「姫、聞いてください!」

 バタバタと慌ただしく駆けてきたビシュナルにフレイは首を傾げた。
 尤も、ビシュナルが慌ただしいのは割といつものことではあるし、そう珍しくもないのだけれど。先日も大きな声で呼び止められたと思ったら「姫に必要なものだと思って」とヨクミール森で集めてきたらしい素材を渡されたところだった。

「ノエルが……」
「ノエルが?」
「執事になりたいって言ってくれたんです!」

 なるほど、とフレイは納得する。自分の息子が自分と同じ職業に憧れるというのは親にとって嬉しいことだろう。ノエルが農業に興味を持ち野菜を育ててみたいと言い出したらフレイも喜んで報告するような気がする。
 ビシュナルからのプロポーズに応じたとき、ノエルが産まれたときにもこれ以上ないくらい幸せそうな表情を浮かべていたけれど、今のビシュナルはあのときと同じくらい嬉しそうにしている。
 フレイがビシュナルと結婚して数年。ビシュナルは相変わらず執事の仕事も失敗ばかりのようでヴォルカノンに叱られているところを時々見かける。結婚前から苦手だった料理は今も苦手なままだ。
 それでも少しずつ出来ることを増やそうと頑張る青年の姿をフレイは好ましく思っているし、ビシュナルが作ってくれる料理だって以前と比べると失敗は減ったように思う。
 父親のそんな努力家なところに息子も憧れたのだとしたら——母親としてもとても嬉しい。

「ビシュナルくんいつも頑張ってるから、ノエルもお父さんのカッコいいところをしっかり見てるんだよ」
「そ、そうですか?」
「だって昨日もパパの真似だって掃除のお手伝いしてくれたし」

 様々なことに興味を持つ年齢なのか、最近はビシュナルやフレイに限らず誰かの真似事をすることも多いのだけれど。
 ダグがブロッサムに対して素直ではないながらも優しくしている姿を見てノエルも同じように親切にしてくれたのだとブロッサム本人から教えてもらったこともあるし、ポコリーヌが料理をしている姿を見て自分も料理をしてみたいとフレイの手伝いをしてくれたこともある。
 流石にまだ火や刃物を使うようなことは任せられないので簡単で安全な作業だけ一緒にやってもらったが、それはもう楽しそうに手伝ってくれた。

「ノエルは姫に似て要領がいい子ですからすぐに僕を追い抜いてしまうんじゃないかと少し不安にもなりますけど……」
「ビシュナルくんだって成長してるしそれは大丈夫だと思うけど……毎日作ってくれるお弁当だってここ数日は失敗せずに作れてるし」
「おにぎりくらいなら流石に……完璧にとは言えないかもしれませんけど姫が食べても問題ないものは作れますよ!」
「結婚したばかりの頃はおにぎりの中にご飯には合わない具材が入ってたり形がぼろぼろで崩れかけていたような……」
「うっ」

 結婚した翌日に塩だけのシンプルなおにぎりだと渡された弁当が実際には砂糖と塩を間違えた甘ったるいおにぎりだったときはどう指摘すべきか悩んで苦笑いするしかなかったのだが。
 尤も、そのおにぎりは間違えずに塩を使っていたとしても塩辛くて食べにくいものではあっただろうし、あの時と比べれば少し不恰好ながらも普通のおにぎりを作れるようになっただけでも大きな進歩だ。

「……姫にもノエルにもいつか僕の手料理を美味しいって食べてもらいたいです」
「ビシュナルくんのその気持ちが嬉しいよ」
「見ていてください、近いうちにすごい料理を完成させてみせますから!」
「それじゃ、楽しみにしてるね、パパ」

 フレイもノエルもビシュナルの料理は——それが失敗作で、味も見た目も良くないものであったとしても——案外嫌いではないのだが、やる気を見せている彼に今告げることでもないかと思い直す。
 遠い未来なのか、それとも案外近い未来の話なのかはまだ分からないけれど、いつかビシュナルが作った「すごい料理」を家族三人で楽しむ日が訪れるのが待ち遠しい。