竜神社が一時的に生活出来ない状態になった。
というのも酷い台風で神社の屋根に大きな穴が空いた。イカルガの咄嗟の判断ですぐに結界を張り、台風が過ぎ去ってから修繕を行ったことで大事には至らなかったが結界を張るまでのほんの少しの間に雨風で室内は荒れ果ててしまったのだ。
一日や二日で元通りになる状態ではないし、その間の生活拠点がないのも困り物。暫くはイカルガが結婚前に暮らしていた家に身を寄せるしか、などと考えていたところに手を挙げたのがクサツだった。
曰く、カグヤとイカルガには常日頃世話になっているから是非ともうちに泊まっていってほしい、と。無論宿泊代も食事や温泉の費用も取らないからと半ば強引に押し切られては断れなかった。
そこまでしてもらうのは悪いとは思うが彼が切り盛りしている温泉宿は料理も美味しいし温泉も気持ちいい。観光客ではないので普段はどうしても宿泊する機会がないがたまにはお言葉に甘えて宿での生活を堪能してもいいのかもしれない。
結婚してからも二人で旅行に出かけられていないのだから——カグヤには里長としての役目があって里を長期間離れることが難しいので仕方ないのだが——せめて新婚旅行の気分を味わってほしい、と言われたときにはどう返すべきか迷ってしまったけれど。
「……それで、何故布団が一組しか用意されていないのですか」
「夫婦なのですから普段から同じ布団で寝ているものと思っていた、とクサツさんが」
竜神社ではカグヤとイカルガの使う布団を並べて敷いて眠っていた。
お互いに忙しい身だし布団に入る時間だって違うので同じ布団だともしかしたら寝ている相手を起こしてしまうかも、という配慮でもあるのだがクサツの勘違いも分からないではない。
「私は同じ布団でも大丈夫です。もちろんイカルガさんが良ければ、ですけど」
そんなカグヤの発言にイカルガは動揺する。
夫婦であるなら一緒の布団で寝てもおかしくない、という言い分は理解する。理解するが、いざ愛する妻からそのように言われて平常心を保てるかと言われると難しい。
そも、イカルガにとってカグヤは初めて好きになった相手だし、結婚して漸くある程度慣れたとはいえ色恋に関して不慣れだという自覚もある。身じろぎするだけで触れるような距離で寝ている妻というのは想像するだけでそわそわと落ち着かない気持ちになってしまう。
結婚前暮らしていた家に置きっぱなしになっている布団が一組残っていた筈だしそれを持ってきたほうが……無理そうであれば布団はカグヤに使ってもらって自分は畳に座布団を並べてその上で寝ても……なんてことを考えるが、決してカグヤと同じ布団で眠ることが嫌なわけではない。
——第一、どんな些細なことであれ自分がカグヤのことを拒める筈もなく。
◇
「こうして一緒に寝るの、少し照れますけど安心できて好きです」
「そ、そう、ですか……私は慣れそうにありませんが……」
カグヤが好きだというならそれで良いか、とは思うのだが今にも触れそうな距離で他人と眠るという経験はこれまでの人生において殆どないのでどうにも慣れる気がしない。
師と仰いでいた人が生きていた頃、イカルガはその人に呼ばれて同じ布団で眠ったこともあったがそれはまだ親の庇護が必要なくらい弱く幼かった頃の話だ。
幕府で陰陽師としての力を振るい始めてからは当然そのような経験はない。他人との距離を詰めることが不得手な自覚もある。カグヤだけはいつのまにか例外になっていたのだけれど。
「……ですが、安心するというのは少し分かる気がします」
すぐ隣で愛する人が寝息を立てていて、その人の温もりを感じられる。
そういえば師匠と一緒に寝たときもあたたかくて心が安らぐような、そんな気持ちだった気がする。遠い昔の、既に輪郭が朧げになった記憶なのではっきりとは思い出せないが。
或いは将来、子供に恵まれたとき、子供と一緒に寝ることになればあの日の師匠の気持ちを真に理解できるようになるのかもしれない。
「イカルガさんもそういう風に思うことあるんですね」
「ありますよ。……私を何だと思っているのですか」
「いえ、変な意味ではなくて……イカルガさんにとって私が隣にいて安心できる存在だというのは嬉しいなと思って」
「あ、当たり前でしょう。安心できないような相手だったら最初から結婚していません」
誰かと共に生きていくという未来を想定しなかった自分が初めてこの人と生きていきたいと思ったのだ。
「それよりも、そろそろ寝なくていいんですか。朝から忙しいのでしょう、カグヤは」
「それはイカルガさんも同じだと思いますけど……」
里長として朝から晩まで忙しそうにしているカグヤと比較すれば、最近の自分の仕事は楽なものだと思う。
天文司郎にしか出来ない仕事であれば断れないし、緊急の仕事が舞い込むこともあるけれど暫くは大きな問題も起きていないし里周辺も平和そのものだ。
「おやすみなさい、イカルガさん」
——まあ結局、心音が聞こえそうな距離でカグヤが寝ていては落ち着かずに一睡も出来なかったのだけど。
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