陽が沈んでもじんわりと汗ばむような気候の夏の里はいつも以上の賑わいを見せていた。
夏祭りをやろう、と言い出したのは夏と剣の神であるマツリハナビノミコトだ。夏の里の住人だけではなくせっかくなら他の里も巻き込んで、様々な屋台や催し物で盛大に。祭りの最後にはこれでもかというくらい花火を打ち上げて。
準備は想像以上に大変なものだったが、その甲斐あってか当初の予定よりも盛り上がる夏祭りになったと思う。
「イカルガさんはどこか見て回りたいところありますか?」
——などと浴衣姿で隣を歩く恋人に投げかけてみたカグヤだが、答えは聞かなくてもある程度想像できる。
食べることが好きなイカルガのことだからきっと一番興味をひくのは食べ物の屋台だろう。普段この辺りではあまり食べられないようなものも用意しよう、なんて話も出ていたが都のほうの食べ物だけでなく西洋の珍しい食べ物まで取り扱っているようだ。
無論、他にも楽しそうな催しはある。毎年恒例の花火大会とはまた違った雰囲気の祭りだ。次回はいつ開催できるかも分からないし、時間もたっぷりあるのだから全部……は流石に難しくても気になる屋台は順番に回ってみてもいい。
「カグヤには行きたい場所はないのですか?」
「私はイカルガさんが行きたいところに行きたいなと」
「そ、それでは私ばかりが楽しむことになるのでは……」
「そんなことないですよ。イカルガさんと一緒なら私は何をしても楽しいです」
さっきの屋台で見かけたカステラが美味しそうだったな、とか。まだ暑いのでアイスクリームを食べるのもいいかもしれない、とか。射的の景品らしいモコモコぬいぐるみがちょっとだけモコロンに似ていてかわいいな、とか。
そんなことを考えないわけではないけれど何もせず二人で夜道を歩いているだけでも楽しい。
正直に言ってしまえばどれも魅力的で目移りしてしまうし、どこから見て回るか迷ってしまうというのもある。だったらイカルガの気になるところから一緒に回ってみようかな、なんて思ったのは否定できない。
「何よりイカルガさんなら私より美味しい食べ物に詳しそうですし」
「確かに私は人よりも料理にこだわりがあるほうだとは思いますが、食べ物に限定する必要もないような……。……カグヤが何か食べたいというなら付き合いますが」
「そうなんですか? イカルガさんのことなので何か食べたいものでもあるのかな、なんて思ったんですけど」
「私だって四六時中食べ物のことを考えているわけではありませんよ」
「でも、私はイカルガさんが何か食べている姿も好きです。とても美味しそうに食べていて、見ているこっちまで幸せな気持ちになりますから」
「う……」
春の里の茶屋で数えきれないほどの量の団子を食べている姿を見かけたとき、あまりにも幸せそうだったから自分まで胸の奥が温かくなったことを覚えている。
細身な体のどこにそれだけ入るのか疑問ではあったがゆっくりと味わって食べているその姿はやけに印象に残った。
あの時はまだカグヤがイカルガへの想いを自覚する前、仲良くないとまでは言わないが少し心の距離を感じていた頃だっただろうか。まさか恋人同士になるとも、こうして一緒に夏祭りに出かけることになるとも思っていなかった。
「特別食べたいものがあるというわけではないですけど、強いて言うならイカルガさんの気になるものが食べたいです」
「ずるくないですか、それ」
「駄目でした?」
「……駄目、ではありませんが」
都で流行っている食べ物だとか、アドネア大陸で人気のある料理だとか、カグヤはあまり詳しくないがイカルガであれば実際に都で食べた経験があるかもしれないし流石にアドネア大陸まで行くことはなくとも異国の料理を紹介している本くらいなら読んだことあるかもしれない。
——カグヤは好きなものについて楽しげに語るイカルガを見るのが好きだ。恋人に対してはそうでもないが、基本的に自分のことを誰かに積極的に話して聞かせるタイプの人ではないから尚更だ。
イカルガは一瞬だけ迷ったような素振りを見せ、それから口を開く。
「先程向こうに少し気になる屋台を見かけまして……行ってみたいな、と。無論カグヤさえ良ければ、ですが」
「イカルガさんの気になるものが食べたいと言い出したのは私ですし、是非。ふふ、楽しみです」
カグヤが手を絡め取ればイカルガは驚いたような表情を浮かべる。それでも決して払い除けたりはしないのだから大切に思われていることを実感する。
故郷では巫女としての修行に明け暮れる日々で祭りを楽しむような経験は殆どなかったけれど、その分こうして好きな人と二人で過ごす夏祭りの記憶が特別なものになればいい。
title:白鉛筆
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