「今は師匠のご家族の方が管理されているそうです」

 師匠の墓を前にイカルガは淡々と説明した。
 イカルガの師匠は彼にとってとても大切な人だったと聞いている。幼少期にイカルガを庇って命を落としてしまった、とも。
 師匠の仇であった魔物はイカルガとカグヤの手で倒され、そのお陰で漸く作ることが出来るようになった墓の前には今は自分たちしかいない。時折家族や弟子たちが墓の手入れや近況報告の為に訪れることはあるようだが、毎日のように訪れる場所ではないのだからひと気がないのも当然のことだ。
 ——カグヤがイカルガと結婚して暫く。里での仕事に区切りがついたからとイカルガが天文司郎の仕事で都まで出向くという日に無理を言って付き添った。
 自身の伴侶が今も大事に思っている相手へきちんと結婚の挨拶をしておきたいとはずっと思っていたのだ。ただ、大地の舞手として、或いは里長として、頼られることが多くあまり里を離れることが出来ずに随分と遅くなってしまったが。

「これからは私がイカルガさんのことを守っていきます」

 墓前で手を合わせて宣言する。
 当然ながらカグヤはイカルガの師匠だというその人と会ったことはない。顔も名前も知らない人だ。イカルガが今も想っている大切な人だから自分も同じように大切にしたいと考えているけれど。

 以前、秋の里で毎年行われている灯籠流しにイカルガを誘って参加したことがある。あの時はまだ結婚する前だったが、彼が灯籠流しに参加するか迷っていたと語ったことは今でもよく覚えている。
 イカルガにとって今も師匠の存在は大きく、師匠ともう二度と会えないという事実と向き合うのはそれなりに勇気のいることだったのだろうと思う。それでもイカルガが灯籠流しに参加したこと、自分がそのきっかけになれたことは嬉しい。

「私は都で仕事があるときには墓参りに来ていますが……今日はあなたと来られて良かった」
「こちらこそ、連れてきてくださってありがとうございます。ずっと行きたいと思っていたので」
「師匠もカグヤが来てくれて喜んでいると思います。私も、漸く人生を共にする伴侶をきちんとした形で紹介できました。……恐らく私は師匠に心配ばかりかけていたでしょうから、これで少しは安心して眠れるでしょう」

 幼かった頃の自身の未熟さが大事な人の死を招いた。その後は復讐の為に仇である魔物を追い求めていた。そんな弟子の姿を見て師匠が安心できる筈がないとイカルガは苦笑する。

「……大事な人を失う辛さってそう簡単に乗り越えられるものではないと思うので、イカルガさんは強いですね」

 胸の奥がちくりと痛む。
 幼馴染が——スバルが腕の中で冷たくなっていく感触は今でも思い出せる。命が失われてゆくことへの恐怖と絶望感も。
 これでスバルが生き返るならと供犠の宣誓札を使い蘇生を願ったが、もしも蘇生を諦めていたとしたら恐らく喪失感を抱えたまま生きていたのだろう。その痛みを乗り越えられるのは数年後か、或いは数十年後か。
 イカルガとてその痛みを乗り越えて前を向いて生きてゆけるようになるまでにそれなりの時間を要したのだろう。例の魔物を倒したことでやっと自分の気持ちに区切りをつけられた、ということもあるかもしれない。

「そう見えるのだとしたら、それはあなたのお陰ですよ」
「私は何もしていませんよ。イカルガさんが辛いときには一番近くで助けになりたいとは思っていますけど」
「いいえ——カグヤと出会わなければきっと、私は今も孤独にあの魔物を追い求めていたことでしょう」

 カグヤに特別なことをしたという認識はない。
 偶然イカルガの事情を知り、彼を一人で行かせたくなくて勝手に手伝おうとした。
 お節介だとかお人好しだとか言われがちだが一人危険な魔物を追う青年を見て見ぬふりした結果、その人が怪我をしたり最悪死んでしまうよりは余程良い。

「イカルガさん。また一緒にお墓参りに行ってもいいですか?」
「それはもちろん構いませんよ。是非、二人でまた来ましょう。師匠もそのほうが嬉しいでしょうから」

 ——どうかこれからも最愛の人を見守っていてください。
 その祈りが彼岸へ届くようにと願いながらカグヤは目を閉じた。