霊幻さんの事務所からの帰り道。ジョギングする人が時たま通り過ぎていく、枯れ草が目立つようになった河川敷。日が落ちるのが早くなったね、彼女はカーディガンから覗く手を擦り合わせて言った。ライトグレーの袖口。

「高校、まだ決めてないんだって?」

 名前さんからの問いかけに不覚にもたじろいだ。彼女は何気ない会話の中でいきなり鋭いもので突いてくるから、度々こういう感情が喚起される。戸惑い。困惑ではない。だってこの感覚は、少しだけ心地よくもあった。僕を、よく見ている。僕に限ったことでは無いにしても、だ。少なくとも彼女の眼に僕は映っている。

「影山くんか…」
「まあまあ、モブくんに悪気はないよ。いつもの事だけど」
「それは分かってますけど…」

 隠していたわけでもないけど、別に言う事でも無かった。高校まだ決めてませんとか。字面が間抜けにも程がある。

「名前さんはもう卒業するし」

 名前さんが若干身体を強張らせる。分かっていた、彼女を困らせてしまうことは。けれど考えるより先に不器用な口は動く。彼女の前でまともでなんていられないのだ、いつだって。
 名前さんと一緒の高校生活を僕は一生送れない。

「趣味悪いねテルくんは」

 そう言いながら少し前を行く。歩みは止めずに。

「名前さんこそ」

 振り向いた彼女は少しむくれていた。かわいいと思った。

「そんなんじゃなかったって言ってるじゃない、霊幻さんには」

 そうは言うけれど、限りなく近い憧れではあっただろう。僕には分かる。僕もきっとあの名前さんのような視線を、いやもっと熱量のあるものを送っていたのだから。

「私、大学へ進んだ後は院に行くって決めてるの」

 つい先日合格発表があったばかりだというのに、名前さんはもうずっと先の将来を考えているようだった。いじけて立ち止まっている僕とは対照的に、どんどん名前さんは遠ざかっていってしまう。

「だからね、私とキャンパスライフはおくれると思うよ」

  え、と僕が顔を上げたときには、名前さんは既に歩き始めていた。
 考えつきもしなかった。大学のことなんて。いやそれより、名前さんがそんな事を言うなんて、

「いきます、僕も、おなじ大学」

 ふふふと名前さんは前を向いたままで笑う。

「うち、結構難しいよ? …なーんて。自分で言うなって感じだけど。まだ入学してないし」
「合格します、絶対」
「高校も決めてないのに?」
「うっ……すぐにでも決めて受験勉強頑張ります」

 よし、と少しだけ顔をこちらに向けた彼女は楽しそうだった。

「女を待たせるのは悪い男なんだよ?」
「…良い男だって証明してみせます」

 ああすぐにでも立ちたい。並びたい。あなたの横で笑いたい。


180321
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