全国大会が終わって、役職も引き継いで、これで少しはゆっくりできるのかと思いきやそうもいかないのが学生というもの。体育祭も文化祭もバタバタと過ぎていって、冬服を全員が着る頃になると嫌でも受験に専念しなければならず、それは推薦でさっさと府一番の進学校に決まった小春以外みな同じ、はずなのだけれど。銀さんは普段と変わらず泰然自若としているし、千歳は進路なんて全然考えてなさそうに見えて本当はちゃんとしているのかもしれないしそれは見せかけという可能性もあるだろう、まあ結局よく分からないのだが、それはそれとして一氏は自学という言葉を知らんのか小春に泣きつくばかりである。よって放課後ほぼ毎日真面目に受験勉強をするメンバーは、部内では私、白石、忍足という顔ぶれだった。
2組の教室を覗くと問題集に吸い込まれんばかりに前のめりになっていた明るい茶髪がひとつ。私に気づくと忍足は顔を上げて「遅いわ!」と早速失礼なことを言う。遅ないわ。HR終わってまっすぐ来たわ。廊下は基本的に走ってはいけない。浪速の以下略と一緒にしないでほしい。
「あれ、白石は?」
「あーなんか呼び出されとって遅れるて」
「またか!」
はーあ、と私がでかい溜息をつきながら忍足の隣の席に腰を下ろすと、はーあと忍足もシャーペンを机に置いた。
「白石なら顔で面接受かりそうやな」
この場に居ないのを良いことに私はそう言った。数学のプリントを片付けてしまおうとファイルを漁ったが、どうやら家に置いてきたらしい。あーあ。最近どうもぼんやりしている。
「アホかいくらなんでもそんな高校あるか」
忍足は乗るかと思いきや真面目に突っ込んできた。問題集にはもう目もくれていない。休憩が早すぎる。
「AO入試ならいけるんとちゃう」
「AOある高校そんなないやろ」
「お、よう知っとるやん忍足のくせに」
「なんや俺のくせにって!」
憮然とする忍足謙也もそれはそれは整った顔立ちをしている。白石にはどうも負けるが。中身とのギャップがどうやらその手の顔が好きな女子にはウケが悪いようだ。損である。
「忍足も頑張ればいけるて」
「はあ?」
「万年二番手〜」
「喧嘩売っとんのか」
「褒めとんのに」
「嬉しないわ!」
仕方なく英語のワークを引っ張り出して教科書とともに広げた。
「忍足も侑士くんみたいに眼鏡かけて東京行けばモテるんとちゃう」
「は?」
「ああでも関西弁はあんまうるさいと怖がられるかもなあ、忍足やし」
「俺やしってなんやねん」
「はは」
「笑い事ちゃうわ」
はいはい、と適当にあしらって間違えた問題を解き直しにかかる。
「てかなんでお前侑士は侑士って呼ぶんに、なんで俺は忍足呼びすんねん……」
「ん?」
「いや……」
忍足はもごもごと何か口ごもったが、聞こえてましたよちゃんと。
「忍足が初めて会った忍足やからオリジナルの忍足やん、あとケンヤって私の従兄弟と被るから呼びにくいわ」
「なんやねんオリジナル忍足て!」
「ケンヤさん〜〜ケンヤさん勉強集中して下さい〜〜」
「お前は……!」
ギャーギャーともうこれは勉強どころではない。白石。白石はよ帰ってきてくれ。
「名字は」
「うん」
「俺が東京行ってもええんか」
「ええ? 忍足高校は東京なん!?」
「いやそうやないけど……」
なんだびっくりした。仮にも医者の息子だからなんかそっちに強い学校に行くのかと思ってしまった。
「東京行ってモテても意味ないやろ」
「なんで?」
素直に疑問で返した。それがいけなかった。
「……お前に、好かれんと、意味ないねん」
シャーペンが私の手から教科書へと落ち、ぱさりと間抜けな音を立てて転がった。肌寒くなってきたにも関わらず紅潮している忍足の頬。ゆっくりと私に合わさった大きな両の瞳。湛えた熱量。
「……なんで」
「〜〜っここまで言うて分からんか!!??」
「いや分かるけど」
「っんなら」
「せやけど」
手が震える。動揺している。知っていた、忍足が私を友愛だけでなく恋愛感情もないまぜにして見ていることは。驚きはあったものの不快感はなく、むしろ嬉しさの方が大きかった。けれど目下私たちが取り組むべきは勉強である。受験である。真正面から好意を示されて、受け取った感情を一旦置いて冷静に英語の長文を読めるほど私はできていない。
「し、白石が」
「なんで今白石やねん!?」
「白石が、『謙也が合否出たら名字に告る』て……」
ああああと忍足が頭を抱える。私だってそうしたい。なんやねんもう!
「白石のアホ!!」
「おー酷いな人が居らんときに」
なんでお前も今帰ってくるんだよ。揃いも揃って間が悪い。
「……お前はどうなんや」
どう、と言われてまたもや疑問形で聞き返すほど馬鹿じゃない。白石がなんだなんだと鞄を下ろしながら首を傾げている。うざい。さっき人を振った(受験だから彼も彼で全部断っているらしかった)とは思えないようないつも通りの涼しい顔をしていた。
「忍足かて、はっきり言うとらんやん」
「な……!!」
「せやから、受かったら言うわ」
きっぱりと言い放つ私に「さすが名字イケメンやな」と呑気に白石がぱちぱちと控えめな拍手を送る。イケメンにイケメンとか言われるの腹立つ。ああもう。
「白石真ん中来い!」
白石の右手をぐいっと引いて、私が座っていた席に座らせる。私はその隣に移動した。左から忍足、白石、私の順。
「なんやのこれ」
「忍足が空気読まんでボケるからや」
「ハア!? ボケとらんし! 名字が俺の気も知らんで……」
「知っとったわあほ! からかっただけや!」
「えっあっ」
「俺左利きやから端っこがええんやけど」
「うるさいわもうケンヤくんと仲良く肘ぶつけててください〜」
「えっ」
「私今から集中するんで30分は話しかけないで下さい」
「「ええ……」」
白石を盾にしたって動悸がおさまるわけでもないが、とりあえず覚えきれていない単語を流し見して情報を脳に雪崩れ込ませる。それでもさっきの熱が脳の大半を支配していてどうしようもない。むかつく。忍足ごときに心を乱されている。こういうところが、いまいち女心を把握できず白石にモテにおいて引けをとっているんだろうかと身をもって知る。でも私はそういう所も、じゃなくて。私は単語を一つでも多く覚えなくてはならない。かつて忍足と小テスト対策をしたページのシャーペンでつけた印が、手汗でよれて読めなくなった。
190617
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斜掛