※スバルがクラマ以外の誰かと結婚した世界線のクラマとつゆ(ませてる娘)の話

 つゆ、と名付けられたスバルの子供はクラマによく懐いていた。
 物心つく前からあまり人見知りしないほうでスバルに用があって竜神社に顔を出したクラマを愛らしい笑顔で出迎えてくれたこともある。

「この調子じゃパパより先にクラマさんの名前を呼ぶかもしれませんね」

 まだ言葉を覚えるより前の幼子を抱いたクラマを見てスバルは苦笑する。
 スバルも決して娘に嫌われているわけではなかったが、子供の相手に慣れているからかクラマと一緒にいるときのほうが機嫌がいいのだと語っていた。

 あれから数年。子供の成長は早いもので言葉を喋れなかった娘が今では元気に里を駆け回っている。
 両親のどちらかの影響かそれとも里で大人と関わることが多い影響で自然とそうなったのか、子供扱いされることを嫌い早く大人になりたいと背伸びする、少しませた性格の女の子だ。
 相変わらずクラマに懐いていて、暇を持て余すと秋の里の社までやってくる。里の子供たちに混じって遊んだりクラマのゲームに興味津々だったり、そういう姿を見ていると子供らしくて可愛いと思うのだが本人に面と向かって言おうものなら怒ってしまうのでその言葉は胸の内に秘めておく。

「今日はおままごとをしますの。これもステキな"れでぃ“になるために必要なことですわ。もちろんあきのかみさまもキョーセーサンカですの」

 父スバルから買い与えられたらしいおもちゃを社まで持ち込んだつゆはそう説明する。
 ままごとなど、幼子が好む遊びそのものだとは思うが彼女にとっては「素敵なレディ」になる為の訓練のようなものらしい。そのようなことをどこで覚えてくるのかは非常に気になるところではあるのだが、コタロウはともかくすずであればそういう話をする機会もあるのかもしれない。

「かみさまには浮気相手役を……」
「浮気相手!?!?」

 予想外の単語がまだ十年も生きていない子供の口から飛び出したことに動揺して声がひっくり返った。ままごとで与えられる役と言えば普通は親や兄弟ではないだろうか。
 スバルは一体どういう教育をしているんだ。そしてつゆはどこで浮気相手などという言葉を覚えたのか。
 文句のひとつでも言ってやりたいが肝心のスバルは「大地の舞手じゃないと出来ないことらしくて」と言って出かけてしまい夕方まで不在だ。カナタも一緒だったから舞手の仕事というのは恐らく事実なのだろう。

「こういう場合、普通は父親や兄弟の役だと思うのだが」
「そんなの子供っぽいですの」
「こ、子供っぽい……?」

 ままごとの配役に子供っぽいも大人っぽいもあるのだろうか。
 人よりも遥かに長い時間を生きてきたクラマにとって幼少期の記憶など既に遠い記憶の彼方だし、そもそも同年代の子供に誘われてままごとをするような経験があったのかさえ定かではないが。

「それとも、自信がありませんの?」

 つゆの言葉にはクラマも困惑の色を隠せないが、子供との遊びで与えられた役割を全うしないわけにもいかない。
 その日、クラマはつゆが満足するまで「完璧な浮気相手役」を演じたのだった。



「スバル、お前の娘のことだが」
「つゆがどうかしました? もしかしてクラマさんに迷惑をかけたりとか……」
「いや、それはない……というか子供である以上は多少迷惑をかけられたとてお前に報告するほどのことでもないだろう。危険なことをしていたのなら流石にお前にも伝える必要があるだろうが」
「そうですか? まあ確かにコタロウくんの悪戯くらいならオレも可愛いものだなと思いますけど」

 尤も、つゆは他人に悪戯を仕掛けて楽しむことをあまり好まないタイプだから誰かに悪戯して怒らせるということは少ないだろうけれどとスバルは付け加える。

「前々からませた子だとは思っていたが限度があるだろう」
「あー……。大人がしていることに興味があるみたいなんですよね。先日もヒスイさんのところに行って呪符や占いについて教えてもらっていたみたいですし」
「ままごとで浮気相手役を命じられたときは何事かと思ったぞ。そもそもあの歳で浮気相手なんて言葉どこで覚えてきたんだ」
「大人が読んでいる本を自分も読みたいみたいで。そこで難しい言葉を覚えて使うんですよね。意味まで理解しているのかは分かりませんけど」

 賢い子だからきっと一切理解しないまま適当に使っている、なんてことはないだろうけれど。
 ままごとでおかしな役を押し付けられても結局は最後まで付き合ってくれるし遊びに夢中で暗くなってしまっていたら竜神社まで送ってくれるのだから本当に良い人だとスバルは思う。浮気相手役も、困惑はしたのだろうが決して怒っているわけではないことは声色から分かる。

「クラマさん、いつもつゆと遊んでくれてありがとうございます。帰ってからもクラマさんと何をして遊んだか、そればっかり話してるんですよ」

 秋の里の老人たちがまだ子供だった頃にクラマに遊んでもらっていた、とは聞いたことがあったが色々な遊びを教えてくれて自分のやりたいことも危険を伴わないのなら付き合ってくれる神様が身近にいるとなると改めて里の人たちから慕われる理由も理解できる。
 ——なお、翌日クラマの「浮気相手役」を大層お気に召したつゆに再び浮気相手役を命じられることをこの時のクラマはまだ知らない。