※若干の猥談
「柳さん柳さん、折り入ってご相談が」
「なんだ改まって」
昼休みの部室に柳を呼び出した名前は、普段めったに用いない敬語でこそこそと柳に話しかける。別に誰に聞かれているわけでもなしに。潜めた声量とともにわずかに低くなった名前の声が柳の耳元に届く。
「その……データが入り用でして」
「ふむ」
名字がそう持ちかけてくるのは珍しい。勉強面では大抵自己解決してしまえる程度の学力を備えているし、テニスの知識も申し分ない。あとは練習試合を組む対戦校の検討だろうか。
「……幸村のAVの趣味を教えて下さい」
「は?」
予想外の阿呆すぎる言葉に柳も絶句する。名前はそんなことを言うキャラだっただろうか。決してお淑やかではないが奇天烈でもない名前が、そして幸村に対して特に恋愛感情を向けていなかったであろう名前が、何故。
「……知ってどうするんだ」
「知ってんだ」
うわー、と露骨に引いた顔を見せる、自分から聞いておいて失礼なリアクションをとる名前。なんなんだお前はという言葉の代わりに柳がため息を吐き出すと、名前の方も重苦しい口調でぼそぼそと理由を述べた。
「クラスのギャルが…幸村を狙っていて…マジパない色仕掛けで落とすんだそうです…」
「落ちないだろうな」
「落ちないよねえ、そう言ったんだけどねえ、恋する女の子は怖いね、特にギャルはね」
ギャルは怖い。まあ人それぞれではあるが、あながち間違いでもないので柳も軽く頷いておく。以前「ねーねーやなぎんなんで目ェ閉じてんのー? ウケる」などとひとしきり話題に消費され、嵐のように去っていった彼女たちに呆気にとられたのは記憶に新しい。未知の生態だ。
「名字が精市に直接聞いてみたらどうだ?」
「やだよなんでそんな興味ない上にきわどいこと本人に聞きにいかなきゃなんないの、とりあえず殴られそう」
「俺はいいのか」
「柳は殴りはしないだろうし…恥を忍んで…ついでに参謀の知見を借りれないかなって…」
ついでなのか、というか幸村の方も一応女である名前を殴りはしないのではないかと、柳の言いたいことは山々だったが口をつぐんだ。
「もうなんでもいい、ToLOVEるで好きな子でもいい、てか私が幸村の下衆そうな趣味とか知りたくないわ」
「トラブル?」
「あ、うん、なんでもない」
「冗談だ。……そうだな」
「俺はナナが好きかな」
「私はメアちゃん! …って」
ヒッと小さな悲鳴を上げて顔を引きつらせた名前の視線の先には、この上なく上品な笑みを浮かべた幸村がいた。
「随分楽しそうな話をしてるじゃないか」
「そっすねじゃ赤也が怪我したみたいなんで救護行ってきます」
「今昼休みだろ何言ってるんだ名字、ついに頭沸いたのか」
「すごい辛辣じゃん?! びっくりした」
名前は焦りを隠さず、しかし会話をどうにか良い方向へ運ぼうと必死に言葉を紡いだ。
「あー、えーと柳は誰が好きなのかな!? 春菜ちゃんかな!?」
「で、俺のAVの趣味だっけ」
ゴフッと変な咳が名前の喉元で爆発した。柳が背を申し訳程度にさすってやる。俺の女の子の趣味も勝手に決めるな。
「なに? 今度一緒に見る? 俺の家で」
「いやいいです知りたくないです、ナナちゃんがいいんですよね幸村はツンデレツインテ好きロリコンだから多分グラマーなギャルちゃんではちょっと違う方向に頑張った方がいいよって言っときます」
「それでいい」
いいのか。
いやよくはないだろう、というかナナは俺たちより歳上なのだが、とひとり脳内で突っ込む柳をよそに、幸村は顎に手をやりしばし逡巡した。
「強いて言うなら、名字に似てる女優が好きだよ」
お前も何言ってるんだ、とは言い出せず、少しも変わらない表情で柳は名前のほうをちらと伺った。
「あ、悪趣味……」
顔を真っ青にした名前は早急に背を翻し部室を飛び出していった。さもありなん。
「今ので伝わらないのか」
「伝わってもどうかと思うぞ、ほぼセクハラだ」
「名字俺のことなんだと思ってんのかな」
「スプラッタ好きとでも思ってるんじゃないのか?」
「蓮二にも分からないのか」
「女心はな…」
「女心っていうか、なんていうかな」
名字はほんとよく分かんないよね、と朗らかに笑ってみせる幸村も大抵心算の読めない人間である。
「俺はこれでも真剣に名字のことを想っているんだけど」
「回りくどいのも考えものだと思うが」
「うーん、難しいね、恋愛」
その割には楽しそうに彼女の去った先を見つめている幸村に、柳はやれやれと嘆息した。
190410
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斜掛