カグヤの妊娠が判明したのはつい先日のことだ。
 二人が結婚して生活も落ち着いてきた頃のこと。先に子供が欲しいと望んだのはイカルガで、同じ気持ちだと答えたのはカグヤだった。
 イカルガは子供嫌いを自覚しているしカグヤもそこは理解している。伴侶の子供嫌いが恐らくは過去の出来事——特に自分自身の行動に起因するものであろうことも含めて。
 正直に言えば、いくら愛するカグヤとの子であったとしても自分が子供を望むようになることなどイカルガは想像したこともなかった。愚かだった自分を許されて、過去の傷を乗り越えて、やがて結婚に至ったけれども子供嫌いを克服できたわけではなかった。
 無論、カグヤとの間に子供ができて命が尽きるその瞬間まで賑やかで楽しい日々を送れたら幸せだろうとは思うけれど。

「イカルガさんが私との子供が欲しいって言ってくれて嬉しいんです。ちょっと驚きましたけど」

 なんてカグヤは笑っていたが、それはイカルガ自身にとっても同じである。
 産まれてくるのは男の子だろうか。それとも女の子だろうか。カグヤに似て元気で明るい子に育つのか、それとも物静かで落ち着いた子に育つのか。どちらに似たとしても、或いは親に似ていない性格だったとしてもただ無事に産まれて健やかに育ってくれたらいい。そのようなことをごく自然に考えている自分に気付いた。
 以前と比較すると子供であるというだけで無条件に嫌悪するようなことはなくなったけれど子供が嫌いだった自分に果たして親になる資格はあるのだろうか、という不安がないわけではない。
 そも、イカルガは親という存在を知らない。物心ついた頃には既にいなかったし、師匠が親代わりであった。師匠は優しくも厳しくもあったけれど、あれは親の愛だったのだろうか。

 子供を授かったことを陰陽寮の者に報告したとき、場はどよめいた。
 あのイカルガ様が結婚なさったと聞いただけでも驚いたのに、と言われたときは思わず自分のことを何だと思っているのかと突っ込みたくもなったけれど実際に都で過ごしていた頃は恋人なんていなかったしお偉方から見合いを勧められたときも丁重にお断りしていたので無理もない話ではある。
 師匠にも墓前で手を合わせ報告をした。あの方のことだからきっと今頃、自分のことのように喜んでいるだろう。もし生きていたら産まれた子を自分のときと同じくらい、或いはそれ以上に可愛がってくれた筈だ。



「前に産まれてくる子は男の子と女の子のどちらが良いか私に聞きましたよね」
「ええ、カグヤはどちらでもと答えたのを覚えています」
「イカルガさんはどちらが良いですか? お腹の子の性別」
「……無事に産まれてきてくれるのならどちらでも。母子ともに健康であればそれ以上望むことはありません」

 男の子だったら一緒にこんなことをしたい、女の子であればあんなことをしたいというささやかな夢はあるけれど。
 子供が陰陽の術に興味を持ってくれたなら師匠がかつてそうしてくれたように教えてあげたいだとか、子供が遊んでほしいとせがむなら子供嫌いだった自分にはどう接するのが正解なのか自信はないが子供の好きな遊びに付き合いたいだとか、そういう欲求は尽きない。

「イカルガさん、きっと素敵なお父さんになりますね」
「そ、そうですか……? それを言うなら私よりもカグヤのほうがよほど立派な親になると思いますが」

 大地の舞手として、里長として、常に誰かの為に頑張れる人。自分に与えられた使命や肩書きがなくとも困っている人を放っておけないカグヤは誰からも慕われている女性だ。
 慈愛に満ちた表情で産まれたばかりの赤子を抱いている姿が自然と想像出来る。成長した子供にも当然慕われるだろう。

「私だって初めてのことばかりで慣れないことも多いと思いますし不安もありますよ。立派な親だと思ってもらえるように頑張りたい、とは思いますけど」

 それに、とカグヤは言葉を続ける。

「イカルガさんって子煩悩なお父さんになりそうな気がするんです。出会ったばかりの頃からは想像出来ないくらい」

 何だそれ、と思わず突っ込みたくなってしまうが他でもないカグヤが言うのならそうなのかもしれないという気もしてくる。
 ——敵わないな、色々と。同じ言葉を別の人に言われたら呆れ返ってしまいそうなものなのにカグヤの言葉なら素直に聞き入れてしまう。或いはカグヤがそういう風に思ってくれるのならば自分も彼女の語るような存在になりたいと自然と願ってしまう。
 これがカグヤに与えられた変化なら、時には彼女の色に染まるのも悪くはない。


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