「イカルガさんがよくかけてくれるおまじないを私もやってみたいんですけど……」

 カグヤのそんな突拍子もない発言にイカルガは食べていた大福を危うく喉に詰まらせかけた。
 慌てて水を流し込み一息つく。正直カグヤの言う「まじない」の心当たりはひとつしかないのだが、もしかしたら自分の勘違いかもしれないし念のため確認しておかなければならない。

「まじないとは……もしかして、アレですか」
「はい、イカルガさんがお弁当にかけてくれるアレです」

 どうやら勘違いではなかったらしい。
 確かにアレをカグヤが朝食にでもかける姿を想像するとそれはもう大変な愛らしさではあるし、その姿を思い返すだけでもどんな辛い仕事でも一日を乗り切れそうではあるが。

「でもこの辺りではあまり聞き慣れない言葉ですよね。もえもえきゅん、って都のほうでは一般的な言葉なんですか?」
「い、いえ、一般的では……私も珍妙な茶屋で初めて聞いたので……」

 都にいた頃、新しく出来たばかりだという茶屋に立ち寄った際に聞いた「まじない」がそれである。
 今思えば随分と変わった店だった。西洋の使用人のような格好をした女性たちが客を「ご主人様」などと呼び給仕していた。運ばれてきた料理に謎のまじないをかけたり、オムライスにケチャップで似顔絵を描いたりしていたような。
 料理に興味を持って立ち寄ったイカルガはその従業員のノリが合わずに一度行ったきりだったが都では割と繁盛している店らしい。幕府にもあの店へ何度も足を運んでいるという者がいた。
 陰陽師であるイカルガも知らないまじないの効果に関しては半信半疑であったが——カグヤと結婚して、彼女に少しでも美味しいものを食べさせたいと考えたときに例のまじないの存在を思い出して、羞恥に耐えながら試してみた。
 効果があるのかは未だに分からないが、幸か不幸かどうやらカグヤはそのまじないを案外気に入ってしまっているようだ。

「その茶屋で美味しい料理を完成させる為に必要な工程だと聞いて……」
「実際、おまじないをかけてもらった日のお弁当はいつも以上に美味しい気がします。もちろん普段のお弁当もとても美味しくて食べると幸せな気持ちになりますけど」
「そうですか……そうですか……。ほ、本当に効果あります……!?」
「あると思います……というか、イカルガさんは効果がないと思いながらアレをやっていたんですか?」
「そういうわけではないのですが呪術の類には人よりも詳しい自信がある私がその茶屋を訪れるまで聞いたこともないまじないだったので……」

 流石にアズマの国以外の呪術にまで詳しいとは言い切れないしもしかしたら西洋のほうでは一般的なまじないなのかもしれないと付け加える。あのよくわからない茶屋も西洋の貴族に仕えている女性に関する文化を取り入れたものではあるようだし。……冷静になって考えると流石にアレは何かを盛大に間違えているのでは、と思わないでもないが。
 アドネア大陸からやってきたマウロやひな、クラリスであれば何か知っていることもあるかもしれないが生憎イカルガは他者とそこまで関わることは少ない。
 カグヤと結婚するまで同じ里に住んでいたクラリスとは多少の親交があったがあくまでも挨拶や軽い雑談に応じる程度だった。当然ながらクラリスと呪術の話などしたこともない。そも、彼女は呪術に関しては専門外だろう。亡国の皇女に呪術の知識が必要になるとは思えない。……ゼークス帝国が呪術によって栄えた国であるなら話は別だが、そんな話は聞いたこともない。

「……カグヤが効果を実感しているのなら意味はあったのだと思いますが、その、茶屋で料理を食べたときにはあまり味の違いを感じなかったのもあって……店の独特な雰囲気に気圧されて料理をゆっくりと味わっていられる状況ではなかったのもありますが」
「そんなに変わったお店だったんですか? 確かに話を聞いているとこの辺りでは見たことのない形態のお店だとは思いますけどイカルガさんがそこまで言うお店、逆に気になります」

 カグヤが気になるというのならもう一度くらいは行ってみても——と思わないでもないが、イカルガとしては出来ることならあまり行きたくない雰囲気であったのも事実である。愛する伴侶と一緒に、となると尚更だ。
 別に如何わしい何かがあるというわけではなかった筈なのだが。

「私もイカルガさんにはいつだって美味しいご飯を食べてもらいたいので、よりご飯が美味しくなるおまじないがあるなら試してみたいなと思って」
「……カグヤの料理に不満を感じたことは一度もありませんが」
「でも、もっと美味しくなると聞くと興味ありませんか?」
「それは、まあ……。より美味しくするおまじないや術をかけた料理の味というのは気になりますが……」

 料理は愛情を込めることでより美味しくなる、という話も昔はあまり理解できていなかったがカグヤと恋仲になってからはその意味を理解できるようになった気がする。
 イカルガにとってカグヤが作る料理は元々どれも甲乙つけがたいほどのご馳走ではあるが、今以上に美味しくなると聞けば当然興味はある。
 ——尤も、カグヤが自分のことを想いながら作ってくれたという料理はそれだけで都の有名な料亭で提供されている食事よりも遥かに美味に感じられるので謎のまじないひとつで違いを感じるほどの変化があるのかは疑問が残るのだが。

「それじゃあ、明日は私がイカルガさんの分までお弁当を作りますから楽しみにしていてくださいね。おまじないもしっかりとかけますから」

 翌朝、カグヤの可愛らしい「もえもえきゅん♡」という可愛らしいまじないで致命を負うことをイカルガはまだ知らない。