バトルした後には、よく二人で観覧車に乗った。私は遊園地のアトラクションの中ではジェットコースターが好きだったけれど、彼は決まって、このゆったりと時間が流れるいやに大きな乗り物に乗った。うつくしい数式。私にはちっとも理解できなかったけれど、Nがぼんやりと窓の外の遠くを見やる、その温度のない横顔は好きだと思った。

「ボクは、プラズマ団の王さまなんだ」
「そう」

 Nがあまりにも自然に口にするものだから私もそう返事をしたのだけれど、彼の方は意外だったようで、光のない瞳を瞬かせて私をまじまじと見た。

「驚かない?」
「まあ、少しは。驚いた方が良かった?」
「…どうだろう。ボクはキミに何を求めていたんだろうか」

 Nは早口でぶつぶつとなにか呟く。こうなると私の言葉はあまり効果がないので、考えこむNから視線を外し、昼でも電飾が煌めいているライモンシティの街並みを見わたした。ぴかぴかというよりビカビカした建物は、遠くからでも眩しく、目がチカチカする。バチュルの風船がひとつ、ジムの上を飛んでいく。風が強いらしい。

「Nは最初から変だったから、慣れたよ」

 ぼそりとこぼしたはずだったが、意外にもNは私のセリフをひろった。

「ヘン」
「うん」
「そんなこと初めて言われたよ」
「うーんなんか君箱入りっぽいからね…じゃあ私が第一号だ」
「キミもけっこうヘンだね」

 Nほどじゃないよ、とまた窓の外に意識をやると、視界の端で彼は微笑んだ。ちゃんと見ておけば良かったとほんの少しだけ後悔をする。

「Nはきっと、そのうちどこかへ行ってしまうんでしょう」

 ほころんでいたNの口角は下がり、口元はきゅっと結ばれた。風船が豆粒になり見えなくなったところでNに向き直る。出会った時のような顔に見えて、一抹の寂寥を覚えた。

「キミはヒトの心を察するのが上手だ」
「ありがと」
「ボクはそういうのは苦手だから」
「その分Nは数学が得意でしょ」

 あとポケモンと仲良くなるのも。そう付け加えると、彼の表情は幾分やわらいだ。そんなふうにいつも、笑っているといいと思う。難しいことばかり考えずに。彼が大切にしたいものは、案外すぐそこにあるのではないだろうか。

「友達はね、遠くにいてもたまに連絡を取り合うんだよ」
「トモダチ?」
「わたしのツタージャと、それからわたし」

 ああ……と感嘆めいた声を出してNはまた遠い目をした。

「キミとはきっと、トモダチじゃない」

 なかなかにショックなことをさらりと言ってのけるのが、Nの面食らうところのひとつだった。

「トモダチに対する感情とは、違う気がする」

 そこまで分かっていても、その先へと進む足がかりがあってもなくても、人は躊躇する。Nだって普通の人間なのだ。

「じゃあなおさら、私のこと忘れちゃダメだよ」
「うん……。キミと交換したマメパト、彼に手紙を託すことにするよ」
「ほんとかなあ」
「本当だよ」

 ガコン、と箱が揺れたのち静止する。ややあってアナウンスがスピーカーから聞こえてきた。お客様にご案内致します────
 誰か降りそびれたか、乗りそびれたかしたんだろう。よくある事だ。

「話、もう少ししようか」
「うん。分からないことはなるべく少ない方がいい」
「分からないことがあることもそれはそれで良いものだよ」
「名前はボクの知らないことばかり知っているね」
「Nが知りすぎているだけ」

 この感情をNがどう処理したって、彼はどこかへ行ってしまうし、私は置いていかれる、ただのいちポケモントレーナーなのだ。たまたま遊園地でよく会うだけの。

「観覧車、もう一周しよう」
「嬉しいな、キミもこの美しい数式に魅せられたのかい?」
「ううん」

 珍しく明るい声のNをばっさり切って、話をつづける。

「まだわからない。だから、話をして。Nの考えているたくさんのこと」

 理解できずとも覚えておきたい。あなたに見えている、悲しくも美しい世界を。
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