卵は半分ほどマヨネーズに加工。余っているハーブはそろそろ傷んでくるだろうし香水にして次のバザールで売ろうか。ミルクは加工するものとそのまま料理に使うものに分けておいて。今朝収穫したばかりの野菜は数が多いしまとめてピクルスにでもしてしまおう。
頭をフル回転させながら倉庫を整理していく。倉庫を圧迫している鉱石はアクセサリーに加工してバザールの商品にしたほうが良いかもしれない。
そろそろ品評会の時期だからどの作物で出場するかも決めておかなければ。やはり無難にお米や小麦、茶葉だろうか。ああでも茶葉は先日全て紅茶缶に加工してしまったような。次の収穫は品評会までに間に合わない気がする。
そよかぜタウンの牧場主は毎日忙しい。牧場主という職はどこも大変なものではあるだろうけれど、この町ではバザールを盛り上げ発展させるのに牧場主の力が不可欠だ。
無論、他の住民も協力してくれるし苦に思ったことなど一度もないがどうしても寄せられる期待は大きい。牧場の仕事に慣れていない頃は期待に応える為に、と無茶をしてしまい自分の限界を見誤って倒れてしまったこともある。
倉庫の整頓を一通り終えて一息つく。限界まで詰め込まれていた倉庫も少し余裕が出来たとはいえ、またすぐにいっぱいになってしまいそうだし次のバザールでは倉庫の拡張を最優先でお願いするべきかもしれない、などと思案していると背後から声をかけられた。
「ハルカさん、こんにちは」
「あれ、ユリス。牧場まで来るなんて珍しい」
「近くまで寄ったので、せっかくですから挨拶にと思いまして」
——それはまあ、何とも律儀な。
同じ町に住んでいるし顔を合わせない日のほうが珍しいと言ってもいいくらい殆ど毎日会っているというのに。こんな山のほうまで顔を出しに来てくれる、というのは嬉しくもあるけれど。
家庭教師であるユリスにとって基本的に牧場は縁遠いものだろう。畑で作物が実る様子を見せてほしい、と言われたことはあるが生憎お互い忙しくその約束は果たされていない。今朝収穫を終えたばかりの畑はまだ次に蒔く種を決めていないし寂しいものだ。
「ハルカさんはお仕事ですか」
「んー、まあそんなところかな。倉庫にこれ以上入らないくらい物が溜まってたから、今週末のバザールで売り物にするものとまだ必要そうなものを選別してた。油断してるとすぐいっぱいになっちゃうから」
先週のバザールであまり日持ちしないものは殆ど商品にしてしまった筈なのに、なんて思わずぼやく。
「ご迷惑でなければお手伝いしましょうか?」
「ユリスが? 今日はお仕事だったんじゃ」
ユリスが家庭教師として都会まで行く日はある程度把握している。というより、小さな町だから自然と覚えてしまった。
引っ越してきたばかりの頃ユリスに用があって何度か家やカフェを訪ねたことがあるし、その度に弟のディルカから「兄貴なら今日は仕事だよ」なんて返されたものだ。
仕事で疲れている人に手伝ってもらうのは流石に申し訳ない、などと考えているとユリスは柔らかな笑みを浮かべる。
「いつも頑張っているあなたの力になりたいんです」
「私はいつだって自分に出来ることをやっているだけだよ。それに頑張ってるのはユリスも、でしょう?」
両親を亡くしてから色々と苦労してきたという話は何度か聞いている。まだ幼かったディルカをずっと育ててきたという大変さは恐らく自分には一生想像すら出来ないものだろう。
きっと当時はユリスだって親の庇護が必要な年齢だったのではないかと思う。兄弟が生きていく為に、早く大人になる必要があっただけで。
弟が手のかからない年齢になった今でも苦労していることは当然あるだろうし、頑張らなければならないこともあるだろう。
「ユリスは優しいからそんな風に言われるとつい頼りたくなっちゃうし、あまり気軽に力になりたいなんて言わないほうがいいと思うけど」
「誰彼構わず言っているわけではないですよ。……流石に力仕事となるとあまりお役に立てないかもしれませんけれど」
男女で力の差があるとはいえ自分は力仕事は得意ではないし、牧場主として日々力仕事をこなしているあなたほど効率よく動くことは出来そうにないとユリスは続ける。
「そこまで言うなら、手伝ってもらおうかな。そっちに置いてるものを風車まで持っていくつもりだったから半分持ってもらえると助かるし」
「分かりました」
いつも一人でやっていることだから特別何か困っているというわけではないけれど、収穫した野菜と何日か前に作り置きしておいた酢を風車まで運ぶのは骨が折れるのも事実。
野菜を詰めた箱をひょいと持ち上げたユリスに思わず感心する。
「……ユリスって細身な印象だから、失礼かもしれないけど意外と力持ちで驚いた」
「教え子の家まで教材を運ぶことは多いですから。仕事終わりに都会で夕飯の材料を調達してくることもありますし」
「私も一般的な女性よりは体力あるほうだと思うけど、やっぱりこの量の荷物を運ぶのって重労働で。クワを振るうのは慣れたんだけどね」
「僕からするとクワを振るえるのも十分すごい気がしますが……」
風車のほうへと歩きながらちらりとユリスの横顔に視線を向ける。
力仕事は得意ではない、というユリスの証言は事実だろうし実際に薪割りを手伝ってほしいなんて言われたら困ってしまうのだろうけれどこうして見ると頼もしい。
——この人の真面目で、誰に対しても優しいところを好ましく思っている。そしてその優しさが自分に向けられることにどうしようもないくらい喜びを感じている、なんて本人に面と向かって伝えることは流石に憚られるのだけれど。
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