——随分と懐かしい夢を見た。
幼い頃、森で出会った不思議な存在。漠然とそれを精霊さまだ、と判断したけれど今となっては本当に精霊だったのかは定かではない。
小屋で精霊さまと楽しく遊んで騒いで、時間を忘れて何日も過ごしていたことを覚えている。そろそろ帰らなければ、と精霊さまの小屋を抜け出して走って……気付けば人間の子供は犬の着ぐるみになっていた。
ただの人間の子供だった少年が死んで「ワンタタン」が生まれた日。あの時の不安と恐怖と後悔と、その他の様々な感情が混じり合った形容しがたい気持ちは今でも思い出せる。あの日からずっと、人間だった頃の家族のところにも戻れず、森で動物たちと暮らしていた。もう十年以上も前の記憶。
「……ワンタタン? うなされていたみたいだけど、大丈夫?」
「ああ、いや、大したことじゃないよ。少し昔の、懐かしい夢を見たんだ。ぼくが着ぐるみの姿になった頃の」
そう告げるとナナミは一瞬だけ悲しそうな表情を浮かべ、けれどもすぐに普段通りの穏やかな表情を見せた。
半年ほど前に結婚式を挙げてワンタタンの妻となったナナミは、彼の過去を知る唯一の人間である。どこへも行くことが出来ず人間との繋がりも持たずひとりぼっちで——正確には野生動物たちと共に生きていくのだと思っていたワンタタンに「わたしがずっとそばにいるよ」なんて迷いなく言い放った彼女の姿は今も瞳に鮮明に焼き付いている。
きっとあの時既にワンタタンはナナミに惹かれていた。ただ、彼女と生きていくつもりはなかったし自分が人間に戻れていなければ彼女は隣にいないだろう。
「きみの優しいところ、ぼくは好きだけど少し優しすぎるんじゃないかな」
「どうして?」
「だって今もぼくの過去に胸を痛めてくれてる。確かにあの時は悲しかったし不安だったけど、あの出来事がなければぼくはルルココ村に行くこともなかったし、きみと仲良くなることもなかったから、悪いことばかりではなかったんだよ」
動物祭の審査員として呼ばれたアニマルトレーナーと、動物祭に参加した牧場主。本来ならそれだけの関係。
もしかしたら精霊さまとの出会いがなければ自分はアニマルトレーナーになることさえなかったかもしれない。普通の人間のまま生きている姿は想像出来ないから、全て勝手な妄想でしかないけれど。
「それに、ナナミはぼくに魔法をかけてくれたからね」
「……ワンタタンはすごいね。わたしが同じ境遇だったらそんな風に考えられないかも」
「ぼくだってナナミがいてくれたからそう思えたんだよ」
ワンタタンが特殊な事情を抱えていると知っても態度を変えることもなく距離を詰めてきた彼女を怖いと思ったこともあるけれど。
伸ばされたその手を取って、共に生きると決めた今はとても幸せだった。
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