天文司郎という立場上、イカルガにまとまった休みはないに等しい。
独り身だった頃から急な仕事で都のほうまで呼び戻されることはそう珍しいことではなかったし、呼び戻されるようなことはなくても夜になって突然仕事が舞い込むこともある。
結婚したからといってその状況は簡単には変わらない——カグヤの作った夕飯を食べている最中に仕事の呼び出しを受けたときは流石に機嫌も悪くなったが、天文司郎にしか出来ない仕事だと言われたらイカルガとて断れない。
「イカルガさん、今日もお仕事ですか?」
「すみません、どうしても都に顔を出す必要があって」
「イカルガさんのお仕事が大変なのは理解していますから気にしないでください。私のことを気にかけて出来るだけ早く帰ってきてくれるのが逆に申し訳ないくらい」
都まで行ったことのないカグヤには里から都までどれくらいかかるのか詳しいことは知らないが、朝早くに出かけたイカルガが夜カグヤが布団に入るよりも早く戻ってくるときは相当頑張って仕事を片付けてくれたのだろうと察している。
「何を言うのですか。私が早く帰りたくてそうしているのですからカグヤが気にすることはありません」
カグヤとの交際が始まってからは極力その日のうちに仕事を終わらせるよう努力していた。どうしても数日かかるような仕事もあったが、最短で終わらせようと今まで以上に効率のいい働き方を模索したし普段なら一週間はかかる仕事を三日で片付けて周囲を驚かせたこともある。
——暫く会えないでいるとカグヤが寂しがるし、イカルガとしても出来るだけ早くカグヤに会いたいと思っていたのでこの程度は苦でもない。
「イカルガさんだって都に知り合いもいるでしょうし、自分の為に時間を使ってもいいと思いますけど……私のことを優先してくれるあたり、やっぱり優しいですよね」
「な、何ですか突然。妻であるあなたよりも優先すべき知り合いはいません」
「でも、都にお気に入りのお店なんかもあるんじゃないですか? イカルガさんって食通ですし」
「確かに馴染みの店はありますが……カグヤとの夕食の時間はとても有意義なものです」
都のほうにある評判のいい店で一人静かに食事を、というのも嫌いではないがカグヤが作ってくれた手料理を、或いは自分が用意した夕飯を二人で楽しむ穏やかな時間はそれ以上に好きだ。
愛する妻が自分の帰りを待っているというのに馴染みの店へ寄ってから帰りたいなどと、考えたことすらなかった。
「何より、毎日あなたとの夕食の時間を楽しみにしているのです」
料理は愛情を込めるとより美味しくなる、というのも以前は半信半疑だったが今では真実なのだと思っている。
カグヤの作る料理は彼女が自分の為に作ったものだと思うとそれだけでどんな有名店の料理よりもイカルガにとっては心躍るものであった。居酒屋や茶屋で食べる料理とは違う、カグヤらしい料理だ。
今日は少しだけいつもと違う味付けにしてみたんです——なんて顔を綻ばせるカグヤの姿は心を和ませる。
「……イカルガさんにそんな風に思っていただけてとても嬉しいです。それじゃあ帰りを待っていますから、出来るだけ早く帰ってきてくださいね?」
「はい、必ず」
新婚なのだから多少は気を遣ってくれても、と言いたくなることはあるけれど。彼女が帰りを待っていてくれるのなら急な仕事も悪くはないかもしれない。
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