「それで、アリスさん。あれからラインハルトとは上手くやれていますか?」

 穏やかな昼下がり、ベルファ遺跡に用意されたベアトリスの生活スペースになっている部屋で、ベアトリスは唐突にそんな言葉を投げかけた。
 アリスは恋人でもあるラインハルトに挨拶にと遺跡にやってきたが彼は今ベアトリスの用事で一時的にリグバースを離れているとベアトリスから説明され、折角なら一緒にお茶でもどうだろうかと誘われたのが十分前。
 ノーラッド王国の王女でもあるベアトリスが直々に用意したお茶ともなると、いくら相手が友達とはいえどうしても身構えてしまう。
 豪華なカップに高そうなお茶が注がれてテーブルに並べられる。恐る恐るカップを手に取り、一口だけ口にした。正直、お茶のことに詳しいわけではないけれど今まで飲んだ——とはいえ記憶喪失なのでリグバースに来る前のことは覚えていないが、どんなお茶よりも良いお茶なのだろう、ということは分かる上品な香りと味だった。

「ラインハルトはアリスさんのことを傷つけてはいないでしょうか」
「心配してくれてありがとう御座います。ラインハルトさんはいつだって優しくしてくれているので大丈夫ですよ」
「それなら良いのですけれど」

 ベアトリスの心配も無理はない。
 ラインハルトはベアトリスへの思いは忠義、アリスへの思いは愛だと断言してくれているしアリス自身もその言葉を疑ってはいないけれど、もしかしたら自分は愛されていないのではないか、と。そんな風に考えて傷ついたこともある。
 目の前にいる彼女もその時のことは知っているし、責任を感じているのかラインハルトを自分の騎士から解任しようとしていたくらいだ。結局、ラインハルトは今でもベアトリスに仕えているしアリスはそんなラインハルトのことを信じて愛しているけれど、あの時のように傷つけられてはいないか、というのはどうしても気になるらしい。

「わたくしは何があってもアリスさんの味方ですから、もしラインハルトのことで何かあったらいつでも相談してくださいね」

 どうぞ、とクッキーをテーブルに差し出してベアトリスはふわりと笑んだ。
 彼女は以前からアリスとラインハルトの関係を気にかけてくれていた。アリスがラインハルトに想いを告げて、晴れて恋仲になったのは半年ほど前のこと。
 ラインハルトと共に行動していることが多い——彼女の身分を考えれば一人で行動して事件にでも巻き込まれてしまったら大変なことになるので護衛が必要なのは当然ではあるのだが、とにかくそんなベアトリスは二人の交際を恐らく誰よりも早く知ったのだろう。
 大事な友人と心から信頼している自分の騎士がそのような関係になったことをまるで自分のことのように喜び、それ以来頻繁に二人の関係が上手くいっているのか気にするようになったし恋愛に関する悩みや不安があれば相談にも乗ってくれている。

「アリスさんにそんなにも想われて、ラインハルトは幸せ者ですね」
「それは私もですよ。今はラインハルトさんに大事にされてるんだなって信じられますから」

 お互いの都合がつけばデートをしているし、デートの度に彼はアリスへの愛情を包み隠すことなく伝えてくれる。
 それが恥ずかしいと思うことはあるけれど、とても嬉しいとも感じている。

「今日話したことはラインハルトさんには秘密、ですよ。流石に本人に知られるのはちょっと恥ずかしいので……」
「ふふ、ええ、わかりましたわ。わたくしとアリスさん、二人だけの秘密ですね」

 そろそろ仕事に戻らないと、とアリスは立ち上がる。
 これが普通の友達というものなのだろうか、と嬉しそうにしているベアトリスに見送られて遺跡を後にした。



 数日後のある日のことである。

「お嬢様から休暇を頂いたのだが……」
「ベアトリスさんから?」
「何でもたまにはアリス殿との時間を大切にするように、と。今日一日は何もしなくていい、と言われてしまった」

 ラインハルトは立場上ベアトリスの側を長時間離れることが出来ない。それでも恋人関係になってからは極力二人きりの時間を作ろうとしてくれているし、最近は寂しさを感じることも殆どない。
 もう少し一緒にいたいな、と思うことがないわけではないけれどそれはお互い様だ。アリスもSeed隊員としてリグバースで発生した急なトラブルに対応しなければならないことはあるし、リヴィアやスカーレットに呼び出されてそちらを優先しなければならないこともあるだろう。
 恐らく、先日ベアトリスとお茶をしながらゆっくり話したこともあり彼女が気を利かせてくれているのだろう。たまには恋人との時間をもっと作りなさい、と。そういうことらしい。

「それで、もし良かったら今から二人で何処かへ出かけないか、と思ったのだが……」

 忙しくはないだろうか、と不安げに此方の顔を覗き込む。もしも忙しいのなら日を改めて……と続けようとするラインハルトをアリスは慌てて止めた。
 決して暇だ、というわけではないけれどSeed隊員としての仕事は今のところ入っていないし他の予定も明日に回してしまっても問題ないものばかりだ。
 何よりラインハルトと一日、二人で過ごせることは滅多にない。愛する人からの折角の誘いを断るわけがないだろう。

「是非行きましょう。ラインハルトさんが誘ってくれて、とても嬉しいです」
「そ、そうか。あなたに喜んでもらえて安心した」
「ラインハルトさんと一緒に行ってみたい場所、まだまだ沢山あるんですよ。リグバースの町にも、町の外にも」

 一日では足りないかもしれないな、なんて思うけれど。
 彼と過ごす時間は今日だけではないのだから足りないならまた時間を作ればいい。きっと自分が老いてしまっても、彼と一緒に見たい景色は増える一方なのだろうけれど、それはとても幸せなことなのだと思う。

「幸せ、とはこのようなことを言うのだろうな」
「そうですね。私はラインハルトさんと過ごせることがなによりも幸せです」

 今日も明日もその先も、この人の隣を歩けることは自分にとって何よりも幸福なことなのだろう。手のひらを絡めて歩きながら、そんな幸せを噛み締めていた。