「ゼークス……というよりアドネア大陸の文化だと思いますけど、此方ではプロポーズには指輪を贈るのが一般的なのです」

 かつて父も母にそのようにプロポーズした、と幼かった頃に聞いた話をクラリスは思い出す。
 ——結婚するときにお父さんから貰ったものなのよ。そう言って指輪を見せてくれた母の表情がとても幸せそうだったことをよく覚えている。まだ両親が生きていた頃の温かな記憶だ。

「何でも永遠の愛の象徴なのだとか。……私も自分には無縁のものだと思っていたので詳しくはないのですが」

 恋とか愛とか、そんなことを考える余裕などない日々を送っていたのだ。誰かに告白されたこともお付き合いするという経験もある筈がない。
 故郷がカムロサキに滅ぼされることもなく、家族も存命であれば今とは違う人生を歩んでいただろうしどこかで誰かと恋に落ちるようなこともあったのかもしれないけれど。
 好きです、とスバルから告白されたときでさえそれが色恋の意味を持つ発言だと理解できなかったほどクラリスにとっては縁遠いものであった。

「クラリスさんは西洋のプロポーズに憧れていたりします?」
「いえ、そういうわけではないのです。ただ……」
「ただ?」
「スバルさんのプロポーズがとても素敵なものだったので……いつか私もあなたに指輪を贈りたいな、と」

 縁結び神社で結婚してください、と紅梅の枝に結ばれた恋文を贈られた日のことは今でもよく覚えている。
 恋人同士である以上、プロポーズされること自体はそう不自然な流れではない。罪を背負う自分が大地の舞手として誰からも慕われるような人との結婚を夢見るなんて、と思い悩んだことは一度や二度ではないのだけれど。
 それでも大切な人が自分の幸せを願ってくれていて、家族になることを望んでくれたことが本当に嬉しくて——その手を取った。結婚式の直前になってやはり自分では彼に相応しくないのではと不安になったりもしたがそれはそれ、だ。

「それは嬉しいですけど、だったらオレもクラリスさんに指輪を贈りたいです」
「あ、あなたのプロポーズに対するお返しのようなものなのにそれでは意味がないのでは……。確かにアドネア大陸では結婚式でお互いに指輪を贈り合い肌身離さず身につけるのもそう珍しくはありませんでしたが」
「お互いに、ですか」

 スバルは何か思案し、言葉を紡ぐ。

「一緒に指輪を買いに行くのもいいかもしれませんね」
「一緒に?」
「はい。デートにもなりますし、二人で選んだ指輪を身につければこれまで以上に結婚した実感が湧くのではないかと」

 クラリスさんが良ければですけど、と彼は付け加えつつ。
 あまり考えたことはなかったが確かに一緒に選んだ指輪を身につければ家族になったという目に見える証にもなるし、離れていても繋がりを感じられるようなこともあるのかもしれない。

「それは……とても楽しみです」

 最愛の人と一緒に買った指輪を身につける、そんな出来事にさえ憧れてしまう。