「王都に程近い場所に、綺麗な花畑がある」
「花畑、ですか?」

 午後三時を過ぎ、閑散としたレストランで遅めの昼食をとりながらふとラインハルトはそんな言葉を口にした。
 従業員のフーカから本日のおすすめ、と紹介された野菜炒めを口に運びながらアリスは目の前の恋人の言葉に耳を傾ける。
 ——王都。アリスの知らない世界だ。
 もしかしたら記憶を失う前は王都を訪れたことがあるのかもしれないし、ベアトリスやラインハルトとすれ違うような機会もあったのかもしれないけれど、記憶を失ってからはリグバースで生活しリグバースから遠く離れた場所へ行ったこともない。恐らくはリグバースより遥かに都会で発展した場所なのだろう、と想像はつくけれど。

「自然豊かなリグバースで生活しているとあまり珍しいものでもないかもしれないが……迷惑でなければいつか、あなたと二人で行ってみたいものだ、と思ってな」
「迷惑だなんて、そんなことないです。ラインハルトさんが見せてくれる景色、私は好きですよ」
「……そう言ってもらえると、こちらとしても嬉しい。私もあなたとこのような関係になるまではゆっくり景色を楽しむ余裕もなかったが……アリス殿と過ごす穏やかな日々が、私は好きなのだろう」

 没落貴族で貧しい幼少期を過ごしていた、と。国王が自分のことを取り立ててくれて家族を養う力を、生きる道を与えてくださったのだと、かつてそんなことを話していたことを思い出す。

「ところで、どうして花畑なんですか? いえ、私も花は好きですけど」

 リグバースで暮らし始めてから与えられた畑ではトイハーブやサクラ草を何度も育ててきたし、今も畑にはいくつかの花の種が撒かれている。
 花は嫌いではないし、どちらかと言えば好きなほうだと思う。花屋へ顔を出し、つい予定外の買い物をしてしまうこともある。
 普段と変わらない表情の恋人に改めて視線を向ける。この人が二人で行ってみたい、と伝えてくれるのは随分と珍しいことだ。
 彼はノーラッド王国の王女の一人ベアトリスに仕える騎士でそれ故にあまりベアトリスのそばを離れることが出来ないし、自分自身もリグバースのSeed隊員としての仕事がある。それに、畑で育てている作物や仲間になってくれたモンスターのことも放ってはおけない。
 リグバースにも綺麗な景色は沢山あるし、その中にはまだ二人で見ていないものもある。外の世界の景色はとても気になるけれど。

「大した理由はない。……ただ、あの場所に咲いた花々はあなたにとても似合うだろう、と。そう思っただけだ」
「……私に、ですか」

 この恋人は聞いているこちらが恥ずかしくなってしまうようなことをさらりと言ってのける。それだけ好きでいてくれるのだと思うと嬉しくもあるのだが。
 ラインハルトは時折とても大切そうに言葉を紡ぐ。実際に意識しているのか定かではないが、少なくともアリスにはそう見えている。今だってそうだ。

「もちろん、リグバースでは見られない珍しい花が咲いているというのも大きな理由ではあるが……」
「私はラインハルトさんが今まで生きてきた場所がどんなところなのか、見てみたいです」

 だからいつか一緒に行きましょうね、と朗らかに笑ってみせる。
 自分の愛する人が大切にしているものを、守りたいと願っているものを、自分も大切にしてあげたいと。アリスはいつだって願っていた。