これがカグヤ以外の相手であれば距離を置くことも、一定の距離感を保つことも、赤子の手を捻るよりも容易いのだが——それをさせてくれなかったからこそ彼女に惚れてしまったとも言える。

「……あなた以外だったらやりませんよ。他の人間にまで気を回すほど暇ではありませんので」
「知っていますよ、イカルガさんが私をそれだけ大切に思ってくれているってこと」

 カグヤのそういうまっすぐさにどう返せばいいのか未だに分からないが、彼女の善性は人間の醜さばかり知る自分には少し眩しい。