いつも通りのレイシフトだった。場所は下総国、適当に素材を集めるついでに新しいサーヴァントとの絆を深めよう、という軽い気持ちだった。全てが普段と同じ、なんら変わりのない戦闘になるはずだった。
 しかし到着した先はかつて見た下総とはまるきり違い、立ち並ぶコンクリートの建物、アスファルトに覆われ整備の行き届いた道路、人工的に配列された木々がそこにはあった。
 そんな、嘘だ。私はこの場所を知っている。忘れかけることもあった、けれど絶対に記憶から手放してはいけない風景。

「どうして…」

 エリちゃん、これ、なに。
 いつもお世話になっていて、今日も付いてきてもらっていたエリザベートに問いかけるも、答えがなかったので不安に駆られる。おそるおそる振り返った先は初召喚から共に戦闘を切り抜けてきたランサー・エリザベートではなく、その他日ごろから周回で頼りにしてきていたサーヴァントたちでもなく、

「あ、れ」
「……?」

 つい最近召喚に応じてくれた、カルナただ一人だった。



 カルデアに来る前。もう随分と昔のことのようにも思える。普通に女子高生として生活していた頃の、私の住む街。
 それと変わらぬ風景がそこには広がっていたが、大きく違うのは人が私たち以外に誰一人いないという事だった。動物ももちろん居らず、かといって植物は普通にうわっているが昆虫も見かけない。微生物なんかは分からないが。
 自分の街がゴーストタウンのように、しかしつい先程まで誰彼もが生活していたような空間へと化した光景はとても奇妙に映った。そこにぽつんと立った、月の裏側の記憶を着た私と戦闘ルックのカルナ。こんなちぐはぐさを笑えれば良かったのだが、生憎恐怖の方が優っていた。

「カルデアとの通信は……やっぱり切れてるか」
「敵も今の所は見当たらないな」
「…敵」

 エネミーが、こんな、街中に……。新宿のときは既視感を覚えつつも異常なさまに圧倒されて感じなかったが、住んでいた街となると違和感を覚えた。

「……とりあえず通信が回復しないと何もできないよね」
「…そうだな。当てはあるのか、マスター」
「ない。…けど、とりあえず目的地はある。その前に…」
「どうした?」
「せっかくだし洋服を変えよう」

 カルナは表情は変えないままで疑問符を浮かべている。冗談めかしたつもりだったが、まあ笑わないか。私は笑えているだろうか。指先が微かに震えている。それをぐっと握りしめた。
 大丈夫。大丈夫。大丈夫────





 良心が痛むかと言えば、ここはもう異常な土地なうえに新宿でのオルタ組の件もあって、服屋から品物を拝借するのは特に抵抗がなかった。それもどうかとは思うが。私はファッションセンスに自信はなかったが、ルックスの良いカルナは普通に着こなしてくれた。

「かっこいいね」
「そうか」
「…うん」

 笑いかけても返ってくるのはひと言と鋭い眼光のみ。彼はこういうたちなのだから、何かリアクションを求めるのは間違っているとは思うが、気を紛らわすため、平常心に戻る為、私は無理やりテンションを上げているのかもしれない。それを客観的に見れるだけ、まだ冷静であると思いたかった。






「……着いた」
「ここか」

 ここも変わりがなくて良かった。いや良かったと言っていいものなのか、ともかく私の家までちゃんとたどり着けたことはありがたかった。住宅街も、お隣さんの庭先も、そのままだった。
 ドアに手をかけるもやはり鍵はかかっていない。意を決して開き中を覗く。……誰もいない。良かった。中で誰かが死んでいたら、とか、考えなかった訳でもない。良かった、ちゃんとなにもかも覚えている。

 カルナに靴を脱ぐよう言ってから二階へと上がる。少し軋む階段。不思議と私の思考は澄んでいた。カルナの方を見ると、靴を律儀に揃えている所で少し笑みがもれた。

 自分の部屋のドアノブを開ける。なにぶん急だったし、帰って来る気ではいたから中はそこそこしか片付いていなかった。クローゼットを開けたらきっと悲惨なことになるだろう。
 ああ、帰ってきてしまった。ほんとうは帰ってきてはいないのだけれど。

「マスター」
「うわっ駄目!」

 うっかり感傷に浸りそうな所で背後からカルナが声をかけてきたので、急いでドアを閉める。心なしかびっくりしているようなカルナに私も少し驚いた。

「どこ、でも見てていいから、私が呼ぶまで好きにしてて」
「承知した」

 階下へ戻っていったカルナから隠れて小さくため息をつく。片付け、どのくらいかかるだろうか。





 物が片付き終わった頃には日が傾いていた。ここには昼も夜もあるらしい。ベットに横たわり綺麗になった部屋を見渡す。やればできるじゃないか。そうだ、早くカルナを呼ばないと、随分待たせてしまっているから……ああなんだか、眠たくなってきたような。





 目を覚ますとすっかり夜も更けていて、部屋の中は真っ暗だった。枕元の時計を見ると23時だった。変な時間に起きちゃったなあ…じゃなくて、ご飯もお風呂も済ましてない! あれ、でもお腹は全く空いていないし、汗もかいた気はしなかった。けどなんでお母さん呼んでくれなかったの…………
 あ。

「レイシフト、してたんだった」

 乾いた笑いがもれた。17年間染み付いた経験はそう簡単に消えないものらしかった。

「……カルナ」
「どうした」

 カルナの名を呼ぶと、空間に溶け出すようにすっと彼は現れた。霊体化していたのであろう、普段のカルデアでの生活では見られないような光景にそういえば彼はサーヴァントだったのだと、ぼんやり思い直した。

「ごめん、寝てた……」
「問題ない。マスターに休息は必要だろう。ゆっくり休め」
「ありがとう。何かあったらすぐに起こして」
「ああ」

 カルナはそう言ってふっと消えた。暗がりに慣れた目が壁をぼんやりと見つめる。時計の針はきちんと時を刻んでいる。棚に並んだ教科書、もらったぬいぐるみ、気に入っていた小物入れ。
 静かだった。私以外この家にはいない。この街にはいない。もしかしたら、この国には、この世界には…………

「カ、ルナ」
「マスター?」

 再び現れたカルナは相変わらずのポーカーフェイスでこちらを見つめる。

「霊体化、しないで」
「…魔力は温存しておいた方が賢明だろう」
「…そうだよね……」

 魔力供給はカルデアの設備があってからこそ成り立っていたもので、平凡な魔術師の私の魔力量がいくらあるのかは分からなかった。効率の良い魔力供給の手段がないことはないが、彼にそういうことをする勇気はなかった。
 それでもマスターとサーヴァントが近くにいれば、魔力が滞ることはないだろう。

「そうだ、手を」
「手?」
「手を、握っていてください」

 文句も言わず繋いでくれた手は細いが大きく、私はすっぽりと覆われた。いつも冷たそうに見える白い肌は、案外あたたかなものだった。
 再び目を閉じて眠りに沈もうと努力する。静かに泣くのがうまくなったのは、いつからだったろう。


つづくかも
180329
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