※死ネタ
早朝からざあざあと降り続く雨は未だ止む気配がない。この調子だと数日は続くかもしれない、と言ったのは春の神であるうららかだったか。
白竜の背に乗り故郷の里に足を踏み入れたカグヤは小さく息を吐く。あれからもう一年も経ってしまった、という事実をまだ受け止めきれていなかった。
故郷に連れて行ってほしい。そう告げたカグヤに一瞬だけ何か言いたげな顔をした白竜——モコロンはそれでも何も言わずに連れてきてくれた。感謝してもしきれない。
幼馴染だったスバルが死んだ。
救う術がなかったわけではない。供犠の宣誓札を使い黒竜にその命を捧げれば恐らく救うことが出来たのだろう。
スバルを救えるのならば——命と同等の価値を持つ記憶は既に白竜に捧げてしまっているけれど——何も惜しくはなかった。
最後の最後でスバルを救うことを躊躇ってしまったのは相棒である白竜の呼びかけだ。白竜のお陰で冷静になれた、とも言える。少なくともあの時の自分は冷静ではなかったから白竜の声が届かなければば黒竜がどんな対価を要求してきたとしてもその対価を差し出していただろう。
カグヤにとってのスバルは幼馴染であり、大人が決めた許婚であり、兄のような人だった。
そこに恋愛感情があったのかと問われたら否と答えるがもしも使命もなく、旅に出ることもなく、故郷で生きていたら大人が望む通りにスバルと結婚して子を残すことに何の疑問も持たなかったであろう程度には特別な人であった。
◇
あの時の痛みも悲しみもまだ癒えたわけではない。腕に抱きとめたスバルがだんだんと冷たくなって、息をしていないことに気付いてひどく取り乱した。
心にぽっかりとあいてしまった穴は完全には塞がらない。何か別のもので埋めて満たしても、ぴったりと同じ形で埋められるものはないのだ。
「カグヤ、ここにいたのですか」
「……イカルガさん」
風邪をひいてしまいますよ、と声をかけられそうですねとだけ返す。
「……今日なんです、スバルが亡くなった日」
「ええ、覚えています。……あなたが塞ぎ込んで、それでもアズマを救う為に立ち上がる姿を見てきましたから」
この場所にいる気がしたので探しにきました、なんて言ってのける彼は本当によく自分のことを知ってくれているなとカグヤは感心する。
故郷にスバルの墓を建てたことは伝えていたけれど、今はもうひと気のないこの村まで訪れる人は殆どいない。カグヤだって年に何回かスバルの墓を掃除するくらいだ。こんな場所まで探しにきてくれる人がいるのだと思うとじんわり胸の奥が温かくなる。
「普段は平気なんですけど。命日だと思うとやっぱり少し気が滅入ってしまって」
「あなたの痛みが分かる、などと無責任なことは言えませんが……私にも大切な人を失った経験があります。だから、その、今日くらいは本調子でなくとも良いと思うのです」
イカルガが極力言葉を選んでいるのが伝わって——嗚呼本当に優しい人だ。そういう人だからこそ自分は好きになったし一緒に生きていきたいと思えたのだけれど。
すぅ、と深呼吸して何とか心を落ち着かせる。
「スバルは故郷に帰りたがっていたので……こうして故郷にお墓を作ってあげられたことは良かったと思っています。今はもう殆ど人が訪れない場所ですから寂しがっているかもしれませんけど」
大地の舞手として、或いは里長として頼られがちなカグヤは故郷で四六時中過ごすわけにはいかない。
村の片隅で眠るスバルが寂しくて泣いていたらどうしようか。それともまだ傷が癒えない自分のことを心配しているだろうか。
「そろそろ帰りましょう。あなたの幼馴染のことは殆ど知りませんが……あなたが体調を崩すことを望まないでしょうから」
「そう、ですね。スバルは誰よりも私の身を案じてくれる人でした」
自分の墓の前で呆然と立ち尽くしていたせいで風邪をひいた、なんて聞けばスバルは悲しむし怒るだろう。少なくとも記憶の中の彼はそういう人だった。
「……イカルガさん、寄り添ってくれてありがとうございます」
「いえ、あの、私に出来ることはこれくらいですから。……昔の私ならきっとこんなときどうすればよいのか分からなかったでしょうが、他でもないあなたが教えてくれたことですよ」
この埋まらない喪失感に、それでも寄り添おうとしてくれる人がいるのは恵まれている。
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