「名前先輩って、幸村部長と付き合ってるんだと思ってた」
「は?」
「一年の時の話ッスけど」
めずらしく部活以外の時間に校内で出くわした切原赤也後輩は、水道で手を洗う私をシンクのふちにもたれじっと見つめながら、笑うでもなくそう言った。
「どこをどう見たらそうなったの」
「だって部長、先輩にダル絡み一番多いじゃないッスか」
被害者筆頭とも言う。同級生のマネがどんどん辞めていく中で、言われたことはとりあえずやっておく都合のいい私に、取り繕うのもやめたのか度々無茶振りをされ私が断るのを覚えるのに時間がかかり結果ブン太に対するジャッカルみたいな立ち位置に置かれている、気がする。いやちょっと違うけど。今は奴も部長という立場で多少威厳を保たねばならないのでそこまででもないが、前は事あるごとにからかわれていた。
「なに恋バナしたいの? 赤也好きな人いるの?」
「なっ、違!」
ワカメが映える白い肌が朱色に染まるのを見ればだれだって想い人がいるんだなあとは察せられる。そうかあ赤也も…そんな年頃に……。
「なに涙ぐんでんスか」
「後輩の成長がうれしくて」
「ハァ…」
むくれる後輩がかわいいので濡れた手の水をぱっとかけると、ぎゃあと後ずさった。ハンカチで拭いた乾いた指先で未だ赤い頬をちょいちょいとつつくとじろりと睨まれる。けれど手は振り払われなかった。それをいいことに両手でつかんでこねてやる。
「切原くんのほっぺはもちもちですねえ」
「ひゃめへくらはい」
「やだ」
赤也に彼女ができたら、軽々しく彼に触れることは叶わないんだろう。そう思ったら目の前の後輩が突然惜しく思えて、急な変節に笑ってしまった。
「ねえ赤也」
「なんスか」
柔らかな、うねり放題の黒髪をかき混ぜて、もう私より高い位置の双眸を見上げる。
「彼女作るのはもう少し先にしてね」
「え」
「ちょっと寂しいな……と」
何言ってるんだ。お前は娘を持つ父親か、いやオヤジのポジションは真田のはずでは、私もいつのまにか老いが進んでいたのか…とひとり冷静に、いや混乱していると、赤也は茶化すでもなく言った。
「ハイ!」
なにやら嬉しそうなのが解せなかったけれど、満面の笑みの後輩を見るのは先輩としても気分が良い。
「じゃあ先輩、部活で!」
駆け抜けていく背中を、またひとつ大きくなったなあと見送った。
190408
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斜掛